Crystal Asiro【クリスタルアシロ】

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第1章 レイレード国王と側近

とある国王と苦労人な側近

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 ___栄華を極めるレイレード王国の、いつもの早朝。

 
 城の主の寝室にしては質素な作りのシックな部屋。
 置かれている家具も、部屋に合わせたダークブラウン色の物で統一されているが、どれも質の良い物ばかりである。
 そんな寝室の中央には、キングサイズのベッドが1つ。

 そのベッドには、2つの膨らみがある。朝日が差し込むかどうかという時に、その膨らみの片方が起き上がる。


 起き上がったのは、黄緑の瞳と髪をした体格の良い男性。歳は20代男性の様に見える。彼の髪の毛は両サイドが長いが、後ろ髪は首元までの長さである。体つきは良く、身長も平均的な成人男性より少し高めだ。顔立ちは精悍せいかんだが、寝起きの今はまだ少し瞼が落ちている。

 彼はあくびを1つした後、辺りを見渡した後、隣で未だ眠っている『主』の無事を確認する。彼はその後そっとベッドから出て、さらにバルコニーに出る。バルコニーに出ると、花の甘い香りが鼻をくすぐる。まだ目が覚めて間もない目には初春の朝日が眩しく、軽く顔をしかめてしまう。朝日に目が慣れてから、彼はバルコニーの手すりの外から、眼下に広がる城下町を眺める。そこでは既に国民が忙しなく動いている。朝の市場の準備でも行っているのであろう。


 この国は、今日も天気がいい。
 民も元気そうだ。


 そんな良い気分を害するような『転がるモノ達』がバルコニーにはあるが。


 男性はそれらを横目にバルコニーから室内に戻り、寝室のドアを軽くノックする。それを合図に、部屋の外で待っていたメイド長がドアを開け、一礼をして小声で挨拶をする。

「おはようございます、閣下。お呼びでしょうか。」

 『閣下』と言われた男性は、無表情でメイド達にいつも通りの命令を出す。

「おはよう。いつも通り、片づけを。」
「かしこまりました。」

 男性が向けた視線の先は、バルコニーにある『転がるモノ達』。視線と命令を理解したメイド長は、他のメイド達と軽装の女性騎士達と共に音もなく入って来る。
 騎士達がバルコニーに出ていき、『転がるモノ達』を大きな布で包む。それを数名がかりで担架で寝室の外へ運び出す。片づけをしていない騎士達は、バルコニーに残る『痕跡』を魔法の道具を使い、何やら調べを始めている。メイド達は部屋に残っている『血痕』を綺麗にすべく作業を進める。部屋に漂う鉄錆の匂いも、空気を入れ替える魔法を使い、消し去っていく。皆慣れた手つきで淡々と行うが、その表情は呆れ顔である。

「いい加減、諦めろ」
「『この方』に手出しは無駄なのに」
 そういった感情が伺える。

 命令を出した男性は、後始末を他の者に託して寝室を出ていこうとする。しかし、ふと入り口で立ち止まり、その場に居る者達へ一言添える。

「アイツ、まだ寝てるから。くれぐれも起こすなよ。面倒な性格だから、モーニングティーでも用意しないとご機嫌取りが大変だ。」
「分かっています。ご安心下さいませ。」

 男性はメイド長と苦笑いしつつ、寝室を出て日課の朝練と身支度を始める。モーニングティーはその後でも間に合うだろう、と考えつつ。
 __________

 男性もとい『ルーグ』は、この国の国王の側近だ。
 彼の仕事は、側近にしては複数ある。だが、その仕事内容はある一言で集約される。

「この『レイレード王国』の、たった一人の王家の人間である国王を守り、支えること。」

 彼はそのためなら手段を選ばず国王からの命令を遂行する。そして彼の国王は、見た目や身分の理由から狙われる事が多い。

 毎日の様に様々な刺客が現れ、そしてルーグに『消されている』。昨晩や今日の明け方だってそうだ。『バルコニーに転がるモノ』は、そのなれの果てである。

 そもそも、彼の守る国王様は『死ぬことはない』上に『誰よりも強い』。彼が国王を守る意味は『国王の安眠を阻害しない事』くらいなのだが、それも仕事の一環として律義に国王を守っているのだ。
 _____________

