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117 類は友を呼んだ、かもしれない

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 その日のギルドは昼過ぎということもあり、やや人は少ない。けれど、静かと言えるほど人が少ないわけではなく、それなりの騒がしさはあり、本来であればその声が聞こえるはずはない。
 けれど、その声は間違いなくギルドにいる全員が耳にし、その存在を凝視した。

「……スライム無双ができるのか? いやそもそも……」

 その人物は、ギルドの依頼表をじっと見ているためか、己が注目を集めていることなどまるで気づかず、この世界の住人では言うはずのない言葉を呟き続けている。

「(……まさかの落ち人?)」
「(……まあ、この発言はそんな感じだよな……)」

 思わず小声で喋ってしまう、聖と春樹。
 残念ながらこの場所から声の主は見えないが、どことなく戸惑っているような雰囲気が感じられる。
 そして、そんな誰もがその存在を凝視しつつも動かない中、ラグイッドが何処か面倒くさそうに席を立ちあがった。

「お2人さん。悪いけどちょっと待っててねー」
「「あ、はい」」

 そしてそのまま、恐らく落ち人だろう人物の元へと向かうと、どこからともなくほっとしたような気配がそこかしこから伝わってくる。

「はーい、そこの人。ちょっといいかなー?」
「ん? ああ、なにか……」

 そのまま何事かを話し始めたようだが、気にしつつも再び戻った騒がしさによって、残念ながらその内容は聞こえなかった。

「……ちょっと時間かかるかな?」
「いや、ギルマスの部屋に案内したら戻ってくるんじゃないか?」
「そうだね。まあ、時間かかるなら今日は戻ってもいいしね」
「それもそうだな」

 ここ最近は、真面目に冒険者をしていたので今日くらい休んでもいいだろう。
 そんなことを話していると、横に影が出来た。

「お2人さん。悪いけどちょっと時間かかるかもしれないんだけど、どーするー? 1時間くらい後に来てもらえば依頼は用意しとくけど。今日はお休みにするー?」
「今、春樹とも話してたんですけど、今日はお休みの日にします。また、明日お願いします」
「ん、りょうかーい。じゃあ、また明日ー」
「はい」

 それじゃあ帰ろうかと、席を立とうとして、ふとラグイッドの後ろにいる人物が目に入った。
 あんぐりと口を開け、こちらを凝視し、そして何事か口を開こうとして――

「なんっ……もが」
「おやー? まさかの知り合いだったりー?」

 ――見事に口を塞がれ、目を白黒させているがこちらを凝視する視線は変わらない。
 そして、同じく唖然としてしまったのは聖と春樹も同じである。

「……まじで?」
「……まじかよ……」
「んー、悪いけど予定変更ー。お2人さんも一緒に来てくれるかなー?」
「「あ、はい」」

 もちろん否はなく、そのままギルマスの部屋へと案内されるのだった。


□ □ □


 名前は三上友康みかみともやす。隣のクラスにいる同級生であり、いかにも勉強ができますと言いたげなメガネが特徴の少年である。
 そして何より、春樹を色眼鏡で見ないという珍しい人物であり、学校外で会うことはないが、名前で呼び合う程度には親しい友人である。

 ――それが、何の因果か異世界での再会であった。


 案内されたのは、当然ながらギルマスの部屋。3人をそこに案内したラグイッドは、待っているように告げ、席を外している。

「……今日は珍しく2人揃って欠席していると思ったが、まさかその理由が異世界に来たからだとはさすがに想像できなかったな……」
「それは流石に想像するとか無理だと思うけど。……え? 今日?」
「今日だ。その様子だと、こちらに来てからそれなりに経っているようだな。……時間の流れが違うのか、それとも別の要因があるのか?」
「それは知らないし、調べようもないが。……お前、よくそんなに冷静でいられるな」

 まあ、いつも通りと言えばいつも通りなのだが、思わず呆れてしまうのも仕方がない。
 そして、そんな友康を見て、どこか安心してしまうのも間違いではないのだが自分たちの反応との違いを思うと何とも言えなくなってしまう。
 そんな聖と春樹に、友康はメガネをくいっと上げる。
 その仕草を見て「頭がよさそうだろう?」と以前言っていたのを思い出したが、実際友康は頭がいいので必要のない仕草である。
 もう癖になっているらしいと、どうでもいいことを思う。

