勇者の血を継ぐ者

エコマスク

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【212話】 銀のクサビ「ダスクアーナ」

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「こ、こんな感じでいいの? すっごく緊張するんだけど… 痛くしないでね?」リリアはシルキーに頼む。
床に描かれた複雑な図形の魔法陣の中に寝かされたリリアは緊張している。
リリアはシルキーと宿を取った部屋で儀式を始めるところだ。
「痛くはないから… リラックスして、気持ちを楽に…」
シルキーは静かに告げると自分の指先にナイフを入れ、呪文を唱えながら自らの血でリリアのお腹に図形を描いた。
ここはドラキュラ伯爵の屋敷に最寄りの村の宿の一室。


昨日の早朝、リリアとシルキーはユイナに手伝われてルーダ・コートの街を抜けて来た。
空飛ぶホウキで城壁を超えた後、約束していた場所でリリアはシルキーと落ち合った。
「詳しくはわからないけど… 今まで色々大変な思いをしたと思うわ。シルキーまたいつか会おうね。元気でね、犠牲者に祈りを捧げてね… それからリリアも元気でね」
ユイナが泣きながらシルキーにお別れをする。
「ユイナ… あたしはすぐ戻って来るよ…」リリア。

リリア達は借りた魔法のホウキをユイナに返し、お客に紛れて駅馬車に乗り街を離れた。
リリアはリリアモデル装備、シルキーはフード付きの羽織物の旅装備。馬車内ではほとんど会話をしなかった。
馬車にはリリア達を含め六人の乗客。
「聞いたか?昨晩街中に魔物が出たらしい」
「あぁ、家が燃やされ死人が出たらそうだな」
「何でも魔人族の仕業のようだ、逃走中のようだ」
「出てくるのにチェックが厳しかったがそれが原因か」
話題はミノタウロスの出現で持ちきりだった。リリアとシルキーは黙って聞いていた。
「召喚主は重罪だろうな」
「赤肌の牙のある亜人男性だって」
「えぇ?俺は角のある魔女って聞いたぜ」
話しを聞いてシルキーがそっとリリアの手を握る。リリアが見るとシルキーの口元は震えている様だった。

リリアとシルキーは駅馬車で行ける村まで行って一泊し、そこから歩いてドラキュラ城最寄りの村までやってきた。
それが今いる宿、夕刻までにはたどり着けた。リリアが以前バンパイア退治の際に宿泊した村だ。
宿をとり、二人でさっとお風呂に入るとリリアが料理を頼んで部屋で食事とお酒を少々味わった。
「お客さんたちルーダ・コートの街に所属する冒険者か?悪魔崇拝教団が収穫祭を狙ってテロを起こし、街が半分燃えたって本当かい?」
噂話は雪だるまとなって周辺の村々を駆け巡っているようだ…
「あぁ… えぇ… そんな大事じゃないみたいよ…」リリアは適当に誤魔化して部屋に入る。

道中リリア達を特に疑う者はいなかったようだ。噂話をしている者同士も情報が錯そうしている。人物像が定まっていない。
また当の被害者等でもなければ、どこか自分達には関係ない遠い出来事話し程度、すぐ近くで騒ぎの中心人物が自分の話しを聞いている等想像もしない事だ。
途中の村でも同じ、手配書でも回ってこないことには街の出来事などシェリフ達にとってどうでも良い事だ。


リリアは宿をとってお風呂を済ませると部屋に夕食を持って帰ってきた。
念のためあまり人目につかない方が良い。
「リリア、色々ありがとう。銀のクサビはリリアに進呈するわ。銀と魔力の効果で不浄な魔物には追加のダメージが与えられるわ。それから、リリアが危機に陥ったら一回だけ助けられるように印をつけたいの」
リリア達は部屋で食事をしてお酒を飲み雑談をしていたらシルキーが言い出した。
呪文と共にリリアの体に印をつけることで、リリアが瀕死に陥ってもサンズ・リバーを渡る前ならシルキーが手助けできるそうだ。

