あなたの隣へ一歩ずつ。

なつか

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八歩目.あなたの話を聞かせてください。

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 土曜日の夕方、今日の部活を終えて俺は瀬良の家に来ていた。
 いつもの通り、夕飯の準備と来週分の作り置きをする。
 その間、瀬良はヘッドホンを付けてモニターを真剣な目で見つめながらゲームをしていた。

 俺が瀬良のところへご飯を作りに来るようになった初めのころは、俺が料理をする様子を瀬良はキッチンカウンター越しにじっと見ていた。
「あのー見られてるとやりにくいんですが……」
「そういうもん? 」
「はい。俺のことは気にしなくていいのでゲームとか、好きなことしててください」
  みられているとドキドキするし、手元が狂いそうになる。
 でも、瀬良はなかなかその場から離れようとしなかった。
「俺のために料理してくれてるのに……ゲームやってたら嫌じゃない?」
「えっなんで嫌なんですか? 俺は好きで作りに来てるんだし、瀬良さんも好きなことしてください」
 そう俺が言うと、瀬良は嬉しそうな、でも泣きそうな、何とも言えない顔をした。
 
 それ以来、俺の料理中はソファに座って勉強をしていたり、今日みたいにゲームをしていたり、たまに俺のところに来てつまみ食いをしたり、好きなように過ごしてくれるようになった。
 
 俺は、瀬良が"好きなこと"をして、楽しそうにしている姿を見るのが好きだ。
 だから、それを見られるこの時間は、俺にとってかけがえのないものの一つ。

 一通りの準備と片づけを終え、俺は瀬良の方を見る。
 集中しているのか、俺の視線には気が付いていないようだ。
 長い睫毛の下で、素早く動く大きな黒目、ノッている時、たまに口の端にぺろりと現れる舌、コントローラーを巧みに動かす手。
 そのどれもが好きだと思う。

「好きだなぁ」

 思わず口から出てしまって、はっとする。
 でも、瀬良はヘッドホンをしているから聞こえていないはず……。
 そう思ったのに瀬良は勢いよく振り向いた。
 えっなんで…もしかして聞こえて……

「あっ柊哉、終わった?」
 あれ? 普通だ。やっぱり聞こえてなかった……よな?
「は、はい。もう食べますか?」
「ん-、まだ微妙に早いよな。先シャワー浴びてくる?」
「そうですね、そうします」
 心臓がうるさいくらいに脈を打っている。動揺しているのが瀬良にばれないように急いで俺はリビングから出るドアに向かう。
 でも、ドアノブにちょうど手を掛けた時、後ろから瀬良の声が聞こえた。 
「ねぇ、柊哉」
「はい?」
 呼ばれて振り向くと、瀬良は俺の真後ろに立っていた。
 驚いてドアに寄りかかると、瀬良は俺の腰の横にトンッと手を突き、混乱して固まっている俺を見上げた。

「“壁ドン”、前のお返し」

 前に俺もこの場所で、瀬良に“壁ドン”をしたことがあった。
 でもそれのお返し???
 まだ混乱している俺に、“壁ドン”の体勢のまま瀬良は満足そうな顔を向けている。

「どうだ、ちょっとはときめいたか」
 八重歯をのぞかせてニカッと笑う、瀬良が良く見せる笑顔。
 俺のすごく好きな顔だ。
 思わず腕が瀬良の腰に伸び、そのまま、グイッと引き寄せると瀬良は驚いた声を上げ、俺の胸の中に収まった。
 驚いた顔で俺を見上げる瀬良に、俺は精いっぱい余裕ぶって見せる。

「すっげーときめきました」

 瀬良の顔がみるみる赤くなっていく。
 どうしよう、かわいい、このままキスしたい。
 でも、その衝動をぐっとこらえ、俺はパッと手を放し、腕の中にいた瀬良を逃がした。

「シャワー行ってきます」
 笑顔を作り、そのままリビングから出る。
 何なんだろうか、この状況は。まだ頭は混乱して、心臓がバクバクうるさい。

 冷たいシャワーを浴びて冷静さを取り戻してからリビングへ戻ると、瀬良はまたゲームをしていた。
 今度は専用のモニターじゃなくて、あとで俺と一緒にやるために、テレビで、だ。
「あっおかえり~」
 さっきはあんなに真っ赤になっていたのに、もう平然としているのがちょっと癪だけど、気まずくなっても困る。
 だから俺も何もなかったようなふりをするしかないんだ。

