勇者の血を継ぐ者

エコマスク

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【159話】 From Sir D to Lilia

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ドラキュラ伯爵とリリア達はその後どうなったか…

伯爵とディルとで話し合いが行われ、怪我から回復したリリア、ブラックも話し合いに参加した。
もっともブラックはほとんど余計な事は言わなかった。リリアが「ブラックだって見たでしょ!」と同意を促すと「確かにそうっす」と目を細めて短く答えるのみ。
何故伯爵討伐の命がくだったか、ディルが把握している限りでは伯爵に、あるいはドラキュラ城周辺で、ドラキュラ城の住人と思われる者達に命の危険を脅かされたとの訴えが急増して寄せられたとの事。
「ディルだって一晩泊まってわかったでしょ!ここは通行人を襲ったり、噛みついたりする人間はいなよ、むしろお金目当ての冒険者に迷惑をかけられている方だよ!一昨日だって攻撃してきたのは侵入者の方だよ」リリアが一番主張していた。
「私に言われても… お城に戻って報告はしますが… それこそ伯爵自ら国王様と直接話し合うべきです」ディルは眉間に眉を寄せて言う。
「なんでいつもそんな遠回しなのよ!」リリアが怒るが
「私は勇者管理室所属で勇者リリアを監督する立場ですから、それ以上の事を言われましても…」ディルが言う。
リリアの働きぶりを監督する部署のディルには伯爵討伐の詳細や調整についてクレームを付けられても困るのであろう。彼の問題はリリアが命じられた仕事をこなすか否か。これはシステム上仕方がないことだ。

「せめて侵入者側の生存者でもいて…」
ディルは言うが侵入者は死亡、生き残った者は逃走してしまっている。死体も残っていない。リリア達にはタブー過ぎてどうなったのか聞けもしない。
ただ、伯爵家の敷地に入り、計画的に伯爵達を殺害しようとし、アスタルテを含み二名が犠牲となり複数名が重傷を負っている事実がある。
リリアは侵入者達を殺しにいく一瞬に見せた伯爵の本当の姿を思い出すと未だに血の気が引く思い。
あれは完全なる正当防衛だ。リリアだって伯爵の立場になったら同じような行動をとっていたであろう。これが人間同士、亜人なら火を見るよりも明らかで公平な裁きが下っているのだろうが、バンパイアが親玉だという偏見でおかしなことになっている。

屋敷での話し合いはだんだんリリアの発言時間が長くなり、声が大きくなり、大きな胸とポニーテールを揺らしながら身振り手振りが入りだし、すっかり伯爵が黙っている時間が増えだして「だいたいねぇ!偏見が強すぎるのよ!リリアなんて一生懸命勇者やってるのに…」ってあたりで脱線確実となったのでブラック、執事たちに抱えられるようにしてリリアは退室、それ以上屋敷の話し合いがどうなったかは分からなかった。

その夜リリアはアスタルテ達のお墓に手を合わせてから伯爵と馬車でルーダリア城へ。
バンパイアなので夜の移動らしい。危険な馬車移動なのだが執事たちが全魔物を退け、リリア達は馬車から一歩も出る事は無かった。
恐らく、執事たちの実力も相当なのだろう。
“なんだ、保険対象を理由に何もしない国の連中とは真逆じゃないか!王国なんてリリア達が必死に戦闘していもて見ているだけだぞ!”リリアは不満だがディルに文句を言っても仕方ないと理解。


その後リリア達は伯爵とお城に出向いた。
入城前に王室付きの魔導士たちがリリア達の健康状態、精神状態、洗脳下に無いか厳重にチェック。
で、リリアとブラックはお城の様子と侵入者達との戦闘の事について少しだけ聞かれると「それではお出口は右側です」とばかりにさっさと帰された。
リリアが問いただすと「これ以降は国と伯爵殿との話し合いになります、勇者殿はお引き取りください」と見事な空気扱いぶりだった。


あれから十日程経っただろうか?…
リリア達はルーダリア城下でフラフラしていた。リリアは何かする気力が出てこない。
バー・ルーダの風には意地でも帰らない。
伯爵はどうなったのか… ここ数日色々噂が流れている…
「ドラキュラが呼び出されて処刑されたらしいぞ」
「処刑なら公開だろう、たぶん投獄されてるんじゃないか?」
「今度ドラキュラ城に軍が出動するらしい」
「ドラキュラ家は取り潰されるそうだ」
「伯爵の処刑を条件にドラキュラ城の安全は保障されるらしい」
「数日前、伯爵の乗った馬車がお城を出たらしいぞ、伯爵は無事じゃないか?」
どの情報紙を見ても全然憶測の域を出ない記事が載っているのみ。

