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五歩目.一緒にご飯を食べましょう。
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翌日、待ち合わせは朝十時に大型スーパーの正面入り口。
俺は張り切りすぎて三十分も前から近をうろうろしている。完全な不審者だ。
だって、こうやって瀬良と待ち合わせるのも、学校外に私服で出かけるのも初めてなんだ。
もう俺からしてみたらこれはデートだ。
まぁ瀬良からしたらただの買い物だろうけど。
深呼吸して気持ちを落ち着かせる。浮かれすぎてまた失言したり、ヘマしたりしたくない。
でも、向こうから歩いてくる瀬良の姿を見つけてしまって、結局鼓動が早くなる。
瀬良はまだ全然俺に気が付いていないのに、俺は遠くにいても見つけられてしまうなんて、本当にあの人のこと好きなんだなって実感する。
薄いピンク色の髪にたくさんのピアス。オーバーサイズの黒のTシャツにカーキのチノパン。
ラフな服装だけど、誰よりも輝いて見える。恋って怖い。
「待たせた?」
「いえ、ついクセで早く来ちゃっただけです」
「運動部は朝早いもんなぁ」
部活も大抵早く行くから、嘘はついていない。
俺と瀬良は並び立って、まずは調理用品から買い物を始める。最低限、包丁とまな板、フライパンがないと料理はできない。あれ、カトラリーはあるんだろうか。
「さすがに箸はありますよね?」
「割りばしならあると思うけど」
「……瀬良さん、一人暮らし初めてどのくらいなんですか」
「んー、高校入ってからだから、二年目?」
あまりの衝撃に、俺は絶句する。もし俺が一人暮らしをするとしたら、箸はきっと初めから用意する。
この人、今までどういう生活してきたんだろう。
「最初はさ、ゲームとモニターだけあればそれで十分だと思ってたんだけど、床で寝ると体痛くて、ベッドは必要だなって思って買って、夏になったら今度はさすがに冷蔵庫もいるなってなって、床に座ってるのもお尻痛くなるからゲーム用の机と椅子買って。それからご飯もそこで食べてたんだけど、水こぼして機器壊しかけたから、ソファとテーブルも買って、んで、今度はコンビニも出前も飽きてきたから、そろそろ手料理が食べたいなーって状態」
瀬良はあっけらかんと話すが、まるで“生活”というものを一から進めているような違和感。
瀬良の親は何も言わなかったんだろうか……。いや、言うような親だったら、手料理が食べたいと思ったら実家に帰っているだろう。
なぜだか泣きそうになった。
「なら、箸も買いましょうか」
俺は、調理器具に加え、一人分の箸と茶碗、コップをかごに入れた。
「なんで一個? 高槻の分は? 一緒に食べてくんじゃないの?」
「えっ、俺の分はいらないですよ」
「でも使うだろ? 金は出すから買えばいいよ」
そう言って瀬良はもう一人分ずつかごに入れていく。
いやいや、一人暮らしなのに二人分の食器はいらないだろ。これ、レジに持っていったら、同棲でもするのかと思われそう。
いや、男同士なら普通に考えてルームシェアか。
瀬良からしたらきっと深い意味はないのだろうけど、やっぱり嬉しくて、かごに入れられた二人分の食器を見てつい顔が緩んだ。
二人分の食器に、調理器具と食器類を買い込むと、食材を買いに行く前にすでに大荷物になってしまったから、それはロッカーに預けて食材の買い出しに向かう。