「先ありがとうございました。あっこれ、この間敦也とやってたやつ」
「そうそう。敦也かわいいよなぁ。もろ弟って感じで」
「……ですかね」
 だから、弟に嫉妬するとかかっこ悪いって。
 わかってるよ、わかってる。でも、まだ二回しか会ってないのにもう呼び捨てだし、かわいいってなんだよ。

「一応、俺も妹居るんだけどさ。一緒に暮らしてたの一年くらいだし、そもそも赤ちゃんだったから兄妹って実感もなくて。だから、柊哉と敦也みてて、兄弟ってこんな感じなんだなぁって思った」
 そう少し寂しそうに話す瀬良の声に、拗ねた俺の気持ちはあっという間に消える。
 
 年の離れた妹に、高校生での一人暮らし。
 これまで聞いた話も含め、なんとなく複雑な家庭環境が垣間見える。
 以前、兄弟の話になったとき、少し話をはぐらかされたのはこういう訳だったんだ。
 下を向く瀬良のピンク色の髪に手を伸ばし、クシャっと優しく撫でながら、顔を覗き込んだ。

「また遊びに来てください」
「うん、行く」
 大人しく俺に撫でられている瀬良は、少しだけ嬉しそうに見えた。

「柊哉さ、俺の頭触るの好きだよね」
「えっ、だ、ダメでしたか……?」
「ダメじゃないよ、気持ちいい。あとでまた髪乾かして」
「はい」

 初めて泊まりに来た日以来、泊まる時は毎回、瀬良の髪を乾かすようになった。
 これは“後輩”として瀬良に触れることが許されるギリギリのラインだ、と個人的には思っている。
 さっきうっかり抱きしめてしまったけど、あれは瀬良の方から来たんだからセーフ。

 でも本当は気づいてる。
 普通の“先輩と後輩”の距離感としてはかなりおかしいってことに。
 今日も瀬良の髪の毛を指で梳かしながら、このうなじにキスをしたら、瀬良はどんな反応をするだろうか、とかつい邪なことを考えてしまうんだ。

 夕飯を食べた後はいつもの通り二人でゲームをする。
 瀬良が俺の家に来た時にやっていたのとの同じゲームだ。
 敦也には勝てたけど、相変わらず瀬良には少しも勝てる気がしない。

「俺の父さんさ、ゲームのクリエイターだったんだ。このシリーズの一作目のエンドクレジットに名前が出てくる」
「へー! すごいですね! じゃー瀬良さんのゲームの腕はお父さん譲りってことですね」
「うん。本当に生まれた時からコントローラー触ってたらしくて、俺はゲームをするのが当たり前って感じに育ってきたから、普通の大人はゲームを嫌うっていうのが全然理解できなかったんだよね。それがわかったのは、父さんが死んでからだった」

 寂しそうな、悲しそうな、そんな目でゲームの画面を見つめる瀬良に、俺は何の言葉も出てこなかった。
 今やっているゲームは今年発売されたシリーズの三作目。
 これには瀬良の父親の名前は出てこないんだろう。

「いつ、亡くなったんですか」
 俺は、なるべく冷静に、好奇心も同情も何も持たない声で、瀬良と同じようにゲームが映る画面を見ながら話を続けた。
 なんとなく、聞いたほうがいい気がしたんだ。
「俺が小学校3年の時に事故で。もともとあんまり家にいなかったし、本当に急だったから、しばらくは実感なくてさ。学校行って、いつものようにゲームして、割と普通に過ごしてたんだけど、休みの日に一緒にゲームやってくれる人がいないって気が付いたとき、ようやく本当にいなくなっちゃったんだなってわかった」

