勇者の血を継ぐ者

エコマスク

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【139話】 村長の依頼

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「仕事していると鬱陶しいけど雨模様を眺めるのも悪くないわねぇ」
リリアとブラックは石段に腰を下ろした。ダカットはすぐ側に立てかけてある。
村の教会の裏手に屋根付きの石畳があり、剣の稽古をしていたリリア達。今朝から頻りに雨が降っている。

リリア達は前の村で魔物退治をした後、馬車護衛で移動をしてきた。雇い主達はこの村で荷物を捌くと城下街に引き返していった。ここでリリア達は雇止め。

リリアの弓は少し不調に入っている。勇者も人間なのだ、落ち込むことだってある…
次の村まで徒歩で移動!と思ったのだがあいにくのお足元なので
「わざわざ雨の日に出る事ないよ。ゆっくりリフレッシュしよう!」ってな具合で今日は休息日となった。

昼食前に少し剣の練習をしていた。
やはりリリアとブラックでは剣の強さが違う。足を使ってタイミングで打ち込むリリアと構えて迎え撃つ王道のブラック。これに魔法を使用したらリリアは接近さへさせてももらえないようだ。
腰を下ろして休憩する。
村の垣根があり、雲が低く垂れこめたグレーな世界が広がり、遠くの山と森が水煙にかすんで見える。屋根を打つ雨音も素敵である。
「ダカット見てよ。リリアは久々景色を眺めた気がする」リリアがダカットを手に座りなおす。
「… 俺、散々森の中に立ってたよ。 …だけど… 悪くないな…」ダカットが呟く。
「先輩、調子戻るとよいっすねぇ」ブラックは手元にいたヤモリを捕まえて遊んでいる。

「お!いたいた、リリアここにいたんだな!俺達も練習に混ぜてくれよ」
声がするのでリリアが振り返ると冒険者仲間のセザリオとその一行。やはり雨で移動中止をしている連中も多い。
「いいわよ、ケガして泣いてもしらないからね」リリアは腰を上げる。

で、リリアは練習を離脱して村の鍛冶職人の傍で膝を抱えて仕事を眺めている…
魔法での攻防練習が始まったのだ。
「あれ?リリアは魔法からっきしだっけ?よく勇者になったな」皆に驚かれた。
「うっさいわねぇ… リリアの本気魔法を出したら皆チリチリパーマになるわよ!」
捨て台詞を吐いてホウキを手に練習を抜けて来た。
「魔法なんか使えなくたって勇者できるんだからねぇ」匠の技を見学しながらダカットに話しかける。
「… お、おぅ… よくわからんが、リリアの言う通り」ダカットが答える。
鉄を打つ音、焼き締めする時の「ジュッ!」の音が心地よい。リリアはホウキと弓を抱えてウトウト…

「リリア殿、リリア殿、こちらだったか、探しましたぞ」
声をかけられた。見ると品の良い老婆が立っている。
「あぁ… えー… 今日もあなたにご加護がありますように」リリアはつとつと答える。
で、「えー… どなた?…」シンプルに聞き返す。
「わしじゃ、村長じゃ、以前この村で魔物を追っ払ったついでにノブタを狩って提供してくれたじゃろ。髪を結いあげて弓を手にした態度の大きい女が来たと聞いて… リリア殿と思って探しておった」老婆が言う。
「そっか、えっへっへ、そんな事あったね。ま、結構あっちこっちでジビエ料理の材料は提供してるからね。村長さんね、思い出したわ」リリアは笑っている。
「すまないがちょっと問題があってねぇ。家によっていってくれないかねぇ」
「いいわよ!村長さんの相談ならたいてい引き受けるわ。それにお茶とお茶菓子が出てきたらリリアは絶対Noとは言わないタイプよ」
リリアはニコニコと腰を上げた。