「あれ、持って帰れるかなー」
「大丈夫です、俺持ちますから」
「ははっ、頼もしっ」
食材も買って、両手いっぱいに荷物を抱えて瀬良のマンションに返ってきたときには、もう十二時を回っていた。
「遅くなっちゃいましたね。すぐ作ります」
キッチンに入ると、先ほどスーパーで聞いた通り食洗器が備え付けてあったので、まずは買ってきた食器類はそこに入れる。調理器具はすぐに使うから、手で洗い、準備ができたところで、料理を始めた。
「めっちゃ手際いいね。家でもやってんの?」
「食器の片付けとかはしますね。ご飯も親が作ってくれた分だと足らなくって。それで自分で作ってる感じです」
「へーーー偉い」
「ありがとうございます。でも、思ってたんですけど、部屋きれいですよね」
「うん。ハウスダストアレルギーあるから、掃除はしないと死ぬ。あと、洗濯もちゃんとしてる」
瀬良は得意げに言うけど、この生活感のアンバランスさはなぜなんだろう。
"清潔さ"は欠かせないと思っているのに、少し話を聞いただけでも、睡眠と食は優先順位はかなり低い。
そんなことを考えている間に、料理が完成した。
リクエストが和食だったので、無難に焼き魚と肉じゃが、ほうれん草のお浸しに、豆腐の味噌汁。
ご飯は炊飯器がなかったから鍋で炊いた。
買ってきたばかりの食器に盛り付け、ソファの前のローテーブルに並べると、二人分の食事でテーブルの上はいっぱいだ。
「わーーすごーー」
「定番ばっかりですけど……」
「そんなことない! めっちゃうまそうだよ!」
瀬良の目がキラキラと輝いて見える。喜んでいる様子に俺も嬉しくなる。
料理が出来てよかったと心から思った。
「いただきます!」
二人で手を合わせ、早速食事を始める。
料理には結構自信があるけど、それでも瀬良がどういう反応をするか、ドキドキしてしまう。
瀬良は口いっぱいにご飯を詰め込みながら、勢いよく箸を進めていく。
「めちゃくちゃうまい!」
「よかった」
ようやく、ホッとして、俺も箸を進める。うん、我ながら上出来だ。
「イケメン高身長で、料理もできるとか、高槻スペック高すぎでしょ」
「なんですか、スペックって……」
褒められてるような、からかわれているような、どっちともとれる発言。反応に困る。
「いやいや、本当に。絶対にモテるでしょ。彼女いないの?」
「いませんよ」
中学の時にはいたけど、今いない。そもそも、恋人がいたら今のところは“ただの学校の先輩”である瀬良の家にご飯を作りに来たりしない。
それでも、瀬良は何にやら不服そうな顔をするから、少し悔しくなる。
こんな質問は、俺が瀬良のことを好きだなんて少しも考えたことがないから聞けるんだろう。
「でも、好きな人はいますよ」
思わず口に出してから、また自分で余分なことを言ったと気が付く。
からかわれるだけだな……と思ったのに、瀬良は意外とあっさりとした反応をした。
「へえ……そうなんだ」
なんだ、それ。
『マジで! どんな子?!』という感じの反応を想像していたのに。
部屋の中によくわからない沈黙が流れる。瀬良の真意が本当につかめない。
「えっと……どんな子?」
言葉は予想通りなのに、雰囲気が違う。
“興味がない”というわけでもなさそうなのに、思わず聞いてしまったけど、そんなに答えを聞きたいとは思ってはいない、といったような声色だ。
もしかして、俺に好きな人がいるという事実にショックを受けている?
