あなたの隣へ一歩ずつ。

なつか

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九歩目.あなたの隣にいたいんです。

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 話を聞いた日から、瀬良はなぜかずっと俺に対して余所余所しい。
 もうその日の翌朝から、様子がおかしかった。
 俺の顔からずっと視線をそらしているし、ふいに手が触れた時には、ものすごい勢いで距離を取られた。

 一応、いつものように視聴覚室に迎えに行って、そのまま瀬良のマンションに送り届けているけど、会話もぎこちない。
 正直、心当たりがありすぎて、『俺、何かしましたか?』なんて聞いたら墓穴を掘りそうで、何も言えずにいる。

 そんな日が一週間続き、俺は週末をどうするべきか迷っていた。
 今週は土曜日が練習試合で、日曜日はオフ。
 こういう日はだいたい、土曜の練習終わりに瀬良の家に行ってそのまま泊まる。
 でも、今の状態で正直泊りはきつい。思わず俺は大きなため息をつく。

「どうしたの、高槻」
 同じクラスのeスポーツ部員でもある緒方が不思議そうな目で俺の顔を覗き込んできた。
 なんだかんだ仲良くなって、緒方がもともとつるんでいた野田と三人で、こうして昼食を食べている。

「いや、何でもない……」
「何でもないって雰囲気でもないけど。まぁ話したくなったら聞くよ」
 緒方も野田もいいやつだ。友達が少ない俺にとっては、気を許せる貴重な存在だと思う。
 だから、少しだけ聞いてみることにした。

「あ、あのさ……今まで仲良くしていた人が、急に余所余所しくなる原因って何だと思う?」
「仲いい人って、友達?」
「友達って言うか……」
「えっ彼女?!」
「違う違う! なんというか……気になってる人……」

 友達にこんなことを相談するなんて初めてで、思ったよりすごく恥ずかしい。
 俺は今絶対赤くなっている顔を両手で隠して下を向く。
 その様子に、緒方と野田は驚いたように顔を見合わせている。

「つまり、好きな人と今までいい雰囲気だったのに、急に態度が余所余所しくなったってこと?」
 す、好きとは言ってないけど、まぁそういうことです。俺は顔を隠したまま小さく頷いた。
「なんか心当たりはある?」
「ありすぎて……」
「何したの……」

 頭撫でたり、急に抱き寄せたり、腕を掴んだり、寝てる隙におでこにキスしたり……あれ、俺セクハラばっかりしている気がする。
 これは、やばいのでは……?

「避けられてるの?」
「えっいや、避けられてはいないと思う」
 今週だって毎日一緒に帰ってるし、メッセージを送れば普通に返ってくる。
 週末もちゃんと家に行く約束をした。
 だから、避けられてはいない、はず。

「避けられてはいないのに、態度が余所余所しいかぁ~」
 緒方と野田はう~ん、と真剣に考えてくれている。本当にいい奴らだ。
「それって、『意識されてる』ってことじゃない?」
「?? どういうこと?」
「だから、嫌だったらまず避けるでしょ? そうじゃないなら、今までは“友達”だと思ってたから普通に接してたけど、意識し始めっちゃって、いつも通りにできない! って感じなんじゃない?」

 ……意識されている? つまり……

「やったじゃん! 脈ありってことじゃん」
 野田が嬉しそうに、俺をバシバシと叩く。
 えっ脈ありなの? 確かに、寝てる隙におでこにキスしていることがもしばれてるとしたら、本当に嫌なら今週末呼ばないよな。
「そ、そうか。そうかな?!」
「うん! 絶対そうだよ! これはもう告白するしかないね!」
 
 緒方と野田は完全に煽りに来ている気がするけど、落ち込んでいた気持ちが浮上してきたのが自分でもわかる。

「告白はしないけど、二人に相談はしてよかった。ありがとう」
「しないのかよ! なんで!」
「告白するなら確証が欲しいんだよ。だってフラれたら立ち直れない……」
「え~そんなこと言ってると、誰かにとられちゃうかもよ」
「やめてよ、不吉なこと言うの」

 これが完全にフラグだった。

 今日も練習が終わり、瀬良を視聴覚室に向かう。
 いつもこの時間にはもう他の部員はいないから、瀬良は一人でいる。
 そのはずだったんだ。
 

 視聴覚室のドアに手をかけると、争うような声が部屋の中から聞こえた。
 この声は、相原だ。
 俺が所属するバレー部の部長で、瀬良の幼馴染。
 でも、この二人の間には何かがあって、そのせいで関係がこじれている。
 俺が知っているのはここまで。
 
 でも、黙って聞いてるつもりはない。
 前もそうしたように、何回だって邪魔してやる。
 俺はドアに手をかけて、それを開いた。

「俺はまだお前が好きなんだ!」
 相原の声と共に、俺の目に入ってきたのは、壁に両腕を押さえつけられ、相原にキスをされる瀬良の姿だった。
 俺は頭にカッと血が上り、すぐに駆け寄ろうとした。

