勇者の血を継ぐ者

エコマスク

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【211.5話】 城壁を超えて

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「わぁ!ちょっと!ユイナ、シルキー待って!」リリアは慌てて大声でヒソヒソと叫んだ。
魔法のホウキにまたがるシルキーとユイナに置いてけぼりを食らいかけたのだ、リリアはダカットを手に飛び立つシルキー達を呼び止める。
収穫祭の狂牛騒ぎからまださほど経っていないルーダ・コートの街の未明。
今朝日が上がり始めて開門のドラが鳴り始めた頃だ。


昨晩、リリアは銀のクサビでミノタウロスを倒し、シルキーも救っていた。


シルキーの生命力がミノタウロスに反映していると知ったリリア。
リリアはシルキーの心臓にクサビを突き立ててダメージを負わせ、ミノタウロスの動きを封じておき、すかさずシルキーからクサビを抜いてミノタウロスの心臓に一撃を加えた。ミノタウロスが倒れたことを確認し今度は素早くシルキーの元に戻り、ポーションを押し込むようにシルキーの口に流し込んだ。
咄嗟に思いついた奇跡のタイミングにかけるしかない作戦であったが奇跡を呼び込んだようだ。
シルキーは一時完全に意識不明の重体であったが何とか一命を取りとめた。
周りの冒険者も回復を手伝ってくれた事も幸いしている。
シルキーが命を繋ぎ止めると共にミノタウロスも復活しかけたが、弱り切った猛牛はもはや冒険者達の敵ではなかったようだ。
「皆、ごめん!事情は後で説明する、ここは任せた!」
シルキーがある程度回復したのを確かめたリリア、消火騒ぎ、怪我人の対応等に騒然とする現場からシルキーを担いで抜け出し、泥酔するユイナを叩き起こして逃げて来たのだ。

「突然何言ってるの?わけがわからないわ」
「今からあたしとシルキーを城外に逃げさせて」とリリアが言うのでユイナは困惑する。
「シルキーが牛を?… 牛は退治したけど近隣に迷惑が掛かって… シルキーが逮捕されて死刑に?… 牛はどこから来たの?… 別にそんなの怒られて罰金払って終わりよ。何も郊外に逃げる事ないわよ… ええ?牛はミノタウロス?… シルキーが召喚したの?街に暴れ出て人が死んで周りが火事?えぇ!…」
ユイナがリリアから事情を聞いて驚愕する。
「… わ、わかった…いや、よくわからないけど、シルキーがこのままこの街にいたら捕まるのね… シルキーは悪意なく召喚したけどミノタウロスが暴れたのね?… わかった。とにかく協力するけど、今は城壁から出ない方がよいし、シルキーもまだ回復が必用よ… 私の部屋に行きましょう」
リリアもシルキーも大怪我している。シルキーにいたっては未だ自分で立っている事も出来ない状態だ。
ユイナは人目につかないように自分のギルド寮にリリア達を招いた。
街中は収穫祭の夜中過ぎとあって出歩く人は少ないようだった。
「ユイナは魔法のホウキで飛べるでしょ?暗いうちに城壁を飛び越えたら良いじゃない?」リリアが言う。
「夜間に城壁を飛行魔法で出入りするは条令違反よ。スパイ活動や防犯のため結構厳しく見張られているの。リリアも知っているでしょ?」ユイナが自分の部屋のベッドにシルキーを寝かせて回復する。
「いや… そうなんだ… 全然知らなかったよ」リリア。
「とにかく二人とも朝まで休んで。明け方の開門と同時に城壁を飛び越えるわ」ユイナが言う。
リリアも椅子に座ると少しウトウトした。


明け方、リリア、シルキー、ユイナの三人は準備をし、ホウキを手に出て来た。
街中はお祭り騒ぎの後の静けさがあったが兵士達の数がいつもより多い。
探ると召喚獣が事件を起こし行方知れずの召喚主を探しているという。
「シルキー、気にすることないって、あなた悪くないし、今更死んだ人は生き返らない」リリアがシルキーを励ます。
「よく私たちが使う監視の目が薄い場所があるの。とにかく夜明けと同時に城壁を出るわよ」ユイナ。

リリア達は人目につかない場所に隠れながら開城のドラを待つ。
ユイナは自分のホウキを手に、シルキーは借り物のホウキを手にリリアはダカットを手に待機。
「ねぇ?魔法のホウキとは言え、借り物で飛べるの?」リリアがユイナに聞く。
「本当は自分で使い込んだ相棒がいいけど、シルキーの魔力ならなんとか乗りこなせると思う」ユイナが言う。

