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第一部 身の程知らずなご令嬢 ~第一章 毒花は開花する~
17. どうしても止まらない (レオナルド視点)
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完全に、信じていたわけではなかった。
だが、少しは自重してくれると思っていた。こちらに頼ってくれると思っていた。
「レオ……これは事実か?」
「ああ。残念なことに、事実だ」
レオナルドが目を通しているのは、マリエンヌの行動について調べさせたものだ。
本当におとなしくしてくれるのかと疑問を感じてから、常にマリエンヌのことが気にかかってしまっていた。
他の生徒たちから聞く限りでは、マリエンヌが新しい友人を作ったという話くらいしかなかったので、大丈夫みたいだと思いながらも、どこかで不安が拭えなかった。
その不安は、悲しいことに的中してしまったらしい。
マリエンヌにシーラという影の存在がいるように、レオナルドにも使用人に扮して、常に側に控えている影がいる。
その影にマリエンヌを見張らせ報告させたところ、やはりマリエンヌは、いろいろとやらかしていた。
まだ、ライオネルに悪印象を抱かれた子爵令嬢の保護を願い出たり、交流関係を広げるために、友人の紹介を頼んだところまではいい。
ライオネルの性格からしても、自分に恥をかかせた女、それも自分よりも身分が下となれば、何もせずにいるとは思えない。
だが、伯爵家以上の令嬢たちが常に側で見張っていれば、おいそれと手は出せない。せいぜい、睨みをきかせる程度に留まるだろう。
友人の紹介の件も、彼女たちに頼むのは賢い判断と言える。
リューク公爵家と、王子の婚約者という肩書きは、どうしても人を寄せ付ける。
そのなかには、よからぬ考えを持つ者も多いだろう。彼らは所詮、蜜に集る虫も同然だ。その蜜が枯れれば興味を失くす。
だが、それがすべてではない。
蜜ではなく、その花自身に興味を持つ者もいる。もしかしたら、麗しい花びらでなく、葉や茎に惹かれる者もいるかもしれない。
そのような者たちと交流を深めるのは、レオナルドも望むところである。だが、蜜が狙いなのか、ただ花を愛でたいのかは、簡単に見分けられるものではない。
だが、友人から紹介してもらうという方法を取れば、わざわざ自分の手で選別する必要はなくなり、友人たちも、自分の評価に関わる問題なので、適当な人選は行わない。
だからこそ、ここまでは、頭を抱える要素は何もない。
問題はここからだ。
公爵夫人の訪問の際に、公爵夫人にブラットン男爵家の背後関係を洗うように誘導させたり、サロンでは、ある令嬢を焚き付けたりもしたらしい。
あの公爵夫人が娘に言いようにされているのかと思わないでもないが、口がうまく、頑固なマリエンヌのことだ。おそらく、公爵夫人が折れたのだろう。
サロンの件についても、マリエンヌへの態度に思うところはあるが、それを利用するマリエンヌもマリエンヌだ。
「リネア嬢に対する他の令嬢たちの対応が急に変わったから、おかしいとは思ってたがな」
「マリエンヌの入れ知恵のようだ。言葉は、ただの助言でしかないから、こちらから注意するのが難しいな」
この影の報告が事実であるならば、マリエンヌは、友人に言動の注意しただけで、なにも間違ったことをしていない。
だからこそ、毒花は質が悪いのだが。
「レオナルドさまがちゃんと手綱を握らないからですよ」
「彼女の手綱を握れば、私のほうが引きずられるだろうな」
リューク公爵家の情報網の広さや、マリエンヌの賢さは本物だ。
手に入れた情報を組み合わせ、素早く現状を把握し、自分の望む未来に進めるために、駒を動かすことができる。
その駒には、レオナルドやマリエンヌ自身も含まれるのだ。
だからこそ、マリエンヌは、危険な貧民地区にも平気で出向いたり、人攫いの組織に単身で乗り込むことにも躊躇いがない。
それを楽しみながら行うことには、少々問題はあるが、民のために率先して動くことは評価している。
だが、どうも危なっかしくて仕方ない。今までは、偶然うまくいっていたが、一歩間違えれば、命の危険もあったはずだ。
マリエンヌは、幼いころから共に過ごしてきた大切な婚約者だ。危険な目になどあってほしくない。
「まぁ、過激な令嬢たちについては、こちらも頭を悩ませていた問題ですし、解決したなら、それはそれでかまわないのでは?」
「これで解決するならな。リネア嬢は、その令嬢たちがいたからこそ、短期間で今の場所まで登り詰めた。その大役を担っていた令嬢たちがいなくなれば、その地位を保つために、リネア嬢がどんな手段に出るかわからないだろう。人は、一度でも高い地位に甘んじてしまったら、下がることが難しいからな」
「では、どうしますか?リネア嬢に見張りを変えますか?このまま、マリエンヌさまを見張らせますか?」