 でも、ふと過った俺の臆病な気持が足を止める。
 
 相原は『まだ』と言った。ということはやっぱりそういう関係だったんだ。
 もし、瀬良もまだ相原が好きだったとしたら?
 俺は、邪魔になるだけなんじゃないのか。

 結局、一歩踏み出せないまま、俺は、その場から逃げた。


 頭が真っ白になったまま俺は家に帰り、布団に潜り込んだ。
 スマホが光っていることに気が付いたけど、見る気にはなれなかった。
 
 それでも、朝はやってくる。
 ほとんど眠れなかったし、頭も痛い。
 最悪のコンディションだ。
 
 しかも、今日は練習試合だから休むわけにはいかない。
 でも、部活にいけば相原がいる。正直顔も見たくない。
 
 もし、あのまま瀬良が相原の告白を受け入れていたとしたら。
 頭の中に鐘があるんじゃないかと思うくらいガンガンと音が響いている。
 
 昨日から見ていなかったスマホの画面を開くと、瀬良からの大量の着信とメッセージが残っていた。
 そのメッセージを震えながら開く。

 『もう帰った?』
 『お~い! 電話出ろ~!』
 
 時間は、俺が視聴覚室から逃げた少し後。
 相原のことなんてまるで何事もなかったような文面だった。
 俺が見ていたことには気が付いていなかったんだろう。

 『電話、出られなくてすみませんでした。昨日は急用ができて、先に帰りました』
 俺はそうメッセージを送り、部活へと向かった。

 練習試合はもうそれは見事に散々だった。
 俺の絶不調に加え、相原まで調子を落としていたのだ。
 主力選手である俺たちがそんな状態で、勝てるはずがない。

 そのせいで、試合が終わった後、普段なら軽い調整で終わるはずが、『反省しろ』と二人で居残り練習を課せられてしまった。
 二人っきりで、ボールの音だけが響く体育館。気まずさが尋常じゃない。
 その空気を先に壊しに来たのは相原だった。

「高槻、昨日の部活の後、旧校舎にいただろ」
「……いましたよ」
 相原も俺も、ボールを打つ手を止めず、お互いを見ることもせずに話を始めた。

「今回は邪魔しにこなかったんだな」
 前に相原と相原が言い合いになっていた時は、無理やり間に入り、瀬良を攫うようにしてその場を離れた。
 でも今回は逃げた。瀬良の答えを聞くのが怖かったんだ。

「……付き合ってないって言ってたの、嘘だったんですね」
 そう、確かに相原は否定していた。
 それなのに、昨日は『まだ好きだ』と言っていたんだ。

「嘘じゃないよ。俺が火月のことを一方的に好きだっただけ。火月が俺を好きだったことなんて一度もなかった。俺は昨日ようやくそれがわかった」
 そういうと、相原は手を止めた。俺も手を止めて、相原の方を見る。
 相原は手に持ったボールを見つめたまま、話をつづけた。

「俺はずっと一緒にいたのに、結局選ばれなかった。正直、お前がうらやましいよ」
「別に俺も選ばれてませんけど」
「は? 付き合ってんだろ?」
「付き合ってません。相原さんと同じで、俺の片思いです」
 そういうとなぜか相原は俺を半眼でジトッと見てくる。何なんだその顔は。

「なんですか」
「別に~。悔しいから絶対に教えてやらねぇ」
「何をですか?!」
「自分で考えろ! ほら、練習するぞ!!」
 そう言って、相原は話を無理やり終わらせ、その後はみっちりとしごかれた。


 練習を終え、スマホを見ると瀬良からメッセージが届いていた。
『今日来れる?』
 時計を見ると八時前。今から行くには遅いだろうか。
 俺は肝心なところで根性がない。
 
 でも、会いたい。
 瀬良を誰にもとられたくない。
 あの人の隣には、俺がいたい。

 俺は、ぐっと腹に力を入れて、震える手でスマホを握る。
 『今、学校出ました。もうご飯食べましたか?』
 メッセージを送ると、すぐに“既読”になった。
 『まだ。今から来る?』
 俺の連絡を待っててくれたんだろうか。心臓が痛い。

 『行ってもいいですか?』
 『うん、いいよ』
 またすぐに“既読”になって、すぐに返信が来た。
 その反応の速さに、浮かれてしまう。
 俺は急いで瀬良の家に向かった。

「お疲れ、柊哉」
「あっはい。遅くなってすいません」
「全然、大丈夫だよ」
 今日の瀬良は、今週ずっと感じていた余所余所しさはなく、いつもと変わらない様子だった。
 その優しい笑顔を見て、俺はほっと胸を撫でおろす。