「いや? さすがにグラウンドに出ようと外に出た瞬間、目の前に城壁がそびえ立っていたのには思わず叫んだが?」
「城壁だったのか……」
「ていうか外に出た瞬間に異世界とかちょっと……」
「まあ、おかげで門の兵士には警戒されるというちょっとしたハプニングはあったが、おかげで冷静になれたといえばなれたが」
「それで冷静になれるのもすごいけど。……でも、だからその服装だったんだね」

 友康の服装、それはジャージ姿。聖たちが通う学校の、青い指定ジャージである。

「ああ、これか。動き安いのはいいが、……目立つようだな」

 どうやら自覚はあったらしい。
 はたして、制服とジャージではどちらがよかったのだろうか。いや、きっとどっちでも目立っていただろうなと、思わず苦笑いしてしまう。
 と、そんなことを話しているとラグイッドが戻ってきた。

「はーい、お待たせー。じゃあ座って、確認といこうかー」

 そう言って、目の前に腰掛けるラグイッド。思わず、扉の方を見てしまう聖だが、他に誰かが来る気配はない。

「あれ? ラグイッドさん、こういう場合ギルマスの方が来るんじゃないんですか?」
「あー、はいはい。なるほどー、間違ってないよー。じゃあ改めまして、そろそろ誰か代わってくれてもいいかなーと思ったり思わなかったりしてる、ギルマスのラグイッドですよー」

 あまりにもさらりとした自己紹介だった。

「「「え?」」」
「あーわかるよー、その反応ー。思わないよねー、ギルマスとかないよねー」
「え? ラグイッドさんが、ギルマスなんですか?」
「そうなんだよねー、なんでなっちゃたんだろうねー?」
「……もしかして、人族じゃないのか?」
「おー、正解!」

 ウィクトより少しだけ上かな、なんて思っていたのだが違うらしい。
 右の袖を肘の辺りまで捲ったラグイッドは、こちらに見えるように腕を出す。

「ここに小っちゃい鱗みたいなのあるんだけど、見えるかなー?」
「……あ、これですか?」
「そう、それー」

 爪くらいの大きさのピンク色のものが3つ、腕の内側についている。
 促されて触ってみると、明らかに皮膚ではなく硬い。

「うちのじいちゃんが竜族でねー、その血がすこーし流れてるんだよねー。だからそれなりに長生きの家系なんだよねー。あ、年齢? 300歳くらいだったかなー?」

 数えるのとか面倒くさい、と言い放つラグイッドは、どう見てもそんな年には見えない。
 まあ、ヘイゼンという例もあるし、きっと見た目で年齢を測るのは無理なのだろうと聖と春樹はあっさりと納得することにした。
 ちなみに友康はまだよく呑み込めていないようで「竜族? 300歳?」となにやらぶつぶつ呟いていたりする。

「ん? じゃあひょっとして英雄王のいたころから、ここのギルマスだったのか?」
「あー、英雄王ねー」

 その言葉に、少しだけ懐かしそうに笑って頷く。

「……ギルマスだったというか、暇ならここで適当に座ってろと言われた場所がいつの間にかギルドになっていたというかー? ……あれは英雄王なんて言われてるけど、ただの我儘王だったねー」

 何処か声音が柔らかい。
 そんな、我儘だと言い切った相手がいなくなっても変わらずこの場所にいるということは、ラグイッドにとっても大切な場所だからなのだろう。たとえ、面倒くさそうなふりをしていたとしても。

「ま、それはともかくー。そろそろ本題に入ろうかー? そっちの落ち人さんも、わけが分かんないだろうしー」
「あ、そういやそうだったな」
「ごめん友康」
「いや? 後できっちりと説明してもらうから問題ない」
「ん、了解」

 後で根掘り葉掘りいろいろと聞かれそうだが、こちらとしても聞きたいことはたくさんあるので問題ないだろう。
 問題があるとすれば、その説明が1日で終わるのかということなのだが、とりあえずあとで考えようと、聖は思考を放り投げた。きっと春樹が嬉々として語ってくれるだろうと思ったともいうが。
 それはさておき。

「じゃあ、まずは落ち人のことから説明しようかなー」

 そう言って、ラグイッドによって、友康にとっては初めて聞くことになる説明がされるのだった。



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