あなたの隣へ一歩ずつ。

なつか

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二歩目.連絡先を教えてください。

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 あれから一週間がたち、今日も視聴覚室へ行くために少しだけ早めに自主練を切り上げる。
 お疲れ様です、と残っている部員に声をかけ、体育館を出ようとすると、相原に声を掛けられた。
「高槻、お疲れ。今ちょっと時間いい」
 正直早く瀬良のところに行きたいからよくはない。とは言え無視をするわけにもいかないから、しぶしぶを何とか隠して返事をした。
「はい、大丈夫です。何ですか?」
 どうせ先輩方の話だろうな、と思っていたらやっぱりそうだった。
 他の部員に聞き取りをしたとか、先輩方にも話をしたとか、いろいろ俺のために気を使ってくれたようだ。でも、先週の瀬良と相原のやり取りを思い出して、なんとなく訝しく思ってしまう。
「気が付かなくて悪かったな……部長のくせに情けない」
「いえ、相談しなかった俺も悪いですから」
「またなんかあったらちゃんと言ってくれ」
「はい、ありがとうございました」
 これで何事もなくなればいいけど。でも今の俺にとってはそんなことはどうでもいい。
 早く瀬良のところに行きたい。
 とりあえず、なぜそう思うかはいったん置いておく。

 旧校舎にはまだ明かりが見えた。俺は急いで視聴覚室に向かう。
「こんばんは~」
 挨拶をしながら視聴覚室の扉を開くと、前と同じようにゲーム中の瀬良の後姿が見えた。集中しているのか、こちらを振り向いてはくれない。

 俺はドアを閉め、瀬良に静かに近づく。モニターを見つめる瀬良の目は真剣そのもので、何やら見とれてしまう。
 しばらく瀬良の横顔を斜め後ろから眺めていると、モニターに瀬良の勝利を知らせる文字が浮かび、画面から目を離した瀬良がようやく俺に気が付いた。

「うわぁ! びっくりした!!」
「すいません。一応、声かけたんですけど」
「いや、悪い。集中してると周りの音聞こえなくなるんだ」
 瀬良はピンク色の頭をガシガシと掻き、少しバツの悪そうな顔をする。その表情がちょっとかわいい……かわいい? いやいや、相手は男だぞ。俺は頭の中に浮かんだ言葉を振り払う。

「これ、この間やってたやつとは違いますよね」
「あぁこれは格ゲーな。今度大会あるから、練習中」
 瀬良は部活としての大会だけではなく、個人で大会にも参加しているらしい。それでさらっと優勝とかしてくるから、ゲーマー界では結構有名人なんだ、と最近よく話すようになった同じクラスのeスポーツ部員、緒方に聞いた。

「……あれから部活どう?」
 一緒にゲームをしながら、タイミングをうかがっていたように瀬良は俺の顔をちらっと見る。先週、俺の状況を相原に話したことを気にしてくれていたらしい。俺のことを考えてくれていたことに、ちょっと嬉しくなる。
「相原さんが話してくれたみたいで、一応今週は何もありませんでした」
「ならよかったけど、ちょっと余計なお世話だったなと思って」
 申し訳なさそうな顔をする瀬良に、なぜだか手を伸ばしたくなる。このまま頭を撫でたら、どういう反応をするだろうか。ふと過った考えに自分でも驚く。

「俺もそろそろ何とかしないととは思ってたので。助かりました。ありがとうございます」
 瀬良の方に行きたがる手をグッと抑えて、あくまで穏やかに言葉を返す。
 ところが、そんな俺の思いを軽々と跳ねのけるように、瀬良は俺の頭に手を伸ばし、髪がぐしゃぐしゃになるほど撫でまわされた。

「そっか、またなんかあったら言えよ」
 さっき同じようなことを相原からも言われた。でも、瀬良の言葉はなぜかポカポカして、その熱が顔に集まってくる。
「あれ、照れてんの」
 瀬良はまだ俺の頭に手を置いたまま、ニイッっ笑いながら、下からのぞき込んだ。
 
 あぁ、俺はこの人が好きなんだ。

 その時初めて俺は自分の気持ちを認めた。うすうす感じてはいたけど、男だとか、まだそんなに話したことないのに、とかなんとか違う理由を捜していた。
 でもだめだ、もう否定できない。初めて会った時、この笑顔に一目惚れをしてしまったんだ。
 性別とか時間とか、この気持ちは理屈じゃないんだ。
 
 耳まで真っ赤になった顔で何も反応せずにいると、瀬良はようやく俺の頭から手を離し、少し不安げな目で俺を見ている。やりすぎたかな、とか思ってそう。

「瀬良さん、連絡先教えてください」
「えっ唐突。いいけど」
 俺はまだ高鳴る胸を必死で落ち着かせながら、スマホの画面を開く。
「えっと、高槻 柊哉しゅうや、な」
 スマホに連絡先を登録するために名前を呼ばれただけなのに、こんなにも嬉しいなんて。
 
