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二十九、
しおりを挟む赤々とした夕日を斜めに背負う土方の、表情は。あまりに対照的な翳を落とし。
「歳さん」
気遣うように、敢えて二人だけの時に呼ぶ名で土方へ声をかけた沖田の後ろ、
斎藤は声もなくして佇んだ。
(どこから聞いていた)
廊下に彼の気配は無かった、少なくとも沖田が一足早く気がつき、立ち上がるまでは。
剣客として研ぎ澄まされた全感覚をもって斎藤も沖田も、人の気配をよむことに非常に長けている。
だが、その斎藤にさえ今の土方からは、根幹の生気さえ感じられず、
これでは彼がもしずっと前から廊下に居たとして、気が付けたかどうか分からない。
沖田が気づいて立ち上がった時こそが確かに、土方が来た時だったとしても、
それでも土方が確実に聞いたものは・・
あと何年生きられるのかと問うた斎藤の声と―――
「おまえ。三年、て言ったか」
土方の声が途切れる刹那。
がたん、と障子の桟が、悲鳴をあげた。
反射的に手を伸ばした沖田に、
土方は倒れかけたその身を抱きおこされ。
「・・ごめん」
そのまま沖田の腕のなかで力無く凭れた土方へ、
「今まで黙っててごめん」
どうしても、伝えられなかった
沖田の応えが。
弱く、堕とされた。
――――沖田は土方を抱き上げ、部屋を出掛けて振り向いた。
布団へ寝かせたらすぐ帰ってくる、と言う沖田に、
「傍に、居てやれ」
目が覚めた時、一番に見るものが沖田であるようにと、
斎藤は添えた。
「・・・」
何か言いかけた沖田は、だが暫しの間を置き、頷くと出て行った。
(如何して)
沖田は、あのとき土方の気配に気がついて立ち上がり尚、障子ごしに聞かせるように三年と、答えた。
今まで伝えられなかった、つまりそれほど土方を気遣っていたのではないのか。
それを、まるで心の内で構えを変えたかのように、今日になってあのように明かした。
(・・・)
斎藤は、土方に対する沖田の心情を今なお量りかねる想いだった。
(それに・・)
土方が、意識を落とすほど衝撃を受けたことが。斎藤の胸内に虚を落としている。
・・・あまりに自分が描いていた”強靭な精神の土方”の像が――いや、すでに旅の間から壊れはじめていたそれは、
じつはあまりに儚さと危うさを湛え、沖田に関して土方はあれほど脆くなるということに。
きっと己は、沖田がいなくても生きていける。
対極に、
土方は、沖田がいなくては。
日が傾いた頃。
沖田が戻ってくるなり、斎藤の前へ座した。
「話の続きだ」
「副長は」
斎藤は遮った。
「目を覚ました」
答える沖田へ、斎藤は瞳を瞬かせた。
「如何して傍にいてやらない」
「おまえに用があると言って出てきた。後で戻る」
「・・・・」
「先程聞いた事をもう一度、確認したい」
黙したままの斎藤が、
霞んでゆく宵の藍に、白くその頬を浮かび上がらせ。
擡げられたその顔を、沖田のほうはまっすぐに見つめた。
「確かに、託されてくれるか」
斎藤は悲しげに。俯くように、頷いた。
頷いて、
(なぜ、こんな・・)
斎藤は、震える拳を膝の上、握り締めていた。
託される、その時。
沖田は剣を握れなくなっている。
これだけの剣豪がその剣を手離す。
己の身に置き換えて考えることさえ厭うほど、それは辛い。
同じ剣客だからこそ、その痛みが、その瞬間をただ想像するだけで身の斬られるような痛みが、己を引き裂くのを斎藤は心で理解し。
「・・・・」
沖田の顔を見れぬまま膝の拳を見つめる斎藤の上に、
それなのに、
「有難う」
こちらが泣きたくなるほど穏やかな声がふと、落ちてきた。
「土方さんは、完全におまえを信頼した。後は、おまえ次第だが、・・・」
まるで安堵しきったかのように。
その声は。
「まだ時間はある。だがなにより病が俺を食い尽くす前に、安心して療養に専念できるほど先に世が治まればいいけどな」
「・・・・何故、そんなに」
明るく。
「何故。そんなふうに、迷い無く、言えるんだ」
漸う顔を上げた斎藤の前。
穏やかな常の眼が、微笑った。
「おまえが、いてくれるからだ」
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