……いやいや、そもそも彼女の話を振ってきたのは瀬良の方だし。
否定をしながらも、都合のいい期待を抱きそうになる。
でも、ここはもう少しだけ踏み出してもいいかもしれない。
「そうですね、すごくかわいい人です」
そう言って俺は瀬良の頬に手を伸ばし、口元についていた米粒を取って、ぱくりと食べる。
すると、みるみるうちに瀬良の顔が赤くなった。
ほら、やっぱりすごくかわいい人だ。
これ以上追及を受けると、思わず告白してしまいそうだ。でも、それにはまだ早い。確実にOKをもらえると確信してからにしたい。そんな日が来るように、一歩ずつ、着実に、たくさんアピールをしながら、距離を詰めていくんだ。
食事を終え、片付けは瀬良がするというので、俺はソファに座ってテレビをつけた。
日曜日の昼過ぎは再放送ばかり。興味のある番組も見つからず、ぼーっとしているうちにウトウトとしてきてしまった。そういえば、昨晩は緊張もあって、ほとんど寝ていない。俺は睡魔にあらがえず、そのまま目を閉じた。
目を覚ますと、沈みかけた夕日が窓から覗いている。
体の右側に違和感を覚え、目を遣ると、なんと瀬良が俺にもたれかかって眠っていた。
起きたばかりで頭にかかっていたモヤは吹っ飛び、一気に明瞭になる意識と共に、右腕に感じる瀬良の重みと体温が、俺の鼓動を早める。
なんでこんな状況に……。俺にもたれかかりながら静かに眠る瀬良を直視できず、横目でちらりと見た。
瀬良はぐっすりと眠っているのか、起きる気配はない。少しだけ落ち着きを取り戻すと、今度は欲が出てくる。
寝顔が見たい、触りたい、キスがしたい。
どこまでなら許されるだろうか。
いや、“ただの先輩”相手では、何も許されないだろ。俺は、瀬良の方に行きたがる左手をグッと握って留める。
でも、ちょっとだけ寝顔を見るくらいなら……。俺は右肩より少し下にある瀬良の顔に視線を向けた。
窓から差し込む夕日に染まってキラキラと光るピンク色の髪から、長い睫毛がのぞく。
静かに寝息を立てる無防備な寝顔に誘われ、思わずゴクリと喉が鳴った。
“ちょっとだけ”で終えるはずだったのに、先ほど制したはずの左手が瀬良の頬に伸びていく。
つくづく自制心が足らないと自分でも思う。
でも、触れる寸前で瀬良の長い睫毛が揺れ、開かれた大きな瞳と視線が交わった。
その大きな瞳の中に映る俺が見えるくらいの距離で、行き場をなくした左手と、沸き上がるこの思いをどうしたらいいのだろう。必死に考えるけど、頭が全然回らない。
「あっ悪い。俺も寝ちゃった」
硬直する俺を置き去りにして、瀬良はあっさりと離れていった。
「い、いえ。俺こそ寝ちゃってすいません」
まだ瀬良の温もりが残る右手がジンジンする。
俺は瀬良がまだ皿を洗っている間に眠ってしまったはずだ。それなのになぜ、瀬良はわざわざ寝ている俺の隣に座ったのだろう。しかも、俺にもたれかかってしまうほど近くに。
静かな部屋の中で、確かめられない疑問だけが膨れ上がっていく。
「ねぇ高槻」
まぶしい夕日をカーテンでふさぎながら呼びかけられた声に、ドキッと俺の心臓が跳ねる。瀬良の顔にはちょうど陰がかかり、表情はわからない。
「はい……」
「思ってたんだけど、『たかつき』って発音しにくくない?」
「えっそうですか?」
今までほかの人からそんなこと言われたことないし、今このタイミングで切り出される意味もよくからない。
思わずきょとんとした顔をしてしまう。
「だから、名前で呼んでもいい? 柊哉だったよね」
この人は俺を動揺させる天才なんだろうか。
今、夕方でよかった。
きっと窓から差し込む夕日が、俺の赤くなっているであろう顔を隠してくれている。
「あれ? だめだった?」
