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第一部 身の程知らずなご令嬢 ~第一章 毒花は開花する~

15. 調子に乗る原因は

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 その言葉には、さすがのマリエンヌも驚いた。

 そもそも、マリエンヌはリネアと言葉を交わしたのは、アレクシスと共にいた一度のみ。それも、アレクシスとの交友についての限度を注意しただけである。
 あれの、どこをどう解釈したら、許されたになるのかがわからない。

「……その言葉を、ルーシアさまは信じたのですか?そのために、マリエンヌさまと……?」

 ルクレツィアが静かにたずねると、ルーシアは慌てて首を振る。

「いえ!まるきり信じたわけではありません。ですが、リネアさまでも、マリエンヌさまに関することで虚偽を述べるとも思えず、リネアさまが誤解なさっているのではないか、と思ってしまい……」

 マリエンヌは、なるほど、と妙に納得してしまう。
 確かに、あのときは中央貴族の言い回しをしていたので、リネアが本気で勘違いしている可能性もないとは言えない。
 自分の演技で許してもらえたという自信があったからこその、マリエンヌを見下すような発言をしたと考えれば、愚かとは思うものの、つじつまは合うかもしれない。
 だが、彼女はそうは考えなかったらしい。

「マリエンヌさまが、誤解を招くような言い方をなさった、というのですか?」

 ルクレツィアの目が冷たくなる。
 マリエンヌを悪し様に言われたことに腹を立てているのだろうが、ルーシアは今度はうつむかなかった。

 どうやら、この話を切り出したときに、覚悟を決めたようだ。
 それならばと、マリエンヌはルクレツィアに言う。

「ルクレツィアさま。わたくし、あのときは相手が地方貴族であるということを考慮していなかったのです。わたくしにそのようなつもりはありませんでしたが、勘違いなさった可能性はあるでしょう」
「地方貴族であると考慮していなかった……ですか?」
「ええ。ミルレーヌさまやシェリーナさまとお話ししているとわかると思いますが、中央の言い回しは、地方貴族や下位の貴族には伝わらないこともあるのです。額面通りに受け取られたのであるならば、すれ違いが起きても、仕方ないことではあるかもしれません」
「……そうなのですね」 

 ルクレツィアも心当たりがあるのだろう。マリエンヌの言葉に、すぐに納得を示した。
 ルクレツィアの様子を確認したマリエンヌは、ルーシアに目を向ける。

「断言しておきますが、わたくしはリネアさまをお許ししたことは一度もございません。友人関係の見直しを訴えただけです」
「そ、そうですよね。マリエンヌさまが、あのような振る舞いをよしとするはずありませんよね」

 その言葉に、うん?と違和感を覚えた。
 今はともかく、リネアと言葉を交わしたときは、まだマリエンヌは慈悲深い令嬢としての言動を心がけていた。
 許すならまだしも、許すはずがないとなぜ決めつけられるのか。

(ルーシアさまは、今日が初対面のはずなのだけど)

 マリエンヌの毒花に関しては、リューク公爵家は徹底的に秘匿していた。初対面の彼女が、自分の本性を知っているはずもない。
 
「……わたくしもルーシアさまにお聞きしたいのですが、リネアさまの許されぬ振る舞いとはなんでしょう?」
「……どういう、意味でしょうか」
「わたくしは、友人から相談を受けてリネアさまの行いを知りましたが、少々度が過ぎていることはあっても、許されぬほどではないと思うのです。リネアさまよりは、リネアさまと交流している殿方のほうが問題を起こしているように思いますわ」

 リネアにはっきりと引導を渡せるような問題行動がないからこそ、マリエンヌもレオナルドも頭を抱えている。

 客観的に見れば、あくまでもリネアは、男性と、ギリギリではあるものの、友人関係を築いているだけだ。
 やり方に問題はあるものの、はっきりと咎められるほどの問題ではない。

 どちらかといえば、問題視されているのは、婚約者をないがしろにしたり、暴力的な手段に出る令息のほうだ。
 リネアが教唆しているのであれば話は別だが、そのような証拠はないだろう。

「ですが、ルーシアさまのお言葉を推察するに、慈悲深いと称されるわたくしでも許すはずのないことだったのですよね?それほどの行いとはなんなのですか?そして、なぜ、許すはずがないとお考えになっていたのにも関わらず、我を通してまでわたくしにたずねたのか、お聞きしてもかまいませんよね?」
「マリエンヌさまのおっしゃる通りですわ。わたくしもお聞きしたいです」
「ええ。わざわざわたくしに、お茶会の参加を頼みに来たのですもの。それくらいはお話しくださいますよね?」

 マリエンヌの言葉に、リーフィアとルクレツィアも同意する。
 三人から同時に責められたのが、ルーシアのプライドを刺激したのか、体を震わせながら、声を荒らげた。

「わたくしの婚約者ですよ!田舎者の男爵令嬢が色目を使っていい相手ではないのです!」
「婚約者さまのほうが擦りよったのでは?」
「そんなことはあり得ません!あんな田舎者よりも、わたくしのほうが優れているのですから!リネアが色目を使ったに決まっています。わたくしにそのような卑しい真似などできませんもの」

 怒りの混じったルーシアの言葉に、やっぱりかと、マリエンヌは呆れてしまう。

 友人関係ならば目をつむると言ってはいたものの、嫌味のようなことは言っていたのだろう。
 たとえ、その言葉に正当性があったとしても、何も知らない第三者から見れば、自分よりも身分が低い存在を虐げているようにしか見えないだろう。 

 理不尽に虐められる可哀想な令嬢というのは、一部の男性の庇護欲をそそる。ルーシアの婚約者も、おそらくはそうなんだろう。

 マリエンヌがリネアのことを知ったときの、激昂していたアリスティアを止めたのも同じ理由だ。

 こういう令嬢がいるから、リネアが調子に乗るのが、まだわからないのだろうか。
 なぜ、自分の行いを省みることができない者が多いのか。

 彼女たちのような存在に、個人的に思うところはないが、今後、リネアへの対処をするにあたって、マリエンヌの障害になる可能性があるならば、排除するまでだ。

「ルーシアさま。わたくしも、リネアさまのことはあまり好んでおりませんが、さすがに言葉が過ぎますよ」

 マリエンヌは、ため息まじりにルーシアを咎めるが、もう引っ込みがつかないのか、ルーシアはそれでは止まらなかった。

「わたくしは、事実を申し上げているまでですわ」
「事実ならば、なんでも口にしていいわけではありません。そもそも、ルーシアさまの言葉には、ただの憶測でしかないことも含まれています。そのようなことを無闇に広める真似をなされば、困るのはルーシアさまになりますよ」
「ならば、リネアさまを放っておけとでも言うのですか!?」

 それだけは許せない。

 そうとでも言いたいように、マリエンヌを睨みつけている。

 マリエンヌとしては、リネアのことは放っておいてほしいが、そう言うだけでは、おそらく彼女は納得しない。
 納得したように見せても、裏ではリネアに口出しするだろう。

 そんな相手には、優しく言ったところで意味はないし、ある程度の下準備を終えた今は、もう、慈悲深い令嬢でいる必要もない。

「……今のでよくわかったわ。あなた、中央貴族なのに、地方貴族よりも間抜けなのね」
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