 一ゲーム終わり、画面には勝敗の結果が映し出される。
 もちろん俺の負け。
 でも、瀬良はその画面を見つめたまま話を続けた。

「だから、母さんが再婚するって言ったときは少し嬉しかったんだ。また、一緒にゲームをしてくれる人ができるって。最初の内は一緒にやってくれたんだよ。俺に気を使ってたんだろうね。でも、中学受験するってなったら、いきなり一切ゲーム禁止。俺的には本当に意味不明だった」
 
 確かに、一般的に中学受験をする子供に、毎日ゲームもすることを許す親はいないかもしれない。
 俺はまだ画面を見つめたままの瀬良の横顔を見つめる。
「周りも連れ子なのに私立に行かせてくれるなんて、いいお父さんだね~みたいな反応だったけど、俺は私立の学校なんかに行かせてくれるより、ゲームを一緒にやってほしかった」
 
 いつだって大人は、“大人の物差し”で子供を計る。
 もちろんそれは、子供の将来のためとか、自分の反省を活かして、とかいろいろな理由があるんだろう。
 でも、瀬良はきっとそんなものより、“その時の感情”に寄り添ってほしかったのかもしれない。

「結局、鳳沢入ってからもゲームやってるといい顔されなくて。『せっかく私立に入ったのに、ゲームばっかりやって』とか『遊んでばっかりいる』とか母さんにも言われるようになったから、ゲームしてても勉強はできるってとこ見せてやろうと思って、中学三年間学年一位でいたんだけどさ、結局ダメだった。わかってくれる人なんていなかった。だから家出したの」
 
 瀬良は重たい雰囲気を自分で拭き飛ばすように、あははっと笑っていたけど、目の奥は悲しそうに見えた。
 きっと相当の努力をしたんだろう。
 大好きだった父親が残した、大好きなゲームを認めてもらうために。

「ごめん、変な話しちゃって。もう今日は寝よっか」 
 そう言って立ち上がろうとした瀬良の腕を引っ張り、またソファに戻した。
「俺は瀬良さんの話だったら何でも聞きたい。だから、話してもらえて嬉しかったです」
 瀬良の腕をつかんだままの手が熱い。でも、離したらいけない気がした。

「俺は、瀬良さんが誰よりも頑張ってること知ってます。だって、勉強も、ゲームも頑張らないと一番になんてなれない」
 俺は瀬良と知り合ってまだ数カ月だけど、それでも、寝るのを忘れるくらい夢中になってゲームの研究をしていたり、その合間にもちゃんと勉強もしていたり、俺が知っている瀬良はずっと頑張ってる。
 それこそ、いつか頑張りすぎて壊れてしまうのではないかと心配になるくらいに。

「だから、ダメなんかじゃない。そりゃわかってくれない人はいると思うけど…。でも、あなたの努力はちゃんと、形になってる!」
 そう思ってる人はきっと俺だけじゃない。
 俺は勢い良くしゃべりすぎて、なぜか泣きそうだ。
 でも、俺の話を黙って聞いていた瀬良の目にも涙がたまっていた。
 俺は瀬良の腕をつかんでいた手を離して、涙を拭う。

「ありがとう。俺、柊哉に会えて本当によかった」

 俺の手をぎゅっと両手で握り、涙で潤んだ瞳で優しく笑う瀬良は、本当にきれいだった。

 その後も少しだけゲームをしたり、話をしたりしている間に、瀬良はいつの間にかソファで寝てしまった。
 大体いつも、瀬良はこうして先に眠ってしまう。
 だから、いわゆるお姫様抱っこで抱きかかえ、リビングの隣にある寝室に運ぶのも習慣のようになっていた。

 瀬良は、小柄というほどではないけど、とにかく細身で、軽い。
 俺がご飯を作りに来るようになってからは幾分かましになったようだけど、そもそも食が細いし、一人暮らしを始めてからほとんどまともな食事をしていなかったらしいから、そのせいだろう。

 瀬良をベッドにおろし、目にかかる前髪を撫でて起きていないことを確認する。
 そして、そっと額にキスをする。
 ここまでが最近の一連の流れ。
 
 ダメだってわかってる。でも、好きで好きで、止められない。

「おやすみなさい」
 そう小さく言って寝室から出て、俺はいつものようにソファで眠る。
 そして翌朝、何事もなかったようにまた瀬良と顔を合わせるんだ。

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