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他の人に聞かれたくない内容だから、人目につかない死角となる階段の踊り場に連れて行かれた。
「昨日、梓紗のお母さんから電話あった?」
加藤さんの顔色はあまり良くない。きっと電話がかかってきた後殆ど眠れなかったのだろう。僕も同じく昨夜は梓紗の容態が気になって眠れなかったのだ。
メールも昨日は流石に届いていなかった。日中無理をして起きていてマフィンを焼いてくれていたせいで時間も取れなかったのだろう。
「うん、今日からしばらくは病院にいるみたいだね」
僕達の声は必然的に小さくなる。
ここは学校だから誰が階段を上がって来るか分からない。気配を消して僕達の会話を聞いているかも分からない。細心の注意を払わなければ。
「自転車で行くにも、帰る時間とか考えたら帰ってから何も出来ないから、お見舞いは白石くんに任せていいかな?」
加藤さんはとても悔しそうな表情を浮かべている。
確かに加藤さんの家から病院は自転車で片道三十分はかかる。往復になるから、お見舞いから帰ると時間が遅くなるから、帰宅後に何も出来なくなる。バスもきっといい時間帯の運航がないのだろう。梓紗のお母さんがいたら、加藤さんを車で送ってくれるだろうけど、その間に梓紗の容態が急変したりでもしたら、きっと悔やんでも悔やみきれない……。
その辺も考えての発言だ。僕は力強く頷いた。
「分かった。何か変わった事があったら報告するよ」
「うん、お願いね」
僕達は怪しまれない様に、先に加藤さんに下に降りて貰い、僕は上の階に移動すると、ぐるりと一周回って反対側の階段から教室のある階へと戻った。
この日の授業は睡魔に襲われて殆ど頭の中には入って来なかったけれど、予習をしていた範囲だったので、何とか授業中に指名されても答える事が出来た。
来週から中間考査も始まるのでみんな授業に集中しているけれど、僕と加藤さんは梓紗の容態が気になって、それどころではなかった。
一日の授業が終わり、僕は昨日の様に早く下校しようと帰り支度を進めていた。
今日から加藤さんは通常通り、下校ものんびりしてみんなに合わせている。
梓紗の事を悟られない様に、加藤さんなりに必死なのだ。本当は加藤さんだって梓紗の事が気になって早く一人になりたいに違いない。だけどそうする事によって、クラスメイトが梓紗の事を気にしていると心配する。そこで現状を悟られない様にする為にも加藤さんはいつも通りに振る舞っている。
僕はその隙に教室を後にした。
途中で事故を起こさない様に気を付けながら、自転車を漕ぐ足に力を入れる。
いつもより少し早く家に帰ると僕は鞄を投げ出して、その足でホスピスへと向かった。
本当なら着替えてお見舞いに行った方がいいのかも知れない。でもそんな時間ももったいないと思う位、逸る気持ちに忠実に、僕はホスピスへと向かった。
病院へ到着すると、僕は梓紗のお母さんから電話で聞いていた病室へと向かった。
この病院のホスピスは緩和病棟と呼ばれる別棟があるらしく、僕は病院内の案内図を頭に叩き込むと一目散にそこへと向かった。
緩和病棟は、一般病棟とはまた別の棟で、一番奥の一般の入院患者さん達の目に触れない場所にある。中庭も外からは見えない様にフェンスで囲まれているけれど、海に面した場所に関しては、景観が損なわれない様な工夫が施されており、ここだけはまるで別世界の様だ。
僕は足早に、緩和病棟へと向かった。
病棟の入口で、梓紗のお母さんが僕を待ってくれていた。
「白石くん、わざわざありがとう」
僕は梓紗のお母さんに会釈をして合流した。
「梓紗の具合はどうですか?」
僕は入口のロビーで顔を合わせたばかりの梓紗のお母さんに挨拶も碌にせずに質問した。
梓紗のお母さんは、厳しい表情を浮かべている。梓紗の具合が良くないのだろうか。
「うん……、輸血のおかげで何とか出血は止まったんだけど、今度は熱が下がらなくて。
もしかしたら合併症を引き起こしてる可能性があるみたいで、今は面会謝絶になってるの」
梓紗のお母さんの言葉が、僕の耳を右から左へ通り抜けていく。
にわかに信じられなかった。昨日会いに行った時は、あんなに元気そうに見えたのに……。
でもそれは、紛れもない事実なのだ。ホスピスに今、梓紗が入院しているのだから。
「今は無菌室で抗生剤を投与されているけど、このまま熱が下がらなかったら、無菌室からは出られないって……」
詳しい事について、僕は病気に関する知識がないだけに全然分からないけれど、梓紗の病状が明らかに悪化していると言う事だけは分かった。
無菌室から出られないと言う事はそれだけ身体が外部の刺激に対して防御が出来ない状態なので、風邪をひく等のほんの些細な事でも何かあったら、それが命取りになり兼ねない。
「面会謝絶が解けたら、梓紗は無菌室から出られるんですか?」
梓紗の体力がどこまで残っているか分からない。もしかしたら、もう無菌室からは出られないかも知れないけれど、ここはホスピスだ、一縷の望みに掛けたい。
