勇者の血を継ぐ者

エコマスク

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【215.5話】 リリアと親子とハーピーと ※少し前の話し※

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マリとトーマスは高い木を見上げて困っていた。

四十に年が届きそうなマリは今年十五を数える息子トーマスを連れてルーダリア城下にある知識と創造の神“ビヒル・ド・スクル”の神が祭られる教会に巡礼に行くのである。
夫のオットーが傭兵として戦地で命を落としてから十年経つ、村で生計を立てながら息子と娘を育てて来た。
「マリ、トーマスはなかなか聡明じゃ、教会で本格的に学業を教えるから今度王立学校の入試を受験してみたらよい」ファーザーがマリに言う。
“幼い頃から読み書きが好きで最近は難しい事を質問してくるようになった。息子にとっても学校にいけるなら良い事。勉学に励み試験をうけるのであれば一度神にご挨拶をさせていただかなければ”
マリは収穫時期に得た収入で娘達を村に預け、トーマスを連れて巡礼に出かけて来た。

マリは腰に短剣を下げ、トーマスにも護身用のナイフを持たせた。
使う機会が無いに越したことはないが、物騒な世の中である、身を守らなければならない。
本来なら村の男に頼むか、せめて同行してもらいたいが残念ながらこの時期は村も忙しい。また、未亡人のマリは特定の異性に貸しを作りたくない事情もある。神に挨拶をするなら親子で祈りを捧げる方が誠意も伝わるというものであろう、今回はマリ自身がトーマスを連れて村を出てきた。


先ほど川に架かる橋の側で休憩をしていたら困ったことになってしまって足止めされてしまった。
マリとトーマスが見上げる先にマリ達の荷物が木の高いことろに引っかかっている。というより引っかけてある、まぁ引っかけられてしまったというのが一番正確な表現。
マリはもちろんトーマスでさえも荷物の場所までは木を上がってはいけない。
誰かに助けを求めるしかない。
マリが橋に立っていると馬車が一台やってきた。
見ると女の護衛が乗っているようだ。
マリが手を振って馬車に停止を求める。

「どうかしましたか?助けが必要?…承知したわ。冒険者?…旅人?…一人?… あぁ、息子さんと旅行ね… 息子さんは?あ、あそこね… 武器は腰の剣だけ?…いやに軽装備ね…どこから来たの?…両手を上げて後ろ向いて待っててね」
女護衛はちょっと距離を置いて馬車を止めると弓を手に降車してきた。
テキパキとした行動だが慎重なようだ。
女護衛はお手上げポーズのマリに近寄り、さっと身体検査をする。
「マリ、もう手を下してリラックスしていいわよ。ごめんなさいね。困った風を装って馬車を止めて襲う連中がいるの。マリを疑うわけじゃないけど…まぁ、疑ったけど… あたしリリアよ。こう見えても勇者なの。冒険者の凄い人よ」
リリアと名乗る女性は弓をしまい冒険者証を見せてくれた。
マリが荷物を木から下せず困っていると説明する。
「わかった、ちょっと待ってね。ロープ類とか必要ね。ビルさん、ちょっと待ってて。人助けしてくる。リリアは公認勇者だから国民を助ける義務があるの。あそこの木に登るから、そこでおやつでも食べながら休憩してて」
自分は勇者だという女はロープ類を馬車からだすとマリと一緒に木の側まで来た。

「母さん、この人魔法のホウキを持ってるよ。何とかなりそうだね」
トーマスが小声でマリに言う。
マリは黙って頷いた。

「… えぇ?あんな高い場所?… 飛んできたの?天使ですか?… 投げ上げたってあんな場所までいかないよね…」
ポニーテールを振り振りしながら木を眺めていたが不思議がっている。不信がってもいる。
「不思議よね、なんであれはあんな事になってるんですか?」
女が木の上を指さす。

「それが… あの… ハーピーが来て悪戯していったんです」マリは少し答えにくそうに伝えた。
「あぁ… 何となく納得… でもあの子達、陽気であんまり旅人を困らすような事しないんだけどなぁ… 珍しい…」
女は少し納得したようだが首を傾げている。
「… それが…実はここで休憩していたらハーピーが飛んできて荷物を持ってくれるっていうんです。荷物を運ぶから息子を… その… 貸してくれっていうんです… まさかウチの息子とハーピーをそんなことさせられないと断ったら…」マリはちょっと恥ずかしかったがいきさつを説明した。
「… なるほどね、ハーピーが息子さんと寝たがったのをお母さんが断ったら腹癒せに荷物を木に引っかけてどっかいっちゃったってわけねぇ… なっとくなっとく」女は合点がいったと頷いている。
「理由はどうであれ手伝うわよ。あまりにも不思議だったから聞いてみただけ。しかも無料サービス、勇者は無料で人助けするの。まぁ、お礼を貰える時もあるけどね。だけど… ちょっと待ってね…」
女は言うと深呼吸をスゥっとした。

