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三十、
しおりを挟む息を呑んだ。
縋るように斎藤は、一瞬沖田を見て、
「そんな、・・」
胸内の崩れるような切なさを振りきり。
「そんな、事を言うな・・っ」
”おまえがいてくれるからだ”
「俺がいたってあんたの代わりにはなれない・・!」
「なれる。なってほしい」
間を置かず返された言葉に、
無理だ
言いかけ、
だが斎藤は口を噤んだ。
心が絞られ、きりきりと軋み。
「・・・分かっている、」
斎藤は、目を逸らし。
「・・他に選択の余地があるなら。なにも世がこんな、乱世などでは無く、あんたも近藤局長も副長も、・・・唯、江戸に居たままだったら。・・・」
よかったのに。
(それならば沖田は、何も心配なく療養に専念できたはずだった)
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沖田はいつ病に気づいたのか。
その時からどれほどの無念に打ちひしがれた。
己の運命と、生きる意味との、切点を探しその答えを出すまでに、
どんな過程を――苦痛を負ったのか。
自分なら分かる。
この先の見えぬ、いつ路が開けるかも分からぬままの混沌の渦に、
沖田が決して近藤と土方を置き去りになどできぬ事すら、
護る者を持たぬ自分でさえ、
同じ、剣の道に在る者として手にとるように。
『もし先に、俺が剣を握れなくなった時は
おまえに全てを託させてくれ』
(そんな言葉を・・)
口にできるほど、
この先に斎藤がいる事を―――沖田の意志を引き継げる可能性を唯一秘めている存在が、斎藤であるように、
祈るような想いで沖田は、斎藤にこの先を賭けている。
(・・・俺が、いることで)
少しでもその苦痛が和らぐなら。
「分かってる・・・きっと俺だけが、あんたから託されることができると。」
斎藤は苦しい胸奥で搾り出すように、告げた。
沖田が底の闇に己を映し、穏やかに肯くのを。斎藤は決意の痛みのなかで静かに見つめた。
(沖田、・・)
――――己は。剣に生き。
この剣の腕がために、
こうして公儀の、己を必要とする場にこの身を置き。謀反を鎮圧し、政界を左右する京を護り、世を鎮める責務の一端を担えた。
沖田のように一個人を護るという概念ではなくとも、自身の信念をこの剣に託して生きている点で、また。
己も。
近藤達の行く道を辿り。沖田を裏切ることは決して無いだろう。
この剣と、囚われること無き己の在り方と、
沖田を想う己が心をして、
他のどの存在よりも斎藤は、この男に全ての先を託されることが出来得る身であると。
(分かっている)
「・・・・だがそれは、最終選択だ、・・あくまで、少しずつでも機会あるごとに療養していってもらいたい。医者にもちゃんと行ってくれ」
言いながら、
斎藤は絶望が、己を暗雲で覆ってゆくかの感をおぼえた。
(・・・何が機会あるごとだ)
この激務の中、この混沌の日々の中、いつ休む機会など持てる。
「沖田・・」
この男に、
本当に先は無いのか。
三年で、
本当に、この今の姿とは想像もつかぬほどに、変わってしまうのか。
「・・・・頼む」
それでも、
気休めでも何でも、
「誓ってくれ」
ずっと、
生きてゆくと。
(頼む・・・)
「斎藤、」
分かった
その声とともに再び沖田が立ち上がったのを。
「有難うな」
斎藤は追うように、見上げた。
「おまえの言うとおり医者にはもう少し頻繁に通うようにする。休める時は休むよう努める」
「・・・約束してくれ」
口をついた斎藤の想いに、
「ああ、約束する」
沖田はまるで眩しいものを見るように目を細め。頷いた。
そのまま、
気懸りが無くなった、とでもいうように、
「土方さんの様子を見てくるよ」
言い残し出てゆく沖田の。
筋骨の張った、隆々と逞しい広い背中が、
・・・いつか、その肉を落とす日が来ることを。
斎藤は想い、胸中を走った痛みに一瞬目を伏せて。声無く見送った。
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