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気候の変化でもこんな風にノスタルジックな気分になるのは、やはり梓紗の存在が僕達の中に大きく根付いている証拠だろう。
僕はペダルを漕ぐ足になお一層力を入れた。
加藤さんに遅れて梓紗の家に到着すると、梓紗は自分の部屋で待っているとお母さんに案内された。
梓紗の部屋に上がるのは、思えば初めての事だ。僕は緊張しながら、梓紗の部屋のドアを開けた。
通された梓紗の部屋は、女の子らしい色合いのカーテンにシーツ、白とピンクで統一されている。
ベッドや机も綺麗に白で統一されているから、僕は何だか気恥ずかしい。
学習机に視線を移すと、教科書がそれまで置かれていたであろう場所には何も置かれておらず、何だか不自然だったけれど、それを口にする事は出来なかった。
一体どんな思いで梓紗は教科書類を処分したのか……。
それを思うと、僕も加藤さんも迂闊な発言が出来ないでいる。
「遼、何だか挙動不審だよ」
ベッドの上に横たわる梓紗が笑いながら僕に話しかけるから、僕も返事をする。
「え……、だって、女の子の部屋に入るのって、初めてだから。どうしても緊張するって。
なんか色々とジロジロ見るけどごめんよ」
僕の言葉に、加藤さんも梓紗も笑いが止まらない。僕はそんなにおかしな言葉を発しただろうか?
今の言葉を自分の中で復唱してみたものの、何がおかしいのかがさっぱり分からない。
「ごめんごめん。何だか遼の動きが面白くて。目線とか、すっごい不自然だったよね?」
梓紗が加藤さんに同意を求めると、加藤さんも笑いながらその言葉に頷いて同意している。
全くもって僕は不愉快だと言う態度を取った。
僕のそんな態度に、二人は笑いが止まらない。
こんなしょうもない事で笑ってくれるなら、それでいい。梓紗が笑ってくれるなら、僕はいくらでも道化師になる。
笑いは免疫力を高めてくれると言う。一番の特効薬なのだと聞いていた。
梓紗がいつも笑ってくれたら、笑いが体の中の悪い物質を退治してくれるなら、いくらでも笑わせて見せる。
そんな笑いが絶えない所に、梓紗のお母さんがお茶を運んできてくれた。
「本当なら夕飯も食べて行ってって言いたいところだけど、白石くんのおうちも由良ちゃんのおうちもご飯を用意してると思うから。でもこの時間だとお腹空いてるよね? ごはん前で悪いけど良かったら食べて帰ってね」
そう言って、お母さんが焼いたと思われるマフィンと一緒に紅茶を持って来てくれた。
梓紗の家に入った時に甘い香りがしたのは、これを日中焼いていたのだろう。
「これね、梓紗も日中調子が良かったから、一緒に作ったのよ」
梓紗のお母さんの言葉に、梓紗も嬉しそうに頷いた。
「日中何だか甘い物が食べたくなって、お母さんと一緒に作ったの。遼と由良が来てくれるから、ちょっと張り切っちゃった」
二人の言葉に、僕達は目頭が熱くなるのを必死で堪えている。
最近ずっと臥せっていたと聞いていたし、今日もこうしてベッドで横になっている姿を見ていると胸が苦しくなるけれど、日中少しでも調子が良かったと聞くと僕も嬉しくなる。
梓紗と梓紗のお母さんが焼いてくれたマフィンは、梓紗が言うほど甘くはないけれど優しい味がした。
この味を、僕は生涯忘れない。梓紗が作ってくれたマフィンを、大事にゆっくりと味わった。
今日学校で会った出来事を聞きたがる梓紗に、僕達はクラスメイト達とのやり取りを話した。加藤さんが先にここに来ているのに、僕がここに来るまでに加藤さんとはどんな話をしていたのだろう。きっと学校のはなしではない筈だ。お年頃の女子だから、恋バナでもして盛り上がっていたのだろうか。もしそうだったとして、梓紗は加藤さんに僕の事を話したりするのだと思うと、何だか気恥ずかしい。
秋も深まり始めて日没時間も以前より早くなって来たので、十八時にもなるとすっかり日も落ちて辺りは夜の帳が下りている。
この日僕達は長居をし過ぎた。梓紗の顔色が悪くなっている事に気付かないでいた。
ベッドから僕達の帰宅を見送られ、帰宅の途に就いた。
その日の夜遅く、僕の家に一本の電話がかかって来た。
それは梓紗のお母さんからのもので、梓紗の容態が急変したと言う物だった。
電話での話によると僕達が帰宅した後、入浴中に鼻血が出て止まらなくなったのだと言う。
白血病を患うと、一度出血すると白血球が癌化している為なかなか血が止まらない。ちょっとした出血が命取りになるのだと言う。
すぐに病院に連れて行き、このままだと感染症を引き起こす可能性もあるので、数日間入院する事となると。
僕は翌日からホスピスへと通う事にした。
もし仮に感染症予防で梓紗が無菌室にいるとしても、ガラス越しに面会は出来るのだと聞いたから、少しでも梓紗を勇気づけたかった。
僕には何の力もないけれど、僕の顔を見て梓紗が少しでも元気になれるのなら、僕に出来る事は梓紗に会いに行く事だけだから……。
翌日、加藤さんにも梓紗のお母さんから連絡が行っていた様で、朝一番で僕は加藤さんに呼び出された。
僕はペダルを漕ぐ足になお一層力を入れた。
加藤さんに遅れて梓紗の家に到着すると、梓紗は自分の部屋で待っているとお母さんに案内された。
梓紗の部屋に上がるのは、思えば初めての事だ。僕は緊張しながら、梓紗の部屋のドアを開けた。
通された梓紗の部屋は、女の子らしい色合いのカーテンにシーツ、白とピンクで統一されている。
ベッドや机も綺麗に白で統一されているから、僕は何だか気恥ずかしい。
学習机に視線を移すと、教科書がそれまで置かれていたであろう場所には何も置かれておらず、何だか不自然だったけれど、それを口にする事は出来なかった。
一体どんな思いで梓紗は教科書類を処分したのか……。
それを思うと、僕も加藤さんも迂闊な発言が出来ないでいる。
「遼、何だか挙動不審だよ」
ベッドの上に横たわる梓紗が笑いながら僕に話しかけるから、僕も返事をする。
「え……、だって、女の子の部屋に入るのって、初めてだから。どうしても緊張するって。
なんか色々とジロジロ見るけどごめんよ」
僕の言葉に、加藤さんも梓紗も笑いが止まらない。僕はそんなにおかしな言葉を発しただろうか?