 別室で身支度をしたルーグは、今日の予定をまとめたメモとモーニングティーを乗せたカートを押しつつ、先ほどの寝室へ入る。

 時刻は6時。

 優秀なメイド達や騎士達は仕事が早く、もうベランダにあった『荷物』を片づけており、既に皆いない。残っているのはベッドの住人だけ。彼は未だ寝息を立てているベッドの住人を揺り起こす。

「おい、起きろー。もう朝だぞ。」
「んむー…………。」

 ベッドの膨らみからは返事とも取れない女性の唸り声が聞こえる。相変わらず朝に弱い主だ、とルーグは思いつつ女性を振り起す。

「もう6時だぞ、俺が淹れたモーニングティー持ってきたから飲めよ。」
「…………ちぇ。」

 ルーグの言った『俺が淹れたモーニングティー』の単語を聞きつけ、ベッドから舌打ちが聞こえる。ふわりとした紅茶の香りに誘われるかの様に、ベッドから女性が不機嫌そうにしながらも這い出てくる。


 女性は、特徴的な蒼眼蒼髪をしている。20代前半のような見た目で、華奢な体つきをしている。顔立ちは非常に整っており、女性でも思わず見惚れてしまいそうだ。しかし表情はあからさまに不機嫌である事が分かる程、口がへの字になっている。まだ眠たいのか、瞼が落ちかけている。

 女性はルーグの手を借りてソファに座る。座るその動きに合わせて、肩程の長さ程の蒼髪がサラリと動く。女性が座ると、目の前にルーグが銀でできたカップを差し出す。女性はそのカップを手に取り、モーニングティーを飲む。一口飲み息をつくその様子は、何故か触れてはならない神聖なモノに見えてくる。女性はモーニングティーを半分ほど飲んだところで、視線を上げてルーグに問う。

「今日の予定はなんかあるか?」
「幾つかの国との商談を兼ねた食事会が夜に。後は特になし。」

  『食事会』と言う単語に女性が眉を顰める。その仕草と容姿の影響か、ため息をついても美しさは損なわれない。

「またメシ会かよ。どうせ俺との『既成事実狙い』だろそれ。」

 嫌そうな顔をする女性に、ルーグはため息交じりに話す。

「だろうな。だから俺が手を打つ。」
「そうしてくれ。お前は俺から離れんなよ。俺の身が危ないからな。」
「当たり前だろ、じゃなきゃ鬱陶しいオッサンに襲われるだろう。」
「やめろルーグ。俺はそんな奴に触りたくもないし、触られたくもない。」

 「身支度するか」とモーニングティーを飲み終えた女性は、カップをルーグに渡して別室へ向かう。着替えを少々と髪型のセットを女性はルーグに手伝わせ、部屋を出る。上質な衣服に着替え、ルーグに先導されて女性は部屋を出る。それと同時に扉の左右にいた騎士達が号令を合図に敬礼する。


「皆の者、レイレード国王様に敬礼!!」

「「「おはようございます!」」」


 『国王様』と呼ばれたその女性の名前は、『クリスタル』。
 一代で荒廃した国を復興させ、貿易大国にした人物。
 そしてこの国にただ一人しかいない、王家の人物。


 クリスタルは「おはよーさん」とまばらにではあるが騎士達に返事を返す。
 騎士達は雑なクリスタルの挨拶に、更に背筋を伸ばしたり敬礼する手をしっかりと伸ばしたりと、クリスタルに更に敬意を表す。その光景は城の豪奢な作りと相まって、一種の風景画のようにも見える。
 そんな光景の中、ルーグはクリスタルを食堂まで先導していく。水晶の様な素材で出来ている豪奢な作りの階段前で、ルーグが軽く振り返り注意を促す。

