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シャルロッテ⑱
しおりを挟む殿下は一度なにかを言おうとしたけれどそれをやめ、口を塞ぐように片手で覆いながら少し俯いた。金色の前髪がサラッと落ちる。
「……違うよ、シャルロッテ。 『狡い』のは正しいけどそこじゃない……全く君はわかりやすいくせに、なんでかいつも予想外のことを言うよね」
最終的に両手になった手に額をつけながらそう話す殿下の声こそ、予想外。
少し震えているのは笑いを堪えるような感じなのか、暗いモノではない。
結構な間を開けて殿下は大きく息を吐き、まだ口を隠すように両手で覆ったまま半分だけ顔を上げた。
「僕も同じような気持ち……君の気持ちを聞く前に言う方が狡いと思って、言わないようにしてただけで」
(ああ……)
なんとなく合点がいった。一昨日も自分を『卑怯』だのなんだの仰ってらしたものね。やっぱりこの方、ちょっと偏屈だわ。
それはそれとして。
「……殿下?」
前髪の間から見える手で覆われてない部分は真っ赤で。上目遣いでこちらを見る目は潤んでいて、不覚にもドキッとしてしまった。
「もしかして、泣いてるんですか?」
「泣いてはいない。 でも感動はしてる」
「えぇぇ……?」
『君と同じような気持ち』というのは、婚約したら、というかその前提で接するようになったら多分私のことを好きになる……というもので。
その感じは今までもあったらしいのだけど、生憎恋物語で語られるような『恋に落ちる』といった感覚ではなく。そもそもお姉様との関係が殿下の中で定まってなかった以上、私は婚約者の妹。理性というより面倒臭さが先に立って、多少なにかそれっぽいモノが芽生えようが、その気持ちを大事に育てよう……みたいな気持ちにはならなかったそう。
「婚約者や恋人がいて、多少異性に可愛いとか素敵だとか思おうが、それで本気にはならないだろう? まあ人によるのかもしれないけど」
お姉様とお別れする決意を固めたから、今後私に対して『そう思った気持ちを大事にできる』だけであって、もし断わられたら『そうしない』だけのこと。私が断った場合、もう近付かないのだから特に問題もない……
──つまり殿下は『私が好きだからお姉様と別れることにした』、みたいな感じではなかった。
それはまあそうだろうな、と思うけど。
正直言うと、さっきのには動揺したのよ。ちょっとだけ。
「……なんで感動してたんです?」
「割とね、最近何度も感動はしてるよ」
私が『殿下の為にできることがあるか』と聞いた時も。
一昨日、婚約についての殿下の生返事に怒っていた時も。
殿下は密かに感動していたらしい。
「決断するまで時間がかかったけど、きっと僕はもう疲れていたんだと思う。 ……自分だけが相手のことを考えるのに」
『ギルベルタは僕の初恋で、大切な人。 それはずっと変わらない』とした上で、殿下はこう続ける。
「僕は自分でも知らぬ間に諦めてしまったんだよ、シャルロッテ。 だからきっともうこれ以上の気持ちにはなれない……気持ちが変わることはなくても、想いは薄れていくだけ。 それに気付いてしまって、ああもう無理なんだと思った」
「……」
『同じように返して欲しかったわけじゃない』と仰っていた殿下だけど、お姉様からもほんの少し、なにかしらの気持ちを返して欲しかったのだろうと思う。
お姉様はずっと、誰に対しても卒が無かった。いつも穏やかでしっかりしていて優しくて……歳よりずっと大人びていたわ。
憧れていたのは、それがお姉様だったからよ。
無理をしているとかじゃなくて、それがいつものお姉様なの。嫌なことには角が立たないようにだけど『嫌だ』とも言ったし、私も何度も叱られている。
だからお姉様の気持ちを改めて考えてみたことなんてなかった。
だけど、殿下はそうじゃなかった。
嘘ではなく、ふたりの仲は変わらず良かったそう。
お姉様に殿下への愛情があったにしても、最初の頃からなにひとつ変わらなかったのなら……少なくとも、殿下には感じ取れなかったとして。それが辛いのはなんとなくだけど想像できた。
