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忘れる恐怖

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「・・・・リリィ、大丈夫なのか?」
 皇帝オリヴァーが、リリィベルの背をさすった。
「はい。私は大丈夫です陛下・・・。テオが助けてくださいましたから・・・。」
 リリィベルは笑みをオリヴァーに向けた。
 隣にいる皇后マーガレットも不安そうな顔をした。

「まさか・・・レリアーナ王女に魔術をかけられて、あなたを忘れてしまうなんて・・・。」
「・・・・・そのような魔術だったようです。」
「本当に不甲斐ないな・・・私たちは・・・。」

 オリヴァーが悔し気に顔を歪ませた。


 ロスウェルが最初に訪ねてきたとき。慌てた顔をしていた。
 意味がわからなかったが、今ならわかる。

 だが、その時すでに記憶は塗り替えられて、レリアーナがテオドールの婚約者だと思い込んでいた。
 息子の愛する婚約者を忘れて、この帝国すべてが、危機に晒された。

 そもそも、ポリセイオに警戒していたはずが、まんまと騙された。
 優しげな雰囲気に疑いもせず。これは失態だ。



 だが・・・テオドールは・・・・。


「リリィ・・・。」
 皇族席で身を寄せ合う三人の前にテオドールが帰ってきた。
「テオ・・・・。」

 リリィベルが足早に駆けつけてその体に身を寄せた。
 その体をしっかりと抱きとめてテオドールはほっと息を吐いた。

「そばを離れてすまない・・・。もうお前のそばを離れないからな?」
「はい・・・。」

「・・・・・・。」
 そんな二人を見て、オリヴァーはますます感じた。

 なぜ、テオドールは魔術にかからずに居られたのか・・・。


 愛の力?これだけ巧妙に、大量の人々が魔術にかかった中で、
 魔術師と契約した皇帝である自分でさえ、罠にはまったのに


 なぜ、テオドールは・・・・。


 だが、そうでなければ、恐ろしいことになっていた。

「‥‥‥‥」

 オリヴァーはふと会場の隅で二人を拘束するロスウェルを見た。


 バルコニーで、テオドールに扮したロスウェルは・・・・。

 そして今のあの髪色。



 焼けるように解かれた魔術印。
「・・・・・。」

 そっと、手の甲をさすった。

 皇太子の時代から、ロスウェルと出会った日からずっと。
 この身を守ってくれていた魔術。

 いや、ロスウェル。


 その魔術印が消えて、こんな気持ちになるとは思わなかった。


 皇帝という王冠を捕られたような喪失感。

 ロスウェル達がいなければ、こんなに無力な皇帝・・・。


 帝国は、確かに魔術師達のおかげで成り立っている。




 だが、唯一。テオドールだけが、リリィベルの異変に気付いた。
 それは、愛ゆえなのか・・・。



「・・・・・。」
 遠く離れているロスウェルと、オリヴァーは目があった。
 そうするとロスウェルは、情けなさそうに眉を下げて笑った。

「・・・・・。」
 胸が締め付けられた。


 普段の軽口を叩いているロスウェルのあんなに自信なさげな顔。

 幼い頃から一緒にいた・・・不思議な友・・・。

 あんな顔は、もう二度としてほしくない。




「テオドール。」
「はい陛下。」
「詳しく聞きたい。そろそろお開きにしよう・・・。」
「はい陛下・・・。」



 皇族たちがその場から離れた。
 それとは裏腹に帝国の街中は一晩中、祭りで賑やかだった。


 この数時間で起きた婚約者のすり替えられた事実は、霧が晴れるように無くなり
 皆が真実の婚約者を当然のように記憶を取り戻していった。

 まるで何もなかったかのように・・・・。




 皇族の広いリビングルーム。そこに4人で集まった。
 大きな向かい合わせのソファーにテオドールとリリィベルが身を寄せて座った。向かいにオリヴァーとマーガレットが座る。