「階段、滑るから落ちるなよ。」
「わかってるっつーの。勝手知ったる俺の城だぞ?」

 多くの騎士やメイドに丁寧に頭を下げて挨拶をされながら、その挨拶を返しながら、二人は食堂へ向かっていく。
 _______________

「今日のメシ、解毒系の料理多くなかったか?」

 食事を終え、執務室にて業務資料にサインをしながらクリスタルが問う。目線はしっかりと書類に向いている。

「クリスタル、昨日の夕食の料理に毒入ってるのは気づいただろ?」

 隣で同じく業務資料をチェックしているルーグが隣で答える。

「俺達は『毒耐性つけとくか』程度で食べてたけど、後から知った料理長が顔面蒼白になったんだよ。『今からでも何とかならないか』って言われて、薬膳料理を提案したんだ。」
「なるほど。それで薬草スープやら解毒効果のあるスパイス入りのライス出てきたりした訳だな。」
「ちなみに毒入れた奴には、拷問して動機やら諸々吐かせた上で極刑にしたから。」
「だろうな、お前なら絶対そうするよな。」

 そんな会話を聞いている周りで行政官達が「誰犯人なんだろうな」「また毒かよもー」「毎回思うけども、お二人は大丈夫なのだろうか……」などざわつき始める。
 彼らも彼らで二人の物騒な、でも二人には何1つ被害のない内容であったためか、いつも聞く内容の会話であったためか、行政官達は誰一人として『意図的に毒を食べた』事について言及すらしない。
 いつも通りに業務を進めていく。

「国王様と閣下、エルフの区域で『視察に来て欲しい』旨の報告書が上がっております。ご確認を。」
「魔族の区域で強盗があったようです。その対処の事後報告がございます。サインをお願い致します。」
「今月新しく国に来た『死者の住民』と、転生をする為に国を出ていく『生者になる住民』の人数を、種族別にまとめたデータが出来上がりました。ご確認をお願い致します。」
「国王様、_」

 仕事が次々舞い込む。それらを同じだけのペースでクリスタルとルーグはこなしていく。
 __________

 時刻は17時。

 行政官たちが既に帰宅し、クリスタルとルーグは食事会の支度をするまでの少しばかり残りの時間、雑談をしながらさらに業務を進めていく。その最中、ふとクリスタルが問う。

「今日のメシ会、もとい商談を兼ねた食事会、面倒な奴はどうやって片づけるんだ?」

 クリスタルは羽ペンを回しつつ、肘を机についている。疲れもあるのだろうが、書類仕事に飽きているのだろう。ルーグは一度手を止め、何やらメモ帳に文字を書く。その内容を見たクリスタルがニヤリとする。

「そういう方法とっちゃう? まぁ、お前に任せた。」
「ああ、ついでに昨日の毒の件も完全に潰す。」

 普段あまり笑わないルーグも、釣られてニヤリと笑う。二人の声は、いたずらを仕掛ける子供の様な声色だ。

「ヒュー、怖い怖い。」

 そんな彼のある種の『恐ろしさ』『容赦のなさ』を知っているクリスタルが茶化し始める。

「そんな事、昔は拷問なんてやらなかったお前がやろうとはねぇ……。人は変わるものだな。」
「やり方は知ってはいたがな。というか、やらせるようにしたのはお前だろ?」
「ハッ、確かに!」

 羽ペンを置き、ルーグが立ち上がる。そしてクリスタルに手を差し出す。

「さてと、そろそろ食事会の準備にするか。クリスタル、行くぞ。」
「へーへー、わかりましたよっと。」

 クリスタルもルーグの手を借りて立ち上がり、それぞれ別行動をとる。クリスタルはドレスに着替えるために衣装室へ。ルーグは毒を入れた相手に『お仕置き』をする準備のために、ワインセラーに向かった。
 ___________


「ハハハ!! アレは痛快だったなぁ!!」
「…………笑い過ぎだ、クリスタル。」
 
 食事会の後、場所はクリスタルの寝室。ゆったりとしたソファに腰かけ、ハーブティーを嗜みつつ愉快に笑う、白い寝巻き姿のクリスタル。その正面のソファに同じく腰かけ、何時までも笑ってるクリスタルにため息をつく、クリスタルとお揃いの寝巻きを着ているルーグ。声色にも出ているように、彼は完全に呆れている。

 今回の食事会には、昨夜の食事に毒を入れた黒幕がいた。何もバレていないと思い込んでいるその相手に、ルーグが『お仕置き』をした。クリスタルの笑いの原因は『お仕置きされた相手の反応』であった。

