あなたの隣へ一歩ずつ。

なつか

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六歩目.お泊りがしたいです。

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 あれから、休みの日には瀬良のマンションにご飯を作りに行くのが日課になった。

 土曜日の今日も部活を終え、夕方の四時を回るころには瀬良の家についた。
 それなのに、マンション入り口のインターホンを鳴らしても出ない。事前にこのくらいの時間になることは伝えてあったんだけどな。
 どうしようか、とインターホンの前で佇んでいたら、少しして応答があった。

「瀬良さん、その顔は寝てませんね」
 部屋のドアの前で出迎えてくれた瀬良は、明らかに睡眠不足でぼんやりした顔をしている。
「いろいろ試してて……、でも、気が付いたら寝落ちしてたから一応寝てる」
「気持ちはわかりますけど、休養だってトレーニングの内ですよ」
「えっ?」
 なぜか瀬良は驚いた顔をしたけど、俺は何か変なことを言っただろうか。

 俺は部屋に上がり、買ってきた食材と、冷蔵庫に残っている食材を見ながら何を作るか考える。
 メインは決まっているから、副菜と、あとは作り置きをいくつか作りたい。
 瀬良はキッチンのカウンター越しに俺の様子を眺めているが、いつもはキリッと上を向いている眉毛も八の字に下がり、今にも眠ってしまいそうな、とろんとした顔をしている。
 眠そうな顔もかわいいけど、少しだけ不安になる。

「ご飯できたら起こしますから、少し寝ててください。寝ないと頭働かなくなって効率落ちるだけですよ。よいパフォーマンスは、良い睡眠と、よい食事からってうちの監督もよく言ってます。それに、そんな顔してたら心配になります」
「………うん、ありがと」
 瀬良は小さな声でそういうと、薄手の布団をわざわざベッドから持ってきて、ソファにゴロンと寝転がった。
 ベッドで寝てくればいいのに、なんでわざわざ持ってきたんだろう。
 カウンターキッチンになっているこの家のキッチンからは、料理をしながらでもソファのあるリビングが良く見える。
 横になってすぐ、瀬良は寝息を立て始めた。

 今日の夕飯と、来週分の作り置きを作り終えると、時計は五時半を指していた。
 夕飯には早いし、瀬良もまだ寝ている。

 きっと昨日も頑張って“研究”をしていたのだろう。
 普段ほとんどやらないせいもあって、俺はただなんとなくしかゲームをしたことなかった。
 でも、技を出すコマンドとか、タイミング。それに相手との相性とか……正直よくわからないけど、とにかく、いろいろ考えながらやらないといけないらしい。
 
 そいうことをしっかり研究して練習することで、全国一の実力を身に着けている瀬良のことを、純粋に『すごいな』と思った。語彙力が足らないのが悔しい。
 
 俺は瀬良が寝転がるソファに近づき、寝顔を見つめる。
 今日も無防備な寝顔は、俺の欲を膨らませていく。
 重力で下に向かって流れ落ちている柔らかいピンク色の髪先に少しだけ手を伸ばす。
 
 あぁ……キスがしたい。
 
 会うたびに大きくなるこの欲を、俺はいつまで我慢できるだろうか。
 俺は瀬良の髪から手を離し、ローテーブルと、ソファの間の床に腰を下ろしてソファにもたれかかる。
 すぐそばで聞こえる瀬良の寝息に、つい俺も眠りに誘われる。
 この間瀬良が俺の横で寝ていたのも、こういうことだったのかもしれない。


「おい、柊哉。柊哉ってば。起きろって」
 瀬良の声ではっと目を覚まし、あわてて時計を見ると七時少し前を指している。
 よかった、そんなに遅くなってない。
「すいません、俺までつい寝ちゃった。瀬良さんは寝れましたか」
「うん、かなりすっきりした。ありがと」
「よかった。ご飯、食べましょうか」

 俺は用意した食事を温め直し、いつものようにローテーブルに並べる。
 今日のリクエストは『洋食』。ハンバーグに蒸し野菜のサラダ、あとはミネストローネなどなど、圧倒的に野菜不足そうな瀬良のための、野菜マシマシメニューだ。

「いただきまーす」
 二人で手を合わせ、食事を始める。
 おいしそうに俺の作った料理を頬張る瀬良が本当にかわいいと思う。
 いや、何をしててもかわいい。
 目の前に瀬良がいる。それだけで、俺はおなか一杯だ。
 そんな浮ついた俺の気持ちを引き締めるように、窓の外から雷鳴が鳴り響き、それと同時に、大粒の雨が窓を打ち付け始めた。

「うわっ、びっくりした。あれ、今日雨の予報だったっけ」
「違ったと思いますけど……俺傘持ってこなかった」
「まぁすぐやむんじゃない?」
 そう思っていたのに、食事が終わっても滝のような雨はやまず、それどころか勢いを増していく。
「今日も自転車できた?」
「はい。でもまぁすぐなんで、大丈夫です」
 俺の家は瀬良のマンションから自転車で十分弱。
 傘もレインコートも持ってないけど、まぁ何となかなるだろう。

「いや、雷なってるし危ないだろ。泊ってけばいいじゃん」

 えっ。
 今この人なんて言った? えっ泊まる……? 頭の中に雷が落ちたかもしれない。
 あまりの衝撃に思考がバカになってる。
 固まってる俺の顔を瀬良は不思議そうにのぞき込んできた。

「明日は部活昼からなんだろ? あっもしかして、家の人そういうの厳しい?」
「そういうわけでは……」
「ならいいじゃん。一緒にゲームやろうぜ」
 落ち着け。学校の後輩、それも同性の。多分、いや、絶対変な意味はない。
 そうだ、ゲーム、ゲームやるだけだ。