窓から離れ、ソファの横にしゃがみこんだ瀬良は、答えずにいた俺を見上げながら、首をかしげて少し寂し気な顔を向ける。
その上目遣いがかわいい。
“かわいい”ってばっかり思ってる気がする。
「だ、だめじゃないです。あんまり下の名前で呼ばれることないので、ちょっとびっくりしただけで」
「ふーん。友達もみんな苗字呼び?」
「高校ではそうですね。そもそも友達あんまりいないんで」
「ははっ、俺も友達あんまりいない。だから、柊哉と一緒に買い物行ったり、ご飯食べたりするのすごい楽しかった」
名前を呼ばれてドキッとする。でも今、“友達”のタグを付けられた気がした。
俺が欲しいのはそれじゃない。
けど、そんなこと言えない。
「俺も楽しかったです。ご飯、また作りに来ます」
今できる精一杯の抵抗はこれだけだ。
頻繁に家にご飯作りに来る“友達”は、きっと“普通の友達”ではない。
せっかく俺の箸も茶碗も買ってもらったんだ。入り浸ってやる。
俺は張り切りすぎて三十分も前から近をうろうろしている。完全な不審者だ。
だって、こうやって瀬良と待ち合わせるのも、学校外に私服で出かけるのも初めてなんだ。
もう俺からしてみたらこれはデートだ。
まぁ瀬良からしたらただの買い物だろうけど。
深呼吸して気持ちを落ち着かせる。浮かれすぎてまた失言したり、ヘマしたりしたくない。
でも、向こうから歩いてくる瀬良の姿を見つけてしまって、結局鼓動が早くなる。
瀬良はまだ全然俺に気が付いていないのに、俺は遠くにいても見つけられてしまうなんて、本当にあの人のこと好きなんだなって実感する。
薄いピンク色の髪にたくさんのピアス。オーバーサイズの黒のTシャツにカーキのチノパン。
ラフな服装だけど、誰よりも輝いて見える。恋って怖い。
「待たせた?」
「いえ、ついクセで早く来ちゃっただけです」
「運動部は朝早いもんなぁ」
部活も大抵早く行くから、嘘はついていない。
俺と瀬良は並び立って、まずは調理用品から買い物を始める。最低限、包丁とまな板、フライパンがないと料理はできない。あれ、カトラリーはあるんだろうか。
「さすがに箸はありますよね?」
「割りばしならあると思うけど」
「……瀬良さん、一人暮らし初めてどのくらいなんですか」
「んー、高校入ってからだから、二年目?」
あまりの衝撃に、俺は絶句する。もし俺が一人暮らしをするとしたら、箸はきっと初めから用意する。
この人、今までどういう生活してきたんだろう。
「最初はさ、ゲームとモニターだけあればそれで十分だと思ってたんだけど、床で寝ると体痛くて、ベッドは必要だなって思って買って、夏になったら今度はさすがに冷蔵庫もいるなってなって、床に座ってるのもお尻痛くなるからゲーム用の机と椅子買って。それからご飯もそこで食べてたんだけど、水こぼして機器壊しかけたから、ソファとテーブルも買って、んで、今度はコンビニも出前も飽きてきたから、そろそろ手料理が食べたいなーって状態」
瀬良はあっけらかんと話すが、まるで“生活”というものを一から進めているような違和感。
瀬良の親は何も言わなかったんだろうか……。いや、言うような親だったら、手料理が食べたいと思ったら実家に帰っているだろう。
なぜだか泣きそうになった。
「なら、箸も買いましょうか」
俺は、調理器具に加え、一人分の箸と茶碗、コップをかごに入れた。
「なんで一個? 高槻の分は? 一緒に食べてくんじゃないの?」
「えっ、俺の分はいらないですよ」
「でも使うだろ? 金は出すから買えばいいよ」
そう言って瀬良はもう一人分ずつかごに入れていく。
いやいや、一人暮らしなのに二人分の食器はいらないだろ。これ、レジに持っていったら、同棲でもするのかと思われそう。
いや、男同士なら普通に考えてルームシェアか。