「城外に出てどこに逃げるの?」ユイナが心配する。
「今は言えないけどリリアに考えがあるんだよ」リリア。
「そう… 本当は事情を説明して責任を取るべきなんでしょうね… 話しだと完全に事故なのだけど… シルキーは私たちと…事情が少し違うし…仕方ないわね… 飛び立ったらお別れを言う時間は無さそう。今挨拶しておく、シルキーお世話になったわね。またいつか必ず戻って来てね」ユイナが涙する。
「ユイナ、ありがとう。また会える時が来ることを願って、あなたと皆さんに祝福を…」
シルキーがユイナにハグをする。
空が白み始めた。
「さぁ、皆飛ぶわよ…」ユイナがホウキに腰かける。


「ジャン、ジャン、ジャン」
ドラが鳴らされ始めた。開門の時間だ。今から日没まで城壁の出入り自由。
「暗いうちに超えるわよ!それ!」
ユイナが地面を蹴って舞い上がる。続いてシルキーも借り物ホウキでテイクオフ。
「え?あれ?ちょっと待ってよ!リリアが乗って無いよ!待ってよ!」リリアが慌てている。
「… シルキー!先に行って!このまま城壁を超えて!」
ユイナはシルキーを先に行かすとリリアの近くまで舞い降りて来た。
「リリア、何しているの?早く飛びなさいよ!」ユイナがイラついている。
「え?だって… あたしも乗せてよ、あたし飛べないよ」リリア。
「ホウキ持ってるでしょ、自分のホウキで飛んでよ」ユイナ。
「あたしに魔力が無いの知ってるでしょ?このホウキは飛べないよ。ダカットは飛べないホウキ、ただのホウキ」リリア。
「噓でしょ?あなたいつも飛べないホウキを担いでウロウロしてるわけ?」ユイナが呆れている。
「もう…信じられない…よく城壁を飛び越えるなんて言い出せたわね…飛べないにしても説明しなさいよ。毎日意味ありげにホウキ持ってウロチョロしているから… 早く乗りなよ」ユイナがランディングしてきた。
「ごめん、何か皆自然にしているし、どっちかが乗せてくれるのかと思って…」
リリアは言いながらホウキにまたがる。
「男座りすると股間が痛くなるわよ。足を揃えて腰かけるの… バランス取るために反対向いて… そんな感じ…」不満そうなユイナ。
「ごめん、でも。ちょっと空を飛べるの楽しみ、うっふっふ」
リリアが飛べないホウキを手に飛べるホウキに腰かけユイナの腰に手を回す。
「準備OKだよユイナ!」リリアがフライト許可を出す。
「本当は二ケツすると怒られるんだけどな… よし、行くわよ、それ!… って… リリア?ちゃんと飛んでよ!」
ユイナが怒る。ユイナのホウキはノロノロと宙に浮きだした。
「え?だってリリアは飛べないって、魔力無いよって!」リリアが言う。
「本当に魔力ゼロなのね!それでよく勇者務まるわよ!」ユイナはブーブーと文句を言っている。

ホウキはなんとか速度を上げて城壁の上を目指す。
どうやらシルキーは無事に城外に出たようだ。


「わぁ!… 素敵ね!」
リリアは小さく呟いた。空飛ぶホウキからの眺めは最高だ。
朝日が上がり始めて、足元には建物と木々が影と日差しのコントラストを作っているのが見えた。
リリアが見ると城門から商隊が列をなして出発し、空には飛行道具で城外にでる魔法使い達の姿が見える。
「ユイナすごいね!飛べるって素敵ね!秋になってちょっと寒いけど最高ね!」ちょっと危機的状況を忘れて浮かれるリリア。
「あなた喜んでいる場合じゃないでしょ、シルキーをよろしくね。私が皆に説明して衛兵達にはごまかしておくから、必ずシルキーを何とかしてね」ユイナが言う。
「わかってる。戻ったら全てを説明するから。衛兵にはシルキーは牛と共に死んだって事で…」リリアが答える。

「にしても… あなた重過ぎよ… そんなに長く飛べないからね…」ユイナ。
「リリアはナイスバディの物理系女だからね…えっへっへ」リリアが笑う。

「おい、あんな言い方ないだろ、俺傷ついたよ」
リリアの耳元でダカットが囁く。
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