「じゃ、じゃあ、お世話になります」
「いいよ」
 声が上ずっていた気がする。嬉しさが隠しきれない顔は何とか下を向いてごまかした。

「服とかありがとうございます」
 シャワーを浴びさせてもらい、瀬良のTシャツと短パンを貸してもらった。
 持っている服の中で一番大きいとは言っていたけど、さすがに小さい。
 一応着れたけど、服から瀬良の匂いがして、なんだか落ち着かない。

「そんな短くなる……?」
 リビングに戻った俺を見て、瀬良がすごく嫌そうな顔をするからどうしたのかと思ったら、俺が履くと膝が出る長さの“短パン”は、どうやら本来は七分丈の物だったらしい。

「はぁ…足の長さの差が恨めしい」
「瀬良さんも別に小さいわけじゃないし……ちょうどいいと思いますけど」
「ちょうどいいってなんだよ。もう俺もシャワー浴びてこよ……」
 俺は立ち上がり、なぜかしょんぼりとしながらリビングのドアに向かう瀬良を静かに追う。
 そして、瀬良がドアノブに手を掛けた瞬間、俺は瀬良の頭より少し高い位置に、ドアに向かって握った右手を置く。
 瀬良は振り返り、驚いた顔で頭一つ分高い位置にある俺の顔を見上げた。

「ほら、“壁ドン”とかするのにちょうどいいじゃないですか」

 俺はその顔を見下ろしながら、ニコッと笑ってみた。正直、心臓はバクバクだ。
 すると、瀬良の顔がみるみる間に赤くなっていく。
 
 ダメだ、かわいい。
 
 左手が瀬良の頬に向かって伸びていく。
 あと少し、というところで腹に衝撃を受け、俺はうずくまった。
「なんで、俺がされる方なんだよ!」
 どうやら俺は瀬良から腹にグーでパンチを喰らったらしい。はい、調子に乗りました。

 瀬良は怒りながら、でも耳まで真っ赤な顔をして、リビングから出て行った。
 でも、前は俺が触ってもあんな風にはならなかった。
 もしかしたら、ちょっとは意識してくれてるのかもしれない。
 そんな期待をしてしまう。でも、警戒されるのは困るから、やりすぎないように気を付けないと。

 瀬良はシャワーを終えてリビング戻ってくると、わざわざ俺が座っている斜め下、ソファとローテーブルの間に座り髪を乾かし始めた。
 柔らかいピンク色の髪が、ドライヤーの風でフワフワと跳ねている。
 
 触りたい。

「乾かしてあげましょうか」
 そう言って、瀬良をまたいでソファに座り直し、その右手からドライヤーを奪ってまだ湿っているピンク色の髪に触れた。
「いいよ、自分でできるし」
「俺、妹の髪乾かしてたから慣れてますよ」
「へー、妹いるのな」
「はい。あと弟もいます」
「確かに柊哉はお兄ちゃんっぽいわ」
「瀬良さんは一人っ子っぽいですね」
「んー。あっ終わったらゲームしよーぜ」
 指を通り抜ける瀬良の柔らかい髪がサラサラとした感触に変わっていく。
 雑談をしながら髪を乾かしている間、瀬良はされるがままに俺の足の間でじっとしていた。

 そのあとはもちろんまた二人でゲームタイムだ。
 普段、瀬良は専用のモニターでやってるけど、今日は俺とやるからと、テレビにつないでくれた。
 やるのは有名なレーシングゲーム。
 何度やっても瀬良は一位で、俺は下から数えたほうが早い順位。
 こんな俺とゲームしてて楽しいのだろうか。

「柊哉、全然うまくならないな」
 俺がコースから落下するたびに瀬良はからかい、楽しそうに笑う。
「俺、ゲームは向いてない気がします……」
「ははっ、それは結構前から思ってた」
 思ってたのか……。
 瀬良にとって多分ゲームはただの遊びというだけじゃない。
 もっとうまい人とやったほうが瀬良にとっては有意義に決まってる。

「ですよね。……俺とゲームしてても、つまらなくないですか……?」
 少し拗ねた気持ちと、ふがいなさから思わず卑屈な言葉が口から出た。情けなくて、かっこ悪い。
 どんどんと気持ちが後ろ向きになっていく。
「えっそんなわけない! 楽しいよ! だから呼んでるんじゃん」
 瀬良はパッと顔を上げ、大きな瞳で俺をじいっと見つめる。その真剣な顔に心臓が跳ねた。
「俺、ゲームの腕関係なく、誰かと一緒にゲームやるの好きなんだ。でも、一緒にゲームをやるために、この部屋に呼んだのは柊哉が初めてだよ」
「えっそうなんですか」
「うん。部活のやつとか、一人暮らししてること知ってるやつらから遊びに行かせて、ってよく言われるけど、呼んだことない」

 聞いていいのかな、『なぜ』って。聞きたい。『なんで俺は入れてくれたの』って。
 でも、結局その一歩は踏み出せなかった。意気地なしの臆病者だ。
「それは……なんか、嬉しいな。じゃーもう一回!」
 精一杯の笑顔を作って見せたつもりだったけど、瀬良の瞳に映る俺は、どういう風に見えているのかな。
 でも、瀬良もいつものように八重歯をのぞかせながらニカッっと笑って頷いていたから、きっと普通に笑えていただろう。

 結局その日は遅くまでゲームを続け、気が付いたら二人ともソファで寝てしまっていた。
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