「昨日、梓紗のお母さんから電話あった?」
加藤さんの顔色はあまり良くない。きっと電話がかかってきた後殆ど眠れなかったのだろう。僕も同じく昨夜は梓紗の容態が気になって眠れなかったのだ。
メールも昨日は流石に届いていなかった。日中無理をして起きていてマフィンを焼いてくれていたせいで時間も取れなかったのだろう。
「うん、今日からしばらくは病院にいるみたいだね」
僕達の声は必然的に小さくなる。
ここは学校だから誰が階段を上がって来るか分からない。気配を消して僕達の会話を聞いているかも分からない。細心の注意を払わなければ。
「自転車で行くにも、帰る時間とか考えたら帰ってから何も出来ないから、お見舞いは白石くんに任せていいかな?」
加藤さんはとても悔しそうな表情を浮かべている。
確かに加藤さんの家から病院は自転車で片道三十分はかかる。往復になるから、お見舞いから帰ると時間が遅くなるから、帰宅後に何も出来なくなる。バスもきっといい時間帯の運航がないのだろう。梓紗のお母さんがいたら、加藤さんを車で送ってくれるだろうけど、その間に梓紗の容態が急変したりでもしたら、きっと悔やんでも悔やみきれない……。
その辺も考えての発言だ。僕は力強く頷いた。
「分かった。何か変わった事があったら報告するよ」
「うん、お願いね」
僕達は怪しまれない様に、先に加藤さんに下に降りて貰い、僕は上の階に移動すると、ぐるりと一周回って反対側の階段から教室のある階へと戻った。
この日の授業は睡魔に襲われて殆ど頭の中には入って来なかったけれど、予習をしていた範囲だったので、何とか授業中に指名されても答える事が出来た。
来週から中間考査も始まるのでみんな授業に集中しているけれど、僕と加藤さんは梓紗の容態が気になって、それどころではなかった。
一日の授業が終わり、僕は昨日の様に早く下校しようと帰り支度を進めていた。
今日から加藤さんは通常通り、下校ものんびりしてみんなに合わせている。
梓紗の事を悟られない様に、加藤さんなりに必死なのだ。本当は加藤さんだって梓紗の事が気になって早く一人になりたいに違いない。だけどそうする事によって、クラスメイトが梓紗の事を気にしていると心配する。そこで現状を悟られない様にする為にも加藤さんはいつも通りに振る舞っている。
僕はその隙に教室を後にした。
途中で事故を起こさない様に気を付けながら、自転車を漕ぐ足に力を入れる。
いつもより少し早く家に帰ると僕は鞄を投げ出して、その足でホスピスへと向かった。
本当なら着替えてお見舞いに行った方がいいのかも知れない。でもそんな時間ももったいないと思う位、逸る気持ちに忠実に、僕はホスピスへと向かった。
病院へ到着すると、僕は梓紗のお母さんから電話で聞いていた病室へと向かった。
この病院のホスピスは緩和病棟と呼ばれる別棟があるらしく、僕は病院内の案内図を頭に叩き込むと一目散にそこへと向かった。
緩和病棟は、一般病棟とはまた別の棟で、一番奥の一般の入院患者さん達の目に触れない場所にある。中庭も外からは見えない様にフェンスで囲まれているけれど、海に面した場所に関しては、景観が損なわれない様な工夫が施されており、ここだけはまるで別世界の様だ。
僕は足早に、緩和病棟へと向かった。
病棟の入口で、梓紗のお母さんが僕を待ってくれていた。
「白石くん、わざわざありがとう」
僕は梓紗のお母さんに会釈をして合流した。
「梓紗の具合はどうですか?」
僕は入口のロビーで顔を合わせたばかりの梓紗のお母さんに挨拶も碌にせずに質問した。
梓紗のお母さんは、厳しい表情を浮かべている。梓紗の具合が良くないのだろうか。
「うん……、輸血のおかげで何とか出血は止まったんだけど、今度は熱が下がらなくて。
もしかしたら合併症を引き起こしてる可能性があるみたいで、今は面会謝絶になってるの」
梓紗のお母さんの言葉が、僕の耳を右から左へ通り抜けていく。
にわかに信じられなかった。昨日会いに行った時は、あんなに元気そうに見えたのに……。
でもそれは、紛れもない事実なのだ。ホスピスに今、梓紗が入院しているのだから。
「今は無菌室で抗生剤を投与されているけど、このまま熱が下がらなかったら、無菌室からは出られないって……」
詳しい事について、僕は病気に関する知識がないだけに全然分からないけれど、梓紗の病状が明らかに悪化していると言う事だけは分かった。
無菌室から出られないと言う事はそれだけ身体が外部の刺激に対して防御が出来ない状態なので、風邪をひく等のほんの些細な事でも何かあったら、それが命取りになり兼ねない。
「面会謝絶が解けたら、梓紗は無菌室から出られるんですか?」
梓紗の体力がどこまで残っているか分からない。もしかしたら、もう無菌室からは出られないかも知れないけれど、ここはホスピスだ、一縷の望みに掛けたい。
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