「ちょっとー!あんた達出てきなさいよ!どこかに隠れて見てるんでしょー!わかってんのよー!あんまりひどい事するとリリアが許さないわよー!」
女は周囲に向かって絶叫しだした。
「絶対どこかで見てるはずだよ。こういう愉快犯は困っているのを見て面白がってるんだよね」女は言う。
「荷物下しなさいよねー!親子が困ってるんだよー!十数える間に出てこないと射落として毛をむしって焼き鳥にちゃうわよー!」女は絶叫している。
「ほらほら、あの木の上が揺れた。多分あそこだよ」女が指さして言う。

「あ、あの… ホウキで上がってきて取ってきていただけないでしょうか?」マリは少し恐る恐る言ってみた。
女は弓とホウキを背負っているのだ。ルーン・マスターには見えないが色々な冒険者がいるのだろう。空飛ぶ魔法のホウキがあるならそれで飛んでくれればよい。
「これね、このホウキは魔法のホウキじゃないの。飛べないホウキ、ただのホウキ。余計な事ばっかり喋るけど役に立たないの… え?…うるさいよ、本当の事じゃない… そんなのお互い様よ… はぁ?余計なお世話よ! いちいち生意気だよ!もうこんなホウキ要らないから!知らないから!もうリリアはホウキの面倒みません!えい!!」
女は一人芝居した挙句、ホウキをぶん投げてしまった。
「母さん… この人大丈夫?」トーマスがマリに耳打ちする。
魔法のホウキで一瞬にして問題を解決してくれると期待したがそうではないようだ。
「あの…」マリが何かを言いかける。
「大丈夫よ、ただのホウキのくせに生意気でね。ちょっと懲らしめてやったの。ロープを使って木に上がるのも手だけどなるべく楽に済ませたいからね」
女は言うと先ほどのハーピーがいるとされる方角に弓を構えた。
「そこにいるのは分かってるのよ。今から十数える間に降参して出てきなさい!交渉人リリア、ネゴシエーターリリアよ! 本当に射るからね!焼き鳥になるわよ! 10… 9… 8… … 3… 2…」
女はカウントダウンする。
マリは矢の向いている先を見るが、木が風に揺れるだけ、本当にハーピーが隠れているのだろうか?
「母さん、焼き鳥にしてしまったら荷物はこの人が上がって取って来てくれるのかな?」トーマスが心配そうに言う。

「2… 1… 1… さぁ、時間切れよ!0になったらタイムアップよ!焼き鳥だよ! 1よ!!… 1!… 1!!……… 0.9!… 0.8!… 0.7!…」
いったいいつになったら荷物は手元に戻るのだろうか… マリは心配になる。

「まったく… しょがないなぁ…」
女はブーブー言いながら弓を置いてロープを手にした。
自力で上がるようだ。カウントダウンは0.07で止まった。さすがに永遠と続けられても困る…

その時、先ほどのハーピーが出てきてくれた。
「リリアね?久しぶりったい。リリアの知り合い?そこの人間の若いオスとお楽しみしたいっちゃんねぇ。ケチィこと言わんで一晩都合してくれるだけでよいっちゃんねぇ」ハーピーが言う。羽ばたくのでゴミが目に入る。
「あのね… このオスはまだ全然若いの…若過ぎ…この木は若杉、なんちゃって… とにかく若過ぎでR指定。ルーダリアではね成人と未成年の性交渉は認めらえていないの。成鳥と未成年か… まぁ、とにかくちょっと先を急ぐしだめ。若過ぎて生殖機能がまだ未発達だよ」女が言う。
「リリアそれは嘘だっちゃねぇ、それくらいのオスが生殖可能なの知ってるっちゃねぇ… 試した事あるっちゃんねぇ」ハーピー。
「… あぁ!それって条令違反だよ!今自供した!動かぬ証拠!飛んでるけど… まぁ、とにかくリリアが通報したら児童なんちゃらで逮捕よ!指名手配だよ」
「…もうわかったっちゃ… 荷物は返すけん帰ったら良いっちゃ。その代わり今度リリアがオスを紹介するっちゃ」
「また美味しい果物でも持ってくるよ。良いオスがいたら先にリリアがいただくわよ」女はうっふっふと笑っている。
とにかく、ハーピーは機嫌を直して荷物を下してくれた。やれやれ…


マリ親子は “ビヒル・ド・スクル”の神教会までやってきた。
「本当に色々ありがとうございました。勇者リリア様」マリがお礼を述べ、トーマスも頭を下げる。
マリ達だけでお城まで行くのは危ないからと馬車護衛を済ませると一緒にお城まで付き添ってくれた。教会まで案内してくれた。
「無事につけてよかったですね。トーマスも勉強がんばってね!お礼?… 別にいいのよ、勇者だから人助けがお仕事なのよ。それではまた、皆さんに神のご加護を」
勇者リリアは挨拶するとさっさと人込みに消えていった。
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