それが冒頭に書かれた儀式の模様。

シルキーが呪文を唱えてリリアに手をかざす。
「ムキュッ!!」リリアは変な声を上げた。一瞬だがお腹に焼けるような激痛が走る。
「痛ぁい!痛くしないっていったじゃない!」リリアが思わず声を上げる。
「ごめんなさい、でももう終わりよ。これでリリアの危機は虫の知らせがくるの。私がなんとか救えることもあるわ。目立たないように印は隠してあるから」シルキーが言う。
リリアがお腹を見ると何か意味ありげな文字が消えるところだった。


「リリア、眠そうよ… さぁベッドに入りましょう」
お酒とおしゃべりを楽しんでいたリリアだが酔いが回ってきたのか眠そう。
「うん… さすがに… おしゃべりしたいけど… 眠いね… え!わ!ちょっと!」
シルキーがリリアをベッドに押し倒す。
「最後の夜よ… リリアを愛したいの」シルキーの目は情熱的、本気モード。
「だ、だからリリアはそういう趣味じゃないの!いや、シルキーの事は好きだけど違う意味だよ… だいたい私は二部屋借りようと思って… あれ?… そう言えばおかしいよね、一部屋?… あれ?あぁ、何か変だと思った!部屋借りる時リリアに誘導を仕掛けた?… 絶対狙ってたよね? ぬふん…」
シルキーは黙れとばかりにリリアにキッスをした。舌が入ってくる。
「… む… んん… ん…」
リリアは唇を奪われている。
「リリア… 最後の夜よ… 楽しく過ごしましょう」シルキーが耳元でささやく…
「あぁ… 何だか… あたし… はぁぃ、シルキー… 好きにしてぇ…」
リリアの目にはハートマークが浮かんでいる。

この晩、リリア達は宿主から「お客から苦情がきている。やるなとはいわないからもうちょっと静かにやってくれ」と二回ほどクレームが来た。


次の日の昼過ぎ
リリアとシルキーはドラキュラ伯爵の屋敷の門の前まで来ていた。雨がふっていて森の中は静かだ。
リリア達は村で馬車を雇わず徒歩で門前までやってきた。
リリアが来訪を告げると門の上で固まっていたガーゴイルは屋敷の方へと伝言のため飛び去って行った。
門から見える庭園は相変わらず手入れが良く木々に果物が実をつけている。

しばらく待つと執事とメイド何名か出てきた。
リリアが諸事情を説明し用件を告げる。
「事情は承知いたしました。そのようなご事情であれば、伯爵様も喜んでシルキー様をお迎えするでしょう」執事はリリアの説明を聞いて答える。
「伯爵家ならシルキーでもしばらく平和に暮らせると思って… いちよう紹介状の書きました」リリアが自分で書いた紹介状を手渡す。
「確かにお預かりいたしました」執事が答える。
リリアはシルキーにお別れを告げる。恐らく当分は会えなくなるだろう。
「シルキー、伯爵の屋敷なら魔族も亜人も平和に暮らせるはずだよ。リリアからも手紙を書いた。あれだけの騒ぎで逃げるのは良くない事だけど… シルキーには生きていて欲しいし、シルキーならこの先人々のために何か取り返せると信じてるよ。それに街中の暮らしは大変だったと思うよ」リリア。
「リリア、本当にありがとう。魔族の私が教会に拾われて、苦悩をしたことも人間を恨んだこともあったけど、素敵な仲間に出会えて皆に感謝している。きっとまた会いたいわ。犠牲になった人たちに何かしたい」シルキーがリリアにハグをする。

「リリア、またきっと会いましょう… 銀のクサビには私の名前が刻まれているわ。リリアの傍にいるから」
「シルキー、あなたにいつも神のご加護がありますように」
お互い挨拶を交わす。

「シルキー様、どうぞこちらへ」執事が案内に立つ。
「ダスクアーナと呼んでいただいて宜しいかしら?」シルキーが告げる。
「はい、ダスクアーナ様」
一同は雨の庭に消えていった。


リリアは黙って見送っていた。
「ダスクアーナ…か… ……?」
リリアはふとシルキーの言葉を思い出して銀のクサビを取り出して見た。
クサビに刻まれた文字が変わっている。
リリアには古代文字は読めなかったが模様が変化している。
以前に教わった“ベルベットアーナ”ではなく別になったようだ。
「ダスクアーナ…」
そう刻まれているようだ、リリアの直感…

リリアがシルキーの心臓を刺した瞬間が脳裏に蘇った。
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