私だって、お姉様が殿下からのお花を返さなかったことに驚いたくらいだもの。
あれからもう七年。
いつからかはわからないにせよ、そこにある想いを疑ってから『それでも』と思って増やそうと努力して、なにも得られなかったと感じたのなら。それは確かに疲れてしまうような気がしたの。誰かの些細な言葉に感動してしまうくらいには。
18直前まで婚約解消をしない理由でひとつ教えて貰えたことは、解消せずに王宮にいた方が秘密を抱いたまま動かなくて済んで、安全だからだそう。
「でも美しく成長されたお姉様を見たら、殿下の心は揺らぐんじゃないかしら?」
「まあ動揺はするだろうけどね。 でもそれは…………きっと君の思っているような気持ちじゃない」
上手い言葉が出てこなかったのか、殿下は少し悩んでから改めて言い直した。
「それは僕のギルベルタとの本当の決別だから。 ……『初恋の残滓』ってやつさ、見逃してよ」
困ったように笑いながら。
「──第一、その頃には僕はもう君に夢中なんじゃないかな?」
「あら、調子がいいこと」
「本心さ」
お姉様のことを語る際に少し複雑そうにはしていたけれど、今日の殿下の声は自然で明るい。実際体調もいいらしく、一昨日と昨日はよく眠れたのだそう。
まだなにも終わってはいない。
ただ一昨日話したことで、殿下の中では区切りがついたのかもしれない。或いは抱えていた秘密を吐露したことで、気持ちが軽くなったのかも。
「私は殿下のお役に立てました?」
「うん。 でも……できればこれからも一緒にいて欲しい。 僕は君を好ましく思っている。 それはまだ恋じゃないにせよ、情は既にある。 立場が変わればその気持ちは簡単に恋に変わると思う……どうかな」
至極真面目な顔で贈られたのはあまりロマンチックとは言い難い言葉で、態度もやや遠慮気味だった。
嘘がない感じがして、私も殿下のそういうところを好ましく感じる。
──けれど
「多少似ているかもしれないけれど、私はお姉様程美しくないわ。 言ったでしょう? 比べられるのは嫌なんです」
無意識に口をついて出た言葉は、明らかに不安からのもので。嘘は好きじゃないけれど、この時はたとえ嘘でもそれを軽くするような言葉が欲しかったのかもしれない。
「嫌だと言いながら、それは比べろって言ってるみたいだよシャルロッテ」
「……」
見た目がいきなり変わろうが、殿下にとってそれは変わらずギルベルタ。見惚れたところでそれはただの美しい女性に対してであり、或いは過去の感傷からなのだろう。
そもそも殿下は最初から言っている。
『ギルベルタが美しく成長しようと』……って。
だけどきっと、殿下の言った通り。
比べて選んで欲しいの。
ちゃんと、私を。
そうでないと、ずっと殿下の言葉を信じられない。たとえ殿下の言葉が正しくて、私が頷けば皆丸く収まるのだとしても。
だって、お姉様はお姫様だもの。
私は殿下を信じて力になるとは決めたけれど、生憎自分の心を犠牲にするつもりまではないの。
「君達が似てるとは僕は思わない。 けれど、そうだな。 強いて言うなら──」
それは私が想像したような答えではなかったけれど、私を満足させるには最も効果的だったと思うわ。
「ギルベルタがもし君のようだったら、婚約を解消しようとは思わなかっただろうね」
応援ありがとうございます!
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この王子様は、ギルベルタの置かれた事情を正しくは知らないとはいえ、自分の心変わりした理由を何をぐだぐだと説明して正当化しようとしているんですかね?
妹ちゃんのキャラが、私が勝手に思ってたんと違ってとても困っている。イイコじゃないか。
そうなんですよ~( *´艸`)
困ってしまわれましたか……💦
感想ありがとうございました!
成長過程の6年間かぁ。
6年寝たまま過ごすか、12歳のまま6年間か。
あるいは家族と離れ異世界で6年間の奉仕か。
今すぐ一気に18歳だと精神の成長と外見のバランスに問題が出るしなぁ。
どんなパターンで来るか楽しみです。
感想ありがとうございます♪(*´ω`*)