今の言葉を自分の中で復唱してみたものの、何がおかしいのかがさっぱり分からない。
「ごめんごめん。何だか遼の動きが面白くて。目線とか、すっごい不自然だったよね?」
梓紗が加藤さんに同意を求めると、加藤さんも笑いながらその言葉に頷いて同意している。
全くもって僕は不愉快だと言う態度を取った。
僕のそんな態度に、二人は笑いが止まらない。
こんなしょうもない事で笑ってくれるなら、それでいい。梓紗が笑ってくれるなら、僕はいくらでも道化師になる。
笑いは免疫力を高めてくれると言う。一番の特効薬なのだと聞いていた。
梓紗がいつも笑ってくれたら、笑いが体の中の悪い物質を退治してくれるなら、いくらでも笑わせて見せる。
そんな笑いが絶えない所に、梓紗のお母さんがお茶を運んできてくれた。
「本当なら夕飯も食べて行ってって言いたいところだけど、白石くんのおうちも由良ちゃんのおうちもご飯を用意してると思うから。でもこの時間だとお腹空いてるよね? ごはん前で悪いけど良かったら食べて帰ってね」
そう言って、お母さんが焼いたと思われるマフィンと一緒に紅茶を持って来てくれた。
梓紗の家に入った時に甘い香りがしたのは、これを日中焼いていたのだろう。
「これね、梓紗も日中調子が良かったから、一緒に作ったのよ」
梓紗のお母さんの言葉に、梓紗も嬉しそうに頷いた。
「日中何だか甘い物が食べたくなって、お母さんと一緒に作ったの。遼と由良が来てくれるから、ちょっと張り切っちゃった」
二人の言葉に、僕達は目頭が熱くなるのを必死で堪えている。
最近ずっと臥せっていたと聞いていたし、今日もこうしてベッドで横になっている姿を見ていると胸が苦しくなるけれど、日中少しでも調子が良かったと聞くと僕も嬉しくなる。
梓紗と梓紗のお母さんが焼いてくれたマフィンは、梓紗が言うほど甘くはないけれど優しい味がした。
この味を、僕は生涯忘れない。梓紗が作ってくれたマフィンを、大事にゆっくりと味わった。
今日学校で会った出来事を聞きたがる梓紗に、僕達はクラスメイト達とのやり取りを話した。加藤さんが先にここに来ているのに、僕がここに来るまでに加藤さんとはどんな話をしていたのだろう。きっと学校のはなしではない筈だ。お年頃の女子だから、恋バナでもして盛り上がっていたのだろうか。もしそうだったとして、梓紗は加藤さんに僕の事を話したりするのだと思うと、何だか気恥ずかしい。
秋も深まり始めて日没時間も以前より早くなって来たので、十八時にもなるとすっかり日も落ちて辺りは夜の帳が下りている。
この日僕達は長居をし過ぎた。梓紗の顔色が悪くなっている事に気付かないでいた。
ベッドから僕達の帰宅を見送られ、帰宅の途に就いた。
その日の夜遅く、僕の家に一本の電話がかかって来た。
それは梓紗のお母さんからのもので、梓紗の容態が急変したと言う物だった。
電話での話によると僕達が帰宅した後、入浴中に鼻血が出て止まらなくなったのだと言う。
白血病を患うと、一度出血すると白血球が癌化している為なかなか血が止まらない。ちょっとした出血が命取りになるのだと言う。
すぐに病院に連れて行き、このままだと感染症を引き起こす可能性もあるので、数日間入院する事となると。
僕は翌日からホスピスへと通う事にした。
もし仮に感染症予防で梓紗が無菌室にいるとしても、ガラス越しに面会は出来るのだと聞いたから、少しでも梓紗を勇気づけたかった。
僕には何の力もないけれど、僕の顔を見て梓紗が少しでも元気になれるのなら、僕に出来る事は梓紗に会いに行く事だけだから……。
翌日、加藤さんにも梓紗のお母さんから連絡が行っていた様で、朝一番で僕は加藤さんに呼び出された。
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