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第一部 身の程知らずなご令嬢 ~第一章 毒花は開花する~

16. やり方があるのです

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 慈悲深い令嬢であるはずのマリエンヌからの、隠しもしない嘲りに、ルーシアは理解が追いついていない様子だった。
 口をパクパクとさせながら、絶句しているように見える。
 周囲の令嬢たちも、目を見開いて驚いているようだった。唯一冷静そうなのは、ルクレツィアくらいだ。

 だが、全員の理解が追いつくまで、待つつもりなどない。

「リネアさまはあなたよりも賢いわ。部が悪いと感じたら、悪あがきせずに手を引くし、あなたのように、責められても感情的になったりもしない。なぜルーシアさまよりも、地方貴族であるリネアさまのほうが中央貴族らしいのかしら」

 心当たりでもあるのか、ルーシアは顔を赤くする。
 だが、今回は感情的に返してくることはなく、涙を浮かべながら項垂れるだけだった。自分の行いが、どのような結果を招いたのか、理解できたのかもしれない。
 
「では……わたくしにどうしろと言うのですか……」

 ルーシアは、縋るように呟く。

 おそらく、ルーシアはまだ納得できていない。
 それでも、ここで下手に言い返したりしないのは、リネアとは違うところであり、中央貴族らしいといえるところだろう。
 まぁ、リネアの言動は、ほとんどが演技だろうが。

「リネアさまを許せと言っているわけではないけど、やり方というものがあるのよ」
「やり方……ですか?」
「あなたの言う通り、リネアさまの行いは、多少とはいえ問題があるわ。でも、それほど問題視されないのは、あなた方の行いのほうが問題視されるからよ」

 女性が男性に声をかけるよりも、女性が暴力的な言動を行うほうが、貴族社会では問題視される。
 それを、中央貴族として育った令嬢は、よく理解しているはずなのだが、なぜかリネアに対しては攻撃的になる。

 それが、地方貴族に婚約者を奪われることにより損なわれかねないプライドからなのか、単に、身の程知らずの行いが気に入らないのかはわからないが、それではだめだ。

「殿方からしてみても、虐められて涙を流す令嬢と、身分の低い相手を嘲る令嬢なら、前者のほうが印象はいいと思わない?守りたいと思ってしまうかもしれないわ」
「ええ。わたくしの婚約者もそのようですもの」

 すでに一悶着あったのか、ルクレツィアが同意する。
 苛立ちは隠しているつもりのようだが、言葉の節々に刺があり、あまり隠れていなかった。

 だが、マリエンヌからすればありがたかった。

 先ほどから尖った発言をしているマリエンヌに驚きもせず、否定的な言葉も向けてこない。
 おそらく、ルクレツィアには、マリエンヌの本性を、薄々気づかれていたのだろう。その上で、マリエンヌに乗っかってきてくれるのだから、ありがたく思うのは当然のことだった。

「……ならば、どうすればよいのでしょう?」
「簡単な話よ。リネアさまの真似をなさればいいの」

 マリエンヌの言葉に、その場が凍りつく。それは、幾分か冷静だったルクレツィアも同様だ。
 リネアの言動に憤慨していたというのに、それを真似しろというのだから当然だろう。

 マリエンヌも、この反応は予想通りだった。

「わ、わたくしに色目を使えと言うのですか!?」

 それだけは我慢ならないとばかりに、ルーシアは叫ぶ。

 中央貴族からすれば、女は男を支える存在であり、求めるものではない。
 色目を使うなど、恥知らずもいいところという考えが一般的だ。

 マリエンヌからすれば、男の心を掴みたいのなら、それくらいやればいいのにとは思うが、それを口にしたりはせず、首を横に振って否定する。

「そうではないわ。リネアさまは、演技で殿方の気を引いているのでしょう?ならば、同じことをルーシアさまもやればいいのよ」

 マリエンヌの説明にも、ほとんどは何が違うのかわからないといった表情をする。

 だが、ルクレツィアだけは、マリエンヌの言葉の意味に気づいたようで、ルーシアに言う。

「ルーシアさまは、リネアさまに感情的になりすぎて、悪印象を持たれているのです。対象を婚約者に変えてみてくださいませ。婚約者は、自分よりも、友人のほうを優先するひどいお方というように振る舞えばよいのです」

 ルクレツィアがそう言うと、ルーシアは、はっとした表情になる。
 そして確かめるかのように、ゆっくりと聞いた。

「……リネアさまには、何も言うなとおっしゃるのですか?」

 ルーシアからそう聞かれると、ルクレツィアはマリエンヌに視線を向ける。

 これは、確認だ。
 考えはおそらく同じのはずだが、万が一がある。発言の代理を行うのなら、解釈や考えを一致させる必要がある。
 マリエンヌがうなずくと、ルクレツィアもうなずき、ルーシアに言う。

「リネアさまの行動は、逸脱しているところはありますが、一方的に責め立てられるほどではありません。婚約者を放置している殿方のほうが、問題は大きいですから、そのように振る舞えば、周囲の同情を集められます。すると、非難は誰に向きますか?」

 そこまで言われると、他の令嬢たちも理解ができたらしい。
 元々、地方貴族に対して思うところがあるだけで、彼女たちは愚か者ではない。

 きちんと筋の通る話であれば耳を傾け、己の過ちを省みることもできる。

 一つのやり方を示せば、それに自分なりのアレンジを加えたやり方を見つけられる存在だ。

「……リネアさまには、近いうちに謝罪にうかがいたいと思いますわ」

 すっきりとした笑みを浮かべながら、ルーシアはそう言った。まるで、憑き物が落ちたかのように。

 もう、心配はないだろう。
 ルーシアの行いを見れば、今までリネアに手を出していた令嬢たちも、行動を改めてくれるはずだ。

 リネアも、自分のイメージを崩さないためにも、下手に反応することもできないだろう。

 その後は、特に問題も起きずに、お茶会は無事に終了した。

◇◇◇

 ルクレツィアの友人たちとのお茶会を終えて数日後のこと。マリエンヌには、一通の手紙が届いていた。

 差出人は、ルーシアである。

 手紙には、リネアに今までの言動を、嫉妬から行ってしまったと謝罪したこと、アドバイス通り、婚約者に相手されない可哀想な令嬢というイメージを広げていること、その噂が広まり、婚約者やリネアが冷たく見られていること、他の令嬢にも、マリエンヌの言葉を伝えて、注意を促したりしていることなどが綴られていた。

 手紙の言い回しから、リネアが悪者扱いされていることに、満足している様子だが、マリエンヌにとっては、これくらいは予想の範囲内だった。

 感情的になっていたからこそ、リネアに多少の同情が向けられていただけで、ルーシアの主張は、なにも間違っていないのだから。

 これで、リネア寄りだった貴族たちも、少しずつ離れていくだろう。

 でも、まだ足りない。
 手紙を読む限りでは、リネアが不利なのを察して、距離を取っている貴族たちもいるが、一部の友人や、リネアに篭絡されている男は、リネアの側にいるままのようだった。
 
 この者たちを引き離さなければ、リネアを孤立させることはできない。

(そろそろ、わたくしのほうから接触してみようかしら)

 マリエンヌは、手紙から視線を移し、シーラの調査資料を手に取った。
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