瀬良からしたらきっと深い意味はないのだろうけど、やっぱり嬉しくて、かごに入れられた二人分の食器を見てつい顔が緩んだ。
二人分の食器に、調理器具と食器類を買い込むと、食材を買いに行く前にすでに大荷物になってしまったから、それはロッカーに預けて食材の買い出しに向かう。
「あれ、持って帰れるかなー」
「大丈夫です、俺持ちますから」
「ははっ、頼もしっ」
食材も買って、両手いっぱいに荷物を抱えて瀬良のマンションに返ってきたときには、もう十二時を回っていた。
「遅くなっちゃいましたね。すぐ作ります」
キッチンに入ると、先ほどスーパーで聞いた通り食洗器が備え付けてあったので、まずは買ってきた食器類はそこに入れる。調理器具はすぐに使うから、手で洗い、準備ができたところで、料理を始めた。
「めっちゃ手際いいね。家でもやってんの?」
「食器の片付けとかはしますね。ご飯も親が作ってくれた分だと足らなくって。それで自分で作ってる感じです」
「へーーー偉い」
「ありがとうございます。でも、思ってたんですけど、部屋きれいですよね」
「うん。ハウスダストアレルギーあるから、掃除はしないと死ぬ。あと、洗濯もちゃんとしてる」
瀬良は得意げに言うけど、この生活感のアンバランスさはなぜなんだろう。
"清潔さ"は欠かせないと思っているのに、少し話を聞いただけでも、睡眠と食は優先順位はかなり低い。
そんなことを考えている間に、料理が完成した。
リクエストが和食だったので、無難に焼き魚と肉じゃが、ほうれん草のお浸しに、豆腐の味噌汁。
ご飯は炊飯器がなかったから鍋で炊いた。
買ってきたばかりの食器に盛り付け、ソファの前のローテーブルに並べると、二人分の食事でテーブルの上はいっぱいだ。
「わーーすごーー」
「定番ばっかりですけど……」
「そんなことない! めっちゃうまそうだよ!」
瀬良の目がキラキラと輝いて見える。喜んでいる様子に俺も嬉しくなる。
料理が出来てよかったと心から思った。
「いただきます!」
二人で手を合わせ、早速食事を始める。
料理には結構自信があるけど、それでも瀬良がどういう反応をするか、ドキドキしてしまう。
瀬良は口いっぱいにご飯を詰め込みながら、勢いよく箸を進めていく。
「めちゃくちゃうまい!」
「よかった」
ようやく、ホッとして、俺も箸を進める。うん、我ながら上出来だ。
「イケメン高身長で、料理もできるとか、高槻スペック高すぎでしょ」
「なんですか、スペックって……」
褒められてるような、からかわれているような、どっちともとれる発言。反応に困る。
「いやいや、本当に。絶対にモテるでしょ。彼女いないの?」
「いませんよ」
中学の時にはいたけど、今いない。そもそも、恋人がいたら今のところは“ただの学校の先輩”である瀬良の家にご飯を作りに来たりしない。
それでも、瀬良は何にやら不服そうな顔をするから、少し悔しくなる。
こんな質問は、俺が瀬良のことを好きだなんて少しも考えたことがないから聞けるんだろう。
「でも、好きな人はいますよ」
思わず口に出してから、また自分で余分なことを言ったと気が付く。
からかわれるだけだな……と思ったのに、瀬良は意外とあっさりとした反応をした。
「へえ……そうなんだ」
なんだ、それ。
『マジで! どんな子?!』という感じの反応を想像していたのに。
部屋の中によくわからない沈黙が流れる。瀬良の真意が本当につかめない。
「えっと……どんな子?」
言葉は予想通りなのに、雰囲気が違う。
“興味がない”というわけでもなさそうなのに、思わず聞いてしまったけど、そんなに答えを聞きたいとは思ってはいない、といったような声色だ。
もしかして、俺に好きな人がいるという事実にショックを受けている?