「それを悩んでいるんだ……!」
マリエンヌが何をしでかすかわからない以上、マリエンヌの見張りを止めさせるわけにはいかないが、リネアも無視するわけにはいかない。
自分の配下の影が一人しかいないことを、これほど悔やんだことはない。
こんなことならば、国王に進言して、もう二、三人かは増やしてもらうべきだった。
「お前のところにいいのはいないのか?」
「冗談だろ。俺のところには、学園どころか屋敷にだってそんな存在はいねぇよ」
「そうだよな」
アレクシスの言葉に納得しながらも、がっくりとうなだれると、アレクシスが「そうだ」と思いついたように呟く。
「アリスを使うのはダメか?」
「アリスティア嬢か?」
レオナルドが聞き返すと、アレクシスはこくりとうなずき説明する。
「アリスはマリエンヌさまと友人関係にあるから、近寄る口実なんていくらでもあるし、口も固い。俺がリネア嬢との関係も話しているから、妙な勘繰りもされない」
「ほう。よくアリスティア嬢が許したものだ」
アレクシスとアリスティアは、政略とは思えないほど、お互いに『アレク』『アリス』と呼びあうほどの仲だった。
アレクシスはわからないが、アリスティアのほうは、レオナルドから見てもわかるくらいに、アレクシスに好意を向けている。
だが、アリスティアは、生粋の中央貴族とは思えないほど、感情的になることがある。
特に、アレクシスが関わると。
だからこそ、話してもいいと言ったとはいえ、真実を語っても、怒鳴られることは間違いないと思っていたが……
「ああ。五時間の説教で理解してもらった」
「そ、そうか……」
許されてはいなかったらしい。
最近、アリスティアがリネアに突っかかることがなくなったと聞いたのを考えると、リネアへの怒りもまるごと、アレクシスに向けられたようだ。
しかも、理解されただけで、納得していないとなると、これからも厳しい監視下に置かれそうだ。
まぁ、婚約者をおざなりにしてしまったアレクシスの自業自得ではあるので、擁護できないが。
「だが、マリエンヌのことをアリスティア嬢に頼む提案は、悪くはないな。頼まれてくれるか?」
「ああ。リネア嬢のことも交えたら、説得は難しくないだろう」
「なら、早めにしてくれ。これ以上、マリエンヌが余計なことをしでかす前にな」
「じゃあ、レオはなるべく時間を稼いでくれ。お前からの誘いなら、マリエンヌさまも断らんだろ」
「ああ、わかった。なるべく引き止める努力はしよう」
できないような気がするが、と心で付け足しながら、レオナルドはうなずいた。
だが、少しは自重してくれると思っていた。こちらに頼ってくれると思っていた。
「レオ……これは事実か?」
「ああ。残念なことに、事実だ」
レオナルドが目を通しているのは、マリエンヌの行動について調べさせたものだ。
本当におとなしくしてくれるのかと疑問を感じてから、常にマリエンヌのことが気にかかってしまっていた。
他の生徒たちから聞く限りでは、マリエンヌが新しい友人を作ったという話くらいしかなかったので、大丈夫みたいだと思いながらも、どこかで不安が拭えなかった。
その不安は、悲しいことに的中してしまったらしい。
マリエンヌにシーラという影の存在がいるように、レオナルドにも使用人に扮して、常に側に控えている影がいる。
その影にマリエンヌを見張らせ報告させたところ、やはりマリエンヌは、いろいろとやらかしていた。
まだ、ライオネルに悪印象を抱かれた子爵令嬢の保護を願い出たり、交流関係を広げるために、友人の紹介を頼んだところまではいい。
ライオネルの性格からしても、自分に恥をかかせた女、それも自分よりも身分が下となれば、何もせずにいるとは思えない。
だが、伯爵家以上の令嬢たちが常に側で見張っていれば、おいそれと手は出せない。せいぜい、睨みをきかせる程度に留まるだろう。
友人の紹介の件も、彼女たちに頼むのは賢い判断と言える。
リューク公爵家と、王子の婚約者という肩書きは、どうしても人を寄せ付ける。
そのなかには、よからぬ考えを持つ者も多いだろう。彼らは所詮、蜜に集る虫も同然だ。その蜜が枯れれば興味を失くす。
だが、それがすべてではない。
蜜ではなく、その花自身に興味を持つ者もいる。もしかしたら、麗しい花びらでなく、葉や茎に惹かれる者もいるかもしれない。
そのような者たちと交流を深めるのは、レオナルドも望むところである。だが、蜜が狙いなのか、ただ花を愛でたいのかは、簡単に見分けられるものではない。
だが、友人から紹介してもらうという方法を取れば、わざわざ自分の手で選別する必要はなくなり、友人たちも、自分の評価に関わる問題なので、適当な人選は行わない。
だからこそ、ここまでは、頭を抱える要素は何もない。
問題はここからだ。
公爵夫人の訪問の際に、公爵夫人にブラットン男爵家の背後関係を洗うように誘導させたり、サロンでは、ある令嬢を焚き付けたりもしたらしい。