ディルとピエンと酒場で食事をした。
「ディル!… もういい… どうせ答えてくれないだろうし、何も知らないだろうし、口きくと腹が立ってくるからいい… ピエン、頼りよ!実際はどうなの?伯爵は無事なんでしょうね」リリアはピエンに聞く。
「正直、全然確たる話が出てきません。恐らくディルが知らされていないのも事実でしょう。ただ… 伯爵は馬車に乗られたのを目撃した人が何人かいるのは確かです…」ピエンもわからないらしい。
ディルの話しだとリリアは勇者としてクエスト不達成で今後ドラキュラ家の敷地に立ち入るのは禁止だと言う。
「ふざけないでよ!リリアは冒険者よ!自由の身よ!」リリアは怒る。


とにかくリリアは完全に調子を落としてしまったようだ。
「リリアちゃんのジビエ料理よ!」と弓を手に出かけるが手ぶら帰ってくる。
「もう村に帰ろうかな…」たまにポツリと呟くリリア。
「なぁ、リリア大丈夫か?」ダカットが心配する。
「せめて、ギルドに帰れば…っすね」ブラックも見守るしかない。


「あんたらにドラキュラ伯爵の何がわかるのよ!!勇者の大変さの何がわかるのよ!」
ブラックがトイレから戻って来ると酒場で食事とお酒を飲んでいたリリアが大喧嘩を始めいていた。
「ブラック!トイレに行ってる場合じゃないぞ!止めろよ」ダカットが叫んでいる。
「なんだおまえ?急に話に入ってきやがって!ひっこんでろ」
「伯爵の味方か?魔人か?」
「何も知らないくせに、リリアの中段突きを食らいやがれ!」
リリア一人と数名で乱闘になりヤンヤのど真ん中にいる。
「… たまには喧嘩くらいいんじゃないっすか… と言いたいですが、話題がまずいっすねぇ」
ブラックは冗談とも本気ともつかないつぶやきをして喧嘩の仲裁に入った。
っと、言うよりリリアを酒場から引っ張り出した。
その途中、しつこくからんでくる相手連中をぶっ倒してリリアを連れ出してきた。
「おまえ… 何やらしても強いな…」ダカットが驚いている。


「あたし、伯爵の気持ちわかる気がするの… 倒さないと勇者として仕事してないなんて扱い変だよ… 父さん、母さん、リリアは村に帰ろうかと思うよ…」
そもそもお酒に強いとは言い難いリリアが結構飲んで喧嘩したので酔いが強く回ったのだろう…
ブラックにおんぶされて何か呟いている。


「先輩、宿についたっすよ」
リリア達は宿泊する宿の前に着いた。
リリアが「はぁ?公認勇者だから城下にいる間は官舎が使える?… 自分で宿に入るから要らない!」とディルの言葉を断って自分で決めた宿だ。
リリアは意地になっている。

「宿なの?…そう… 自分で歩けるよ… そもそも歩けない振りして楽してただけだもの…」ブラックの背中から下りたリリアはフラフラしながら言う。よく見ると唇をちょっと切っている。
「先輩、しっかりするっす。勇者がコケたら笑われるっす」ブラックが手を引こうとする。
「大丈夫だから、先に行っていいから」リリアは涙を拭っている。
「… そうっすか… 落ち着いたら… 俺、ロビーにいるっす」ブラックは言うと戸口へ。

「あら! ぅゎ!」
リリアが小さな声を上げるのでブラックが振り向くと何かがリリアから飛び去るところだった。
「なんすか?コウモリっすか?」ブラックがリリアに歩み寄る。
「うん、コウモリみたいだったよ… 急に目の前で… びっくりした… 何か持ってたみたいで落ちてきたから受け止めたよ」リリアが言いながら掌を差し出す。
見ると指輪がリリアの掌にある…
「… これをコウモリが?… 指輪っすね」ブラックが手に取る。

「…… 先輩… これ、強くはないっすけど精神プロテクトと条件によって発動するチャーム効果が符術がされているみたいっす。 S D  A s t… Sir D to Astalte… これ、きっと伯爵から先輩にっすね」
宿屋のランプに指輪をかざしたブラックは微笑むとリリアに指輪をしっかりと握らせた。
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