……いやいや、そもそも彼女の話を振ってきたのは瀬良の方だし。
否定をしながらも、都合のいい期待を抱きそうになる。
でも、ここはもう少しだけ踏み出してもいいかもしれない。
「そうですね、すごくかわいい人です」
そう言って俺は瀬良の頬に手を伸ばし、口元についていた米粒を取って、ぱくりと食べる。
すると、みるみるうちに瀬良の顔が赤くなった。
ほら、やっぱりすごくかわいい人だ。
これ以上追及を受けると、思わず告白してしまいそうだ。でも、それにはまだ早い。確実にOKをもらえると確信してからにしたい。そんな日が来るように、一歩ずつ、着実に、たくさんアピールをしながら、距離を詰めていくんだ。
食事を終え、片付けは瀬良がするというので、俺はソファに座ってテレビをつけた。
日曜日の昼過ぎは再放送ばかり。興味のある番組も見つからず、ぼーっとしているうちにウトウトとしてきてしまった。そういえば、昨晩は緊張もあって、ほとんど寝ていない。俺は睡魔にあらがえず、そのまま目を閉じた。
目を覚ますと、沈みかけた夕日が窓から覗いている。
体の右側に違和感を覚え、目を遣ると、なんと瀬良が俺にもたれかかって眠っていた。
起きたばかりで頭にかかっていたモヤは吹っ飛び、一気に明瞭になる意識と共に、右腕に感じる瀬良の重みと体温が、俺の鼓動を早める。
なんでこんな状況に……。俺にもたれかかりながら静かに眠る瀬良を直視できず、横目でちらりと見た。
瀬良はぐっすりと眠っているのか、起きる気配はない。少しだけ落ち着きを取り戻すと、今度は欲が出てくる。
寝顔が見たい、触りたい、キスがしたい。
どこまでなら許されるだろうか。
いや、“ただの先輩”相手では、何も許されないだろ。俺は、瀬良の方に行きたがる左手をグッと握って留める。
でも、ちょっとだけ寝顔を見るくらいなら……。俺は右肩より少し下にある瀬良の顔に視線を向けた。
窓から差し込む夕日に染まってキラキラと光るピンク色の髪から、長い睫毛がのぞく。
静かに寝息を立てる無防備な寝顔に誘われ、思わずゴクリと喉が鳴った。
“ちょっとだけ”で終えるはずだったのに、先ほど制したはずの左手が瀬良の頬に伸びていく。
つくづく自制心が足らないと自分でも思う。
でも、触れる寸前で瀬良の長い睫毛が揺れ、開かれた大きな瞳と視線が交わった。
その大きな瞳の中に映る俺が見えるくらいの距離で、行き場をなくした左手と、沸き上がるこの思いをどうしたらいいのだろう。必死に考えるけど、頭が全然回らない。
「あっ悪い。俺も寝ちゃった」
硬直する俺を置き去りにして、瀬良はあっさりと離れていった。
「い、いえ。俺こそ寝ちゃってすいません」
まだ瀬良の温もりが残る右手がジンジンする。
俺は瀬良がまだ皿を洗っている間に眠ってしまったはずだ。それなのになぜ、瀬良はわざわざ寝ている俺の隣に座ったのだろう。しかも、俺にもたれかかってしまうほど近くに。
静かな部屋の中で、確かめられない疑問だけが膨れ上がっていく。
「ねぇ高槻」
まぶしい夕日をカーテンでふさぎながら呼びかけられた声に、ドキッと俺の心臓が跳ねる。瀬良の顔にはちょうど陰がかかり、表情はわからない。
「はい……」
「思ってたんだけど、『たかつき』って発音しにくくない?」
「えっそうですか?」
今までほかの人からそんなこと言われたことないし、今このタイミングで切り出される意味もよくからない。
思わずきょとんとした顔をしてしまう。
「だから、名前で呼んでもいい? 柊哉だったよね」
この人は俺を動揺させる天才なんだろうか。
今、夕方でよかった。
きっと窓から差し込む夕日が、俺の赤くなっているであろう顔を隠してくれている。
「あれ? だめだった?」
窓から離れ、ソファの横にしゃがみこんだ瀬良は、答えずにいた俺を見上げながら、首をかしげて少し寂し気な顔を向ける。
その上目遣いがかわいい。
“かわいい”ってばっかり思ってる気がする。
「だ、だめじゃないです。あんまり下の名前で呼ばれることないので、ちょっとびっくりしただけで」
「ふーん。友達もみんな苗字呼び?」
「高校ではそうですね。そもそも友達あんまりいないんで」
「ははっ、俺も友達あんまりいない。だから、柊哉と一緒に買い物行ったり、ご飯食べたりするのすごい楽しかった」
名前を呼ばれてドキッとする。でも今、“友達”のタグを付けられた気がした。
俺が欲しいのはそれじゃない。
けど、そんなこと言えない。
「俺も楽しかったです。ご飯、また作りに来ます」
今できる精一杯の抵抗はこれだけだ。
頻繁に家にご飯作りに来る“友達”は、きっと“普通の友達”ではない。
せっかく俺の箸も茶碗も買ってもらったんだ。入り浸ってやる。
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