冷たい雨

小田恒子(こたつ猫)

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 この笑顔を毎日見たいから、僕は何があっても学校を休まない事を心に誓った。

「由良も……、遼と一緒に会いに来てくれる……?」

 梓紗の問いかけに、梓紗に抱き着いたままの加藤さんは力強く頷いて応えている。

「もちろんだよ。梓紗が寝てても顔見に来るから」

 加藤さんが梓紗をギュッと抱き締めた。
 僕も梓紗を抱き締めたいけれど、流石にここでは無理だろう。まず二人だけになると言う事もないのだから。
 加藤さんと僕。梓紗が大切に想っている人が一緒にいて笑顔でいられるなら、それでいい。

 僕達はその後少しだけ梓紗と一緒に過ごしていたけれど、明らかに体調が悪そうに見えたので、早々に切り上げて梓紗の家を後にした。

 翌日から、梓紗のいない高校生活が始まるのだ。
 教室に置かれていた梓紗の荷物は、体育祭の日に梓紗のお母さんが梓紗を迎えに来た時に一緒に持って帰ったのだと言う。その後、もし梓紗の荷物が出てきた場合、それは久保田先生経由で返却されると言う事だった。

 梓紗が退学した事は、しばらくの間伏せられる事になった。
 病気療養で地方に転校した事にして、これ以上梓紗の病気の事で変な憶測を呼ばない様にとの配慮だそうだ。
 転校した事にしたのは、亡くなった後の事を考えての事だった。
 転校ならばみんなと今後顔を合わせる事もないし、亡くなった後も、黙っていればみんなに知られる事もない。昔みたいに葬儀も自宅で執り行わなくても、今は通夜も葬儀もメモリアルホールでひっそりと行う事だって出来るから、近所の目も気にならない。仮にメモリアルホールで同級生が名前を見たとしても、同姓同名だと思わせる事だって出来るのだから。

 梓紗は、みんなの記憶の中で、いつまでも元気な女の子として残りたいのだと察した。
 病気で亡くなってしまう事を知られる事は、きっと嫌なのだ。
 僕もその気持ちを尊重したい。
 まだ十五歳、高校一年生とは言えまだまだ世間を知らない子供なのに、周りへの気遣いに驚かされる。

 僕達は梓紗の気持ちを尊重して、毎日梓紗に会いに行く事を約束した。
 体調が急変してホスピスに入院する事になったとしても、病院に会いに行く事を約束した。もし仮に、面会謝絶になっていたとしても……。
 ドア越しに、梓紗がいると感じる事が出来るのならそれでいい。
 梓紗が生きようと頑張ってくれているなら……。

 僕達は、無言で泣きながらひと時を過ごした。

 次の日から、梓紗のいない学校生活が始まった。
 担任も梓紗の最後の嘘を尊重してくれて、みんなには体調不良で梓紗のお母さんの実家のある田舎の高校に転校したと朝のホームルームで告げた。
 教室内は騒然としたけれど、すぐに一限目の授業が始まった事と、中間考査が近いと言う事もあり、梓紗の話題はその時だけで終わった。

 僕も加藤さんも授業が終われば教室から出て、しばらくの間は誰とも接点を持たない様にしていたせいもあり、誰も僕達に声をかける事はなかった。
 きっとクラスメイトのみんなもその辺の空気を読んでくれたのだろう。彼氏と親友を残したまま、病気療養の為に転校した梓紗の事を悪く言う人は誰もいない。それだけで僕と加藤さんは安堵した。

 授業が終わり下校時間になると、僕と加藤さんは急いで帰り支度を始める。
 クラスメイトが中間考査の勉強で分からない所を教えて欲しいと言って来たけれど、それどころではない。少しでも長い時間、梓紗に会いたい。僕と加藤さんの気持ちは同じだった。
 でもここで一緒に下校していたらあらぬ噂を流される可能性もある。だから僕は、加藤さんに遅れて梓紗の家に行くから先に行っていてと耳打ちすると、加藤さんは頷いた。

 僕はクラスメイトからの質問攻めで、三十分も時間をロスしてしまったものの、彼らは梓紗がいなくなった僕に、寂しさを紛らわせようと気を遣っている事が伝わった。こうして僕を一人にしないでいれば、梓紗の事を考えなくて済むと、寂しさを感じる暇がないと思っていたのだろう。
 その気持ちがありがたいと思うものの、梓紗が自宅療養をしていると知らないクラスメイトのお節介に苛立ちも隠せない。

 僕の事は放っておいてくれたらいいのに。
 まるで入学当初の矢探れた心の僕に戻った様だ。梓紗と話をするようになる前の……。

 僕の苛立ちを感じとったクラスメイトは気まずそうにするものの、それに対して相手を気遣う余裕なんて、この時の僕には全然なかった。
 出来るだけ話しかけてくれるなと言う空気を醸し出すだけで精一杯だ。
 余計な言葉を発しない様に、今は出来るだけクラスメイトと接点を持ちたくない。

 僕はごめんと一言だけ呟くと、足早に教室を後にした。
 急いで駐輪場へと向かい荷台に鞄を括りつけると、スタンドを倒してサドルに跨り、ペダルを漕いだ。

 駐輪場の側に植えてある金木犀の花がうるさいくらいに咲き乱れている。鼻がおかしくなる位に匂いがきつく感じる。校内の銀杏の木も、その葉を少しずつ黄色く色染めている。紅葉も段々と真っ赤に色付いているけれど、両方とも落葉にはまだ早い。
 十月の風は、それまでの猛暑を経験しただけに心地よく感じるものの、何だか物悲しい。

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