勇者の血を継ぐ者

エコマスク

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【55.5話】 故郷に帰ろう

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村外れで農作業をしている村人のところに何やら叫びながら女が走ってきた。
ちょうど昼時と夕方までの中間的な時間帯。
魔物だろうか?追い剥ぎでも出たのだろうか?付近にいた農夫達は農工具を手に女を出迎える。
どうやら女はフールトン森辺りから走って来たらしい。かなりの距離。
「毒に当たられた旅人が倒れていて、馬車を出して欲しいの、お礼は出すから…」
ポニーテールが似合う女は農夫達に訴えた…


リリアは川にかかる橋の上で手摺りに寄りかかって昼食を食べていた。
涼しい風、のどかな風景、清流のせせらぎ… 鶏肉おにぎりが美味しい。
「…… この辺の川は綺麗ねぇ… あの上の方、良い薬草があるかも」
リリアはお昼を食べ終わると川で水筒を浸し、道をそれて小川の土手を少し上って行った。

「うん、なかなか良い薬草の材料になりそうね」リリアが土手の茂みで薬草を採取していると、原っぱから男冒険者が現れた。だいぶ青ざめて苦しそうだ。聞くとこのちょっと上流で自分と仲間二人がポイズントードの毒に侵されて動けないという。リリアは男の案内で救援に向かった。


「もうちょっとで道よ… とにかく道に出るから… がんばって」
リリアは数メートルづつ、3人の冒険者を担ぎなおしながら先ほどの道を目指す。
案内されて川を上ると、冒険者二人がフラフラしながら歩いて来るところだった。
やはり採取に道から外れたが、ポイズントードに攻撃されて毒に犯されたらしい。
薬袋をトードに飲み込まれたとかで解毒できずに苦しんでいる。
解毒剤はなかなか使う機会が少なく、リリアも数日前に期限切れが来そうな解毒剤をたまたま、引き取ってくれるという行商に売ってしまったところだった。間が悪い。
とにかく一番元気だったリュータとリリアで動けないヨーコ、ジーロを担いで川を下りだしたが、直ぐにリュータも痺れを訴えて動けなくなってしまった。
リリアは回復のポーションを少しづつ3人に与えながら、とりあえず道に出ることを目指す。

回復のポーションを飲ますと、少し体力が回復する。が、症状が治るわけでも改善されるわけでもない。かなり毒が回って来ているので、ポーションを飲ませても苦しがって動けないでいる。時には吐いてしまってお腹まで届かない…
ポーションはけっこう用意があったリリアだが、3人これでは助からない。どうにかしないと…
とにかく、道までは皆出ないと生き延びられない。声をかけ、励ましながら必死に3人交互に担ぎながら道を目指すリリア。
道まで後少しというところでヨーコが音を上げ始めてしまった。
僅かなポーションでは地獄の痛みが続くばかり、もう飲まないから幻想薬をくれと言い始めたのだ。体が土気色になって嗚咽しながらブルブルと震えている。
「もうちょっとで道に出るから… 人が来て助かるから… がんばろ、乗り越えたらただの笑い話よ… がんばろ」
リリアは励ましてポーションを飲ませるがヨーコは
「辛いの… もういい… 辛いの」と呟き続けている…
“解毒剤を1本でも残していれば…”リリアは後悔…

何とか道まで出て来たリリア達だが、ジーロもヨーコも青ざめ、震え、意識も混濁してしまった。リュータでさえもう震えと嘔吐が止まらない。
リリアはすがる様に道が続く両端に目を向けるが、のどかな風景が広がるだけ。
目の前の状況が嘘のよう… いや、嘘であって欲しい、数日前に戻れるなら解毒剤を売る自分を殴ってでも引き留めたい。
地図を見るまでも無い、今、馬車でも来てくれない限り絶対に全員助からない…
“あたしがもうちょっとしっかり考えていれば… お願いだれか来て。父さん母さん、リリアを助けて、この三人を助けて”リリアはペンダントを握って道の果てに視線を向ける。


「あの山を越え、緑の森を抜け、青い小川を渡り、故郷に帰ろう…」
リュータが歌い出した。キャンプの最後、凱旋等で歌われる“故郷に帰ろう”だ。
サビの「懐かしい私の故郷に帰ろう」の部分はよくそれぞれの出身地に替え歌されるので、兵士達等が歌うとここだけ歌詞がそろわない。

「どうみてもダメだ…」
リリアは無言で皆を少し起こし、幻想薬を飲ませていく。
飲ませ終わると小さな合唱が始まった。
「自分が殺したようなものじゃないか… こんな初歩的なミスを… 勇者失格…」
リリアは道端にうずくまり、膝を抱えて合唱を聞いていた。
皆、同じ故郷出身のようだ。どこだろうか、国境を越えているな…
合唱が徐々に途切れていく。意外にも最後はヨーコの独唱だった…
リリアはしばらく茫然と膝を抱えていた。
「皆苦しかったでしょう… ごめんなさい…」


「村で使う馬車なら今用意できる」村の男がリリアに言う。
「毒じゃろ、解毒薬が要るなぁ。お嬢ちゃん冒険者だろ。誰も持ってなかったのかい。わしら農作業だから解毒薬ならあるぞ。何の毒じゃ」もう一人が言う。
「……… トードよ… ポイズントード…」リリアが力なく答える。
「トード?また強い毒だ… フールトン森から来たなら… 悪いが…」男。
リリアは答える代わりに握ったネームプレートを見せた。三つのプレート鈍く光って、リリアはうつ向いている。
「……… そうかい… 気の毒に… 教会で準備していてもらおう」男も声を落とした…


うつ向いたリリアの耳に車輪の音が近づいて来た。
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