 汗だくだった俺は、先にシャワーを貸してもらい、交代して瀬良がシャワーを浴びている間にあまりものでチャーハンを作った。
 シャワーから戻った瀬良と一緒にそれを食べ、たわいもない話をする。
 臆病になっていた気持ちが、やっとほどけてきたように感じた。
 
 それどころか、ほどけすぎて、瀬良が後片付けをしている間にソファでうとうととしてきてしまった。
 昨日はほとんど寝れなかったし、きっと疲れているんだろう。
 そのまま目を閉じて、少しだけ眠ろうと思った。
 でも、すぐに違和感を覚え、目を開くと、すぐそばには瀬良の顔があった。

 瀬良は俺がもたれているすぐそばに手を置き、片膝をソファに乗せて俺の正面にいる。
 急に目を開いた俺に驚いた瀬良は、後ろにのけぞった勢いでローテーブルにぶつかり、転びそうになった。
 慌てて腕をつかんで引き寄せると、瀬良はそのまま俺の上に倒れ込んだ。

「大丈夫ですか」
「う、うん、ごめん」
 瀬良は俺から離れようとしたけど、俺はまたグッと腕を引いて捕まえる。

「柊哉、離して」
 下を向いて小さな声でそう言った瀬良の顔は真っ赤だった。
 俺は強くつかんでいた手を少しだけ緩める。でも、放してはあげない。
 
 だって、さっき感じた違和感。額に感じた熱と、その感触がまだ残ってる。
 
 手をつかんだままでいる俺を、瀬良はまだ真っ赤な顔のまま、少しだけ伺うように見上げている。
 その赤くなった頬に俺は手を伸ばし、そっと額にキスをした。

 瀬良はもともと大きな目をさらに大きくして、真っ赤な顔で口をパクパクとしている。
 その顔があまりにもかわいくて、思わずクスッと笑ってしまった。

「お返しです」
 いたずらっぽく言ってみると、瀬良は俺の腕を振り払い、ソファに置かれていたクッションを俺の顔に投げつけてきた。
「お、お返しって、そもそも先にしたのは柊哉だろ! この前だって……!」
「あれ、バレてましたか。じゃー最近余所余所しかったのはやっぱりそのせい?」
 投げられたクッションを抱え、さらっと聞いてみたけど、内心は滅茶苦茶バクバクしている。
 だって、絶対気づかれていないと思ってたのに。

「ち、違う。それはもっと前から気づいてたし……」
「えっ……」
 確かに、俺が寝ている瀬良にキスをしたのはあれが初めてではない。
 いつからバレてたんだろう。頑張って涼しい顔をしているけど、すごい汗をかいてきた。

「寝たふりしてたんですか。ひどい」
「し、してない! っていうか、なんで俺が責められる流れなんだよ! 寝込み襲ったのは柊哉だろ!」
「襲ってません。チューしただけです。それにさっき瀬良さんだって……」
「わーーー! もういい、もういいから!!」
 俺の言葉をさえぎって叫んだ瀬良は、両手で耳を塞ぎ、そのまま体を丸めてソファに突っ伏してしまった。
 まるで猫みたいだ。本当にかわいい。
 丸くなっている瀬良の髪に手を伸ばし、優しくなでる。
 瀬良の柔らかい髪の毛の感触が、とても好きだ。

「瀬良さん、顔上げてください」
 髪を撫でながら待っていると、丸くなったまま瀬良は目線だけを上げて俺を見た。
 まだ赤いままの顔から上目づかいはずるいと思うんだ。
 俺は瀬良の手を引いて体を起こし、そのまま抱き寄せる。
 腕の中に収まった瀬良の匂いと温かさで胸がいっぱいになる。
 
 急に抱きしめられた瀬良は、はじめは硬直していたけど、次第に力が抜け、俺に体重を預けてくれた。
 俺は瀬良の背に回した手に少しだけ力を入れて、耳元に口を当てる。
「瀬良さん。俺、瀬良さんのことが好きです」
 体を少し離して瀬良の顔を見ると、その大きな目がどんどん潤んでいく。
 その瞼にキスをすると、瀬良はまたビクッと体を硬直させた。

「瀬良さんは? 俺のこと好き?」
 そう聞くと、瀬良は顔をくしゃくしゃにして、大粒の涙をこぼしながら頷いた。

「好きだよ、俺も柊哉のことが好きだ」

 俺はもう一度瀬良をぎゅっと抱きしめる。
 今度は瀬良も俺背に手をまわしてくれた。
 少しの間、抱き合った体勢のままでいると、次に口を開いたのは瀬良だった。

「ねぇ柊哉……、俺を柊哉の恋人にしてくれる?」
 
 その言葉に俺も思わず泣きそうになる。
 俺の胸の中でグスグスと鼻をすする瀬良をより一層強く抱きしめた。

「もちろんです」

 やっとのことで踏み出した一歩で、ようやくあなたの隣に立つことができた。
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