「はぁ・・・・。」
 テオドールが心から安堵するため息が漏れた。
「・・・テオ・・・。お疲れ様でした・・・。」
「いや・・・いいんだ。大丈夫だ。」

 オリヴァーとマーガレットは真剣に向き合ってテオドールを見た。

「テオ、一体何があったんだ?初めから話してくれ。」
「もちろんです・・・。その前に、ロスウェルに・・・あー・・・そうだった。
 魔術印ねぇや。」

「あ、お前もないのか?」
「ええ。父上もでしょ?」
「あ、ああ・・・そうなんだ。」

 手の甲をさすったオリヴァーに、テオドールは少し胸が痛んだ。

「殿下、私がおります。」
 リコーが片膝をつき、4人の前に姿を現した。

「あ、リコー・・・。そうか、お前リリィベルについててくれたのか。」
「はい。会場では、皆陛下たちのそばでお守りしておりました。連絡手段が一時途絶えております故、
 ロスウェル様からの指示を受けております。」

「そっか・・・。あいつは気が利くな本当に・・・。ロスウェルは離れられそうか?」
 その問いにリコーは顔を曇らせた。
「いえ・・・。このままポリセイオ王国のレリアーナ王女と公爵。あと従者たちを地下牢に閉じておくため、そばを離れることは危険です。今ロスウェル様と他の全員が地下にて待機しております。」

「そっか・・・。後でそちらに行くと念話を入れておいてくれ。」
「畏まりました。私は部屋の外におりますので、いつでもお声かけを・・・・。」
「ああ、わかった。」

 リコーは一礼して姿を消した。



 リコーが離れ、メイドたちにお茶を用意させた後、再び4人になる。

 テオドールはリリィベルの髪をなでて、口を開いた。


「・・・・建国祭の支度をして・・・。俺がリリィベルの部屋に行くと。
 そこにレリアーナ王女がいました。」

「なに?」

「リリィからあとで聞いた話ですが、レリアーナ王女が、リリィの部屋に来たそうです。話し相手をしてるうちに、リリィも知らずに‥。そして、俺は‥ベリー達が違和感なくレリアーナ王女に接しているのを見て‥‥呼んだらロスウェルが来てくれました。ロスウェルは、自分達とは違う魔術を感じ、いち早く父上の所へ行ったと聞きました。」

 テオドールはリリィベルの額に唇を当てた。
 オリヴァーは悔しそうに俯いた。

「ああ、確かにロスウェルが来た‥。魔術が展開されたが、
 原因が分からず焦っているロスウェルに、テオドールとリリィにと言われて、リリィとは‥‥誰かと聞いた。

 その瞬間、ロスウェルがリリィの身に何かあったのだと思ったんだな。当然だ‥‥リリィの事を覚えてないなんて、おかしいだろう。そしたら、血相変えて姿を消した。」

 テオドールは語られるその事実に胸を痛め、リリィを抱き締めて話を続けた。

「おそらく、俺が呼んだから来たのでしょう‥。
 目があった瞬間に、レリアーナ王女が居て俺は‥‥恐怖を感じましたから。ベリー達は気付いていないし。
 レリアーナ王女も、当たり前の様に俺の名を呼び恐ろしくなった‥‥。」

 そう言うと切なげに眉を顰めて、リリィベルの肩に頭を預けた。

「初めて、父上に貰った鍵が役に立ちましたよ。」

「‥‥‥お前が、魔術にかからなくてよかった‥‥。」



 その言葉にテオドールのリリィベルを抱く力が籠った。

「俺が‥‥気付かない訳ない‥‥‥。



 ロスウェルに、リリィを探すから建国祭に間に合わなければ俺に扮していろといいました。あちこち探したのですが、リリィが見つからなくて‥‥建国祭が始まったら、ハリーがリリィの部屋を調べようと言ったので‥‥。リリィの部屋を探して‥。見つけたのは偶然でした。‥‥王女がどのようにしたのかはわかりませんが、リリィは父君から貰った‥‥指輪のケースの中に、小さな妖精の大きさで閉じ込められていたんです。‥‥‥俺は、ただ見た事がないケースを、開けただけの本当に偶然なんです‥‥。それでやっと‥。