村長宅に招待されたリリア。催促どおりお茶とお茶菓子が出て来た。もう断れない。
「… そういうわけで、何とも歯切れの悪い問題なんだが… 何とか引き受けてくれんかね?リリア殿」椅子にかけて村長が言う。
息子が同席し使用人が一人控えている。
「……… あひ? あぁ、はいはい、良いわよ、引き受けるわ。ごめんなさい、この薬実茶がとっても香りがよくって、このお米をつかったお菓子も美味しいし、何か完食したら次々と違うの出てくるし、思わず食べるのに夢中になっちゃって。メイドさんあんなに可愛らしいのに凄く気が利いているよね。メイドさんには惜しいわね。可愛くて気が利く… バーに行ったらモテモテよ!あ、でも女の価値は胸の大きさだからリリアには勝てないけど… あ!メイドさん!そのホウキ!ホウキだけどホウキじゃないの。宿ってるから、無口で分かりにくいけどねぇ… とにかく、掃除道具として持ち込んだわけじゃないから、そこに置いておいて」
肝心な依頼については
「OKよ!OK! 美味しいお菓子ご馳走なって食い逃げするほど人は悪くないの」とニコニコグッドサインを出している。
「おお、そうか、ちょっと繊細な問題なのじゃが… よろしく願う。ドンテロに説明しておくがリリア殿からも事情を聞いといてくれ。何か協力が必要ならいつでも相談にきなさい」村長は少し安堵したようだ。


リリアは村長宅を出た。
「お菓子美味しかったぁ!お腹いっぱい。お昼寝には最高!宿に戻って昼寝しようか」ご満悦でダカットに話しかける。まぁ、半分独り言。
「… なぁ、俺、よくわからんけど、とりあえずドンテロに会うべきじゃないか?」ホウキのダカットの方がまとも。
「あ!それよ!ドンテロって誰よ?何をしたら良いのか説明してもらわないと」
「… えぇ?… リリア、話し聞いてなかったのか?」ホウキが驚いている。
「アハ!だって、お茶もお菓子も美味しいし、だいたい、村長の話しが… 良い意味で王道っていうの?オーソドックスなプロローグだから、リリアのハートを鷲掴みに出来なかったのよ… もっとグッと入り込むような出だしにして、ハラハラドキドキするような山場を何度かぶつけてこないと今時あの手の話しは一般大衆を引き付けないよ」そういってリリアはうっふっふと笑っている。
「…… えぇー… よく引き受けたな… 何で引き受けたんだ?…」ダカットは絶句。
「だって、お菓子に夢中で聞いてませんでしたっとか、もう一回ハイライトでリプレイしてくださいっとか、お願いできないでしょう。ダカットできる?」
「… おまえ、俺が思っていたより大人物だな… すげぇなぁ…」
「いいよ、ドンテロに会って、話合わせながら聞くからいいよ。お茶菓子でるかなぁ?」
「… お茶菓子はもういいだろ… 出ないだろうし… 出てきても食ってる場合じゃないだろう… 待てまて、俺が聞いていたから少しおさらいしてやる… 待てまて」
「ダカット、話し聞いてたの?」リリアが少し驚いてる。
自宅に招き入れ、お菓子を振る舞い面と向かっていた人の話を聞くのは… 驚くべきことではないのだが…
「お、おう。俺、動けないしやる事少ないからな… それより、退屈な話しではなかったぞ」


ダカット曰く… まぁ、村長曰く
最近ドンテロの養鶏場と養豚場から定期的に家畜が盗まれると言うのだ。
最初は狼等の仕業かと思っていたが、柵等の壊し方を見ると狼等より知能が高い獣のよう。
惨殺された死骸が見つかり柵から盗み出された家畜は、時には村外れで食べられ時には跡形もなく消えるらしい。
どうやらただの野生獣とは考え難く何かの魔物の可能性もある。しかし、ある程度知性がある者の仕業のようで、村長等が一番気にしているのは同じ村人が犯行者であった場合、あまり大事にして騒ぐことなく解決したそうだ。
そこで部外者である女性勇者リリアを見込んで相談したのだそうだ。
「ふーん… そういう事ね。パワーゲームじゃないのでリリアちゃんに頼んで来たってわけだね。さすが村長、見る目あるわね。ダカットもよく聞いてたわね。説明も上手ね」リリアはダブルで感心している。そしてちゃんとダカットを褒める。
何たって自分の失策を補ってくれたのだ!おだてておくに限る。
「… リリアを見込んで… 初手から裏切られているよね…」ホウキが呆れている。

井戸に水汲みに行く女がホウキとブツブツ対話する変な女を横目で見ながら通り過ぎて行った。
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