 中学の時は彼女がいたこともあったし、告白されたことも何回かあった。でも、こんなに気持ちが動くのは初めてだ。
 男を好きになるとか、これからきっと難しいこともある。でも、それもこれも何とかなるって、そんな気がする。俺って結構楽天家だったんだな。
 
 一人、頭の中で会話をしながらフフッっと笑う俺を、瀬良は不思議そうな顔で見ている。
 気持ちを認めたからか、少し軽くなった心に従って、今度は瀬良の方に行きたがる手を自由にしてあげることにした。
 
 その手を瀬良のピンク色の髪に乗せ、盛大にくしゃくしゃにする。
 思っていたよりも瀬良の髪は柔らかかった。
「うわっ、何するんだよ……!」
「お返しです」
 いたずらっぽく笑って頭から手を離そうとすると、瀬良はなぜか俺の手をガシッと掴んだ。

「ふぇっ?!」
 驚いて思わず変な声が出た。瀬良は両手で俺の手をつかんだまま、じっとその掌を見つめている。
「やっぱり背が高いと手もでかいんだな。うらやましい」
 もうこの人は本当に何なんだろう……びっくりするくらい俺の気持ちをかき回してくる。
 まぁなんの意識もされてないからこその行動だろうけど、さっきはっきりと意識してしまった俺にはつらいものがある。
 
 俺が大きなため息をつきながらうなだれると、瀬良がさすがに手を放そうとしたので、思わず今度は俺が瀬良の手首をつかんでしまった。
「ほそっ」
 ごまかしも含めてそう言ったが、握ったその手首は俺より全然細かった。
 でも、やっぱり男の手だ。

「うるせぇわ。運動部と一緒にするな」
 瀬良は俺の手を振り払うと、自分のスマホに視線を落とす。
「そろそろ帰るか」
 時計を見ると時間は九時を過ぎていた。
 もう少し一緒にいたい気もするけれど、焦りは禁物だ。
 
 少しずつ、そう、一歩ずつ。ゆっくりと。
 いつかあなたの隣に立てるように。
 
 まずは、意識してもらうところからかな。


 先週と同じように視聴覚室の鍵を閉め、二人で校門へと向かい歩いていく。
 ふと、先週ここで相原に会ったことを思い出した。
「そういえば、瀬良さんは相原さんと知り合いなんですよね」
 なんともなしに聞いたが、瀬良の表情がふいに険しくなった。
「家が隣同士だっただけ」
 どうやらこの質問は瀬良にとって地雷だったようだ。明らかに不機嫌な声に、しまったと思ったけど、もう遅い。
 何とか話を逸らす方向に考えをめぐらす。

「あぁそれで幼馴染。そういえば、今は一人暮らしなんですよね。実家遠いんですか?」
「いや、別に」
 完全に機嫌を損ねたな……。
 これ以上しゃべるのは得策ではないと判断して黙ると、気まずい沈黙が流れる。

 でも、それに耐えかねたのは意外にも瀬良の方だった。
「高槻は実家? 家どのへん?」
「あっ実家です。西区なんで、割と近くです」
 俺の家は、学校から自転車で十五分くらいだ。鳳澤学園はこの地域で割と有名な私立の中高一貫校だから、結構遠くから通っている人も多いし、瀬良みたいに一人暮らしの人もいる。
 うちは別に裕福でもないし、親も教育にこだわりとかなかったから、中学は地元の公立に行っていた。
 でも、その中学のバレー部が公立としては結構強いほうで、高校に上がるときに声をかけてもらって、推薦という形で鳳澤学園に入学した。

「へぇ俺も今、西区に住んでるよ。なら、後ろ乗っけてって」
 そう言うと瀬良は俺の自転車の後ろにまたがり、先ほどの不機嫌さなんて嘘だったように楽しげな顔を見せる。俺はその顔にほっとした。
「はい、家まで送ります」
 下心なく答えたが、よく考えればこれはチャンスな気がする。一人暮らしの家……なんかいろいろ考えてしまうけど、まずは場所を知るところからだろ。
「マジで! サンキュ」
 この人は、俺の邪な考えなんて思い付きもしないんだろうな。
 俺は自転車にまたがり、思いっきりペダルをこいで進んだ。 

 瀬良の家は学校から自転車で五分ほどの場所にあった。セキュリティがしっかりしていそうな、単身者向けのマンションといった感じ。高校生が一人暮らしをするにしては、結構イイ――家賃が高そうな――所な気がする。
「ここに住んでたんですね。俺、毎日この道通ります」
「そうなんだ。朝は時間違うから会わないもんな」
「ですね。良ければまた帰り送ります」
 こんな下心ありありのセリフ、もし女の子相手にいったら警戒されるだろう。でもまぁ男同士であればきっとセーフだ、と思いながらもちょっとドキドキする。

「あぁ、ありがと。じゃあまたな、おやすみ」
「はい、おやすみなさい」

 拒否られなかったし、『おやすみ』なんて、ちょっとくすぐったい。顔がニヤいてしまう。きっと今の俺とすれ違った人は、“変なやつな”と思うだろうな。

 でも、嬉しい。

 浮かれた気持ちのせいで、いつもより自転車のペダルをこぐ足に力が入り、あっという間に家についた。
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