「相手のワインに、同じ毒を入れ返すなんてなぁ! あの様は見ものだったぞ?」
「『服毒した人の欲望がそのまま幻覚として現れる』毒だったからな。だが相手の服毒後の行動に、俺はドン引きしたぞ。逆に何でそこまでツボってるんだ?」
「全裸で踊り狂ってたからな! 取引先が多数いる、公の場でな!! 傑作だ!!」

 未だ笑うクリスタルにルーグは「コイツ楽しそうだな」と思いつつ、実行した作戦を振り返る。


 仕事の後ルーグは、拷問により手に入れた毒を入れたワインを用意した。『お仕置き』をするにも、まずはその『お仕置き方法』と『それを実行するための作戦』が必要だ。
 『お仕置き方法』は、『同じ毒を飲ませる事』。そして『作戦』として、『自分も相手と同じ、毒入りワインを飲む事』にした。『自分には相手が用意した毒は効かない』事をわかっているからこそ出来た『お仕置き』である。

 公の場で自分と同じワインボトルを開け、同じ毒入りワインを飲んだ相手。ルーグが飲んでも平気だったために「安全だ」と思ったその相手は、ルーグの罠にあっさりと嵌ったという流れである。


「ま、俺としては楽しかったけど、お前まで毒入り飲むのはどうかとは思ったぞ?」

 クリスタルがカップを揺らし、中身のハーブティーをくるくると回す。ハーブティーの爽やかな香りがさらに漂う。

「誰かが飲まなきゃ、相手は絶対に飲まなかっただろ。俺は毒効かないのは分かってたし、いいかなって。」

 ルーグの言葉に、クリスタルが眉を片方上げて不満げに文句を言う。

「お前に有事があったら、俺の護衛どうするんだよ。それに仕事が増える。」
「あ、そっちの心配? 俺の体調じゃなくて?」
「そもそも、お前の仕事はソレがメインだろ?」

 クリスタルがさも当然とばかり言う。実際二人としてはそういう『雇用契約』なのだが。

「お前は俺の『側近兼相棒』だ。『俺の命令には従う』『俺の身柄を守る』『国の仕事を行う』。それが『側近としてのお前』だ。それは守ってくれよ?」
「はいはい。だが、たまには『相棒』としても気遣ってくれよ。昨夜だって結構な『アサシン』来てたんだぞ? おかげで今日は寝不足。」
「だが、俺の身は無事。安眠も守られた。お前が全部『片づけた』からだろ?」
「まぁ、全部『バルコニーに遺体は放り投げた』けどな。寝室に他所から来た『アサシンの遺体』なんて置いときたくはない。」

 ルーグはそう言い、目の前に置いていた自分のハーブティーを手に取り飲み干す。そして立ち上がって体を伸ばし、クリスタルに言う。

「そろそろ寝るぞ。明日は城下町の視察しないといけないだろう?」
「それもそうだな。寝るか。」

 クリスタルも立ち上がり、室内のベッドに寝転がる。そして、『いつもの様に』ルーグはクリスタルと同じベッドに入る。お互いの肩が付くくらいの距離感で二人は眠る体勢になる。隣から体温と匂いが感じる程である。そんな中、ふとルーグがクリスタルに問う。

「いつも思うけどさ、俺なんでお前と同じベッドで寝ないといけないんだ? 傍からみたら勘違いされるぞ?」
「俺が寝てる間にアサシンやらに狙われたら、お前が対処する必要あるだろ? 一緒に寝れば対処しやすくないか?」

 恥じらいもなく言うクリスタルに、ルーグは本日何度目になるか分からないため息をつく。

「まぁ、もう慣れたけどさ。」
「ならいいだろ?」

 ルーグの隣から、ふっ、と笑う気配がする。

「さて、寝るぞ。お休み、ルーグ。」
「お休み、クリスタル。」


 時刻は0時。

 『国王と側近』だが『相棒』でもある、少し変わった関係の二人。
 そこに男女の関係はない。


 二人は今日も一緒に眠る。
 隣にいる、確かに頼れる相手を感じながら。


 ___これは、性格に難がある国王と、国王に振り回される側近の、永い永いお話。
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