あの公爵夫人が娘に言いようにされているのかと思わないでもないが、口がうまく、頑固なマリエンヌのことだ。おそらく、公爵夫人が折れたのだろう。
サロンの件についても、マリエンヌへの態度に思うところはあるが、それを利用するマリエンヌもマリエンヌだ。
「リネア嬢に対する他の令嬢たちの対応が急に変わったから、おかしいとは思ってたがな」
「マリエンヌの入れ知恵のようだ。言葉は、ただの助言でしかないから、こちらから注意するのが難しいな」
この影の報告が事実であるならば、マリエンヌは、友人に言動の注意しただけで、なにも間違ったことをしていない。
だからこそ、毒花は質が悪いのだが。
「レオナルドさまがちゃんと手綱を握らないからですよ」
「彼女の手綱を握れば、私のほうが引きずられるだろうな」
リューク公爵家の情報網の広さや、マリエンヌの賢さは本物だ。
手に入れた情報を組み合わせ、素早く現状を把握し、自分の望む未来に進めるために、駒を動かすことができる。
その駒には、レオナルドやマリエンヌ自身も含まれるのだ。
だからこそ、マリエンヌは、危険な貧民地区にも平気で出向いたり、人攫いの組織に単身で乗り込むことにも躊躇いがない。
それを楽しみながら行うことには、少々問題はあるが、民のために率先して動くことは評価している。
だが、どうも危なっかしくて仕方ない。今までは、偶然うまくいっていたが、一歩間違えれば、命の危険もあったはずだ。
マリエンヌは、幼いころから共に過ごしてきた大切な婚約者だ。危険な目になどあってほしくない。
「まぁ、過激な令嬢たちについては、こちらも頭を悩ませていた問題ですし、解決したなら、それはそれでかまわないのでは?」
「これで解決するならな。リネア嬢は、その令嬢たちがいたからこそ、短期間で今の場所まで登り詰めた。その大役を担っていた令嬢たちがいなくなれば、その地位を保つために、リネア嬢がどんな手段に出るかわからないだろう。人は、一度でも高い地位に甘んじてしまったら、下がることが難しいからな」
「では、どうしますか?リネア嬢に見張りを変えますか?このまま、マリエンヌさまを見張らせますか?」
「それを悩んでいるんだ……!」
マリエンヌが何をしでかすかわからない以上、マリエンヌの見張りを止めさせるわけにはいかないが、リネアも無視するわけにはいかない。
自分の配下の影が一人しかいないことを、これほど悔やんだことはない。
こんなことならば、国王に進言して、もう二、三人かは増やしてもらうべきだった。
「お前のところにいいのはいないのか?」
「冗談だろ。俺のところには、学園どころか屋敷にだってそんな存在はいねぇよ」
「そうだよな」
アレクシスの言葉に納得しながらも、がっくりとうなだれると、アレクシスが「そうだ」と思いついたように呟く。
「アリスを使うのはダメか?」
「アリスティア嬢か?」
レオナルドが聞き返すと、アレクシスはこくりとうなずき説明する。
「アリスはマリエンヌさまと友人関係にあるから、近寄る口実なんていくらでもあるし、口も固い。俺がリネア嬢との関係も話しているから、妙な勘繰りもされない」
「ほう。よくアリスティア嬢が許したものだ」
アレクシスとアリスティアは、政略とは思えないほど、お互いに『アレク』『アリス』と呼びあうほどの仲だった。
アレクシスはわからないが、アリスティアのほうは、レオナルドから見てもわかるくらいに、アレクシスに好意を向けている。
だが、アリスティアは、生粋の中央貴族とは思えないほど、感情的になることがある。
特に、アレクシスが関わると。
だからこそ、話してもいいと言ったとはいえ、真実を語っても、怒鳴られることは間違いないと思っていたが……
「ああ。五時間の説教で理解してもらった」
「そ、そうか……」
許されてはいなかったらしい。
最近、アリスティアがリネアに突っかかることがなくなったと聞いたのを考えると、リネアへの怒りもまるごと、アレクシスに向けられたようだ。
しかも、理解されただけで、納得していないとなると、これからも厳しい監視下に置かれそうだ。
まぁ、婚約者をおざなりにしてしまったアレクシスの自業自得ではあるので、擁護できないが。
「だが、マリエンヌのことをアリスティア嬢に頼む提案は、悪くはないな。頼まれてくれるか?」
「ああ。リネア嬢のことも交えたら、説得は難しくないだろう」
「なら、早めにしてくれ。これ以上、マリエンヌが余計なことをしでかす前にな」
「じゃあ、レオはなるべく時間を稼いでくれ。お前からの誘いなら、マリエンヌさまも断らんだろ」
「ああ、わかった。なるべく引き止める努力はしよう」
できないような気がするが、と心で付け足しながら、レオナルドはうなずいた。
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