 あとはロスウェルが、王女と公爵の会話を聞いて‥‥自分が魔術師である、いや、魔術師になったという会話を盗聴したんです。それも、最高位の魔術師‥‥。」


「最高位?」

「ええ、なので‥‥頭にきたんですよ‥‥。

 俺達をいつも守ってくれてたロスウェルより凄いなんてあり得ないって‥‥。このふざけた魔術を解けるのは、ロスウェルしか居ないって‥‥。

 ここに居る者達は、父上と俺と魔術印を交わしていますから、それを解いたら、何にも制限されないロスウェルならら‥‥。きっともっとすごいはずだって‥‥。

 だから、魔術印を外してみろと言いました。


 そしたら、ロスウェルの髪の色に変化があったので‥‥。



 ああ、やっぱり‥魔術師達と俺達との契約がロスウェル達を制限してるんだと思いました。

 なので‥‥父上の了承も得ずに、父上とも契約を解除させました。‥‥勝手をして申し訳ありません‥‥。」

「謝る必要などない!‥私はそんな事になってる事も知らずにっ‥‥お前の大切なリリィを‥‥。」

 テオドールは少しだけ目尻を下げて、オリヴァーとマーガレットを見た。

「いいえ、父上と、ロスウェルの大切な絆を解かせてしまって、心が痛みました。父上にとっても、ロスウェルは大切な人でしょう。‥‥でも、そのおかげでこうして、ロスウェルが最高位の魔術師であると証明する事が出来ました。

 作られた魔術師なんて比べ物にならないくらい。

 ロスウェルは‥‥すごい‥‥

 本当に、ロスウェルが居てくれて良かった‥‥‥。」

 噛み締める様にテオドールが言った。
 オリヴァーも同じ気持ちだった。


「だから‥‥‥王女を捕まえる為と、事実を取り戻す為、
 ロスウェルを表舞台に立たせました。

 それに、ポリセイオにも魔術師がいる。帝国にも
 最高位の魔術師がいると分かれば、ポリセイオと対等に、
 今回の騒ぎの抗議も出来ますから‥‥。」


「ああ、本当に‥‥‥お前は‥‥頼もしくて‥‥

 私は、お前を誇りに思うよ。テオドール‥‥‥。」

 少し涙ぐんだ目でオリヴァーは弱々しく笑った。

「話はこれで全部です。‥‥あとはポリセイオの思惑を尋問しなければなりません。」

「ああ、絶対に容赦はしない‥‥‥。」
「はい。リリィとロスウェルの屈辱を晴らします‥。」

「もちろんだ。」

 テオドールはリリィベルを見た。
 そして、クスリと笑った。

「ふっ‥‥‥寝ちまった。静かだと思った。」

 オリヴァーとマーガレットもふっと笑った。
「張り詰めていたんだろ‥‥‥。」

「そうね‥‥。閉じ込められて、さぞ怖かったでしょう‥
 それなのに‥‥リリィの事忘れてしまうなんて‥‥。

 なんて怖いことなの‥‥‥。」
 思わず涙ぐむマーガレットに、オリヴァーはマーガレットの頬を撫でた。
 テオドールも、その事にずっと恐怖を抱いていた。

「母上、私がリリィを忘れませんでした。だから大丈夫です。


 俺は、絶対、リリィを‥‥忘れないし‥‥どこへ行ったって‥

 絶対、探し出して‥‥見つけ出します‥‥‥。



 今回は偶然だったけど‥‥それも、俺達が繋がってるからかもしれないでしょ‥‥?」



 そう言った時、心の底から泣けてきた。


 無我夢中だった。見つけた時もそうだったけど、


 今になって、リリィベルを忘れる恐怖に、


 身体が震えていた‥‥。

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