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83 急遽、2人での帰郷
しおりを挟む『親父が倒れた』
通話ボタンを押した途端、挨拶すらなくそう告げた兄。今まで月岡が聞いた事のない、焦りを含む声だった。
「親父が?!」
反射的に聞き返しながら、どういう事か問いかける前に兄は続ける。
『寝室へ行くと立ち上がった時に倒れた。すぐに救急車を呼んで、今市立病院だ』
「そんな...」
『心筋梗塞らしい。ついさっき、緊急処置の為の同意書にサインしたところだ』
「...心筋梗塞...」
衝撃だった。
高校の頃、祖母の入院先から危篤になるかもしれないと連絡が来た時の事を思い出し、身震いする。でもあの時はまだ、祖母が亡くなるまでに心の準備をする日数があった。でも、今回は...どうなるだろう?
「おじさん、心筋梗塞で倒れたのか?」
横から心配そうに斗真が声をかけてきて、月岡はハッと我に返る。
「ああ...そうらしい」
「じゃあ早く帰らないと!」
「そう...そうだな」
気を取り直した月岡は、一旦スマホから耳を離して時刻を確認した。そろそろ23時になろうとしている。帰ると言っても、地方の遠距離である月岡の実家のある県までの新幹線も特急も、最終はとうの昔に終わっていた。
「...明日の朝になるか...」
そう呟いた月岡に、斗真が声を荒げる。
「何言ってんだよ、しっかりしろ!車があるだろ?夜だし今から行けば明け方には着ける。俺も一緒に行くから」
「斗真...」
確かに朝まで待って駅から向かうより、今車で向かう方が遥かに早く着く。何故そうしようと思わなかったのか。動揺して冷静な判断力を失っている自分に喝を入れてくれた斗真に感謝して、スマホ越しの兄に言う。
「聞こえた?俺も今からそっちに帰る」
『斗真君も一緒だったんだな。くれぐれも気をつけて来いよ。...まあ、斗真君がついてるならその心配は無いか』
兄との通話を切って振り替えると、斗真は2人のカップをキッチンのシンクに置きにいき、ソファに戻ってボストンバッグを手にするところだった。
「さね、必要最低限のものだけ持ってすぐ出るぞ」
「あ、ああ...」
斗真にきりりとした表情で言われ、月岡は急いでベッドルームに向かい、壁に掛けてあったサコッシュを取ってリビングへ引き返し財布とスマホを突っ込んだ。後は玄関のシューズボックスの上に置いたキーケースを持つだけ。
準備の整った月岡の右手を斗真が掴み、引きながら玄関に向かった。
「さ、行こう。大丈夫、あの親父さんはタフだから」
「...そう、そうだな」
月岡の不安を和らげる為の言葉だろうが、こういう時の斗真の声には人を落ち着かせる力がある。そのお陰なのか、月岡は斗真と交代で運転しながら高速を走り、夜明け前には月岡の父が搬送された病院に到着した。
自動ドア越しに、緊急搬送口の受付前のロビーの長椅子に座る月岡の兄と母が見える。どちらも疲れと不安の入り交じったような顔をして座っていた。自動ドアが開くと、2人とも月岡の姿を見て、ほんの僅かに表情を和らげて立ち上がる。
「来てくれたのね、実仁。斗真君も。ありがとう」
そう言った月岡の母に、斗真はこくりと頷いてから問いかけた。
「いえ、そんな。おじさんは、まだ?」
「そうなの...」
不安そうな月岡の母の肩に手を置いて、斗真は言った。
「大丈夫。おじさんは大丈夫ですよ。だって、おじさんは強いアルファじゃないですか。生命力は強い筈です」
斗真の言う通り、地元の酒造会社である月岡家は旧い家系であり、代々アルファの多く産まれる家でもある。アルファである月岡兄弟の父も、当然ながらアルファなのだ。頑強な体を持つアルファが、そうそう病などに負ける訳が無いと月岡も思った。しかも父はまだ、60前なのだから。
「大丈夫、おじさんは大丈夫ですよ、絶対に」
優しいが強い斗真の声に、母は徐々に落ち着きを取り戻し、再び長椅子に腰を下ろした。
「そうよね...あの人は強いもの...そうよ」
自分に言い聞かせるように言って、強い眼差しで処置室の扉を見つめ始めた母を、兄は少しホッとしたように見て、斗真と月岡に小さく会釈をした。
数時間にも渡る手術が終わり、中から出てきた看護師に、父は処置室からICUに移されると言われた。意識はまだ戻らないが、数時間後には目が覚めるだろうと。
つまり、月岡の父は一命を取り留めたのだ。
安心し、気が抜けて泣き出した母を斗真と月岡が支え、兄は看護師に深々と頭を下げた。
「後ほど医師の方からご説明がありますので」
と言い、看護師はまた扉の向こうに消えていく。月岡がそれを見送っていると、兄が傍に寄って来て耳打ちしてきた。
「悪いが、母さんを連れて先に家に戻ってくれないか。母さんこそあまり体が丈夫じゃないんだから、早く休ませてやって欲しいんだ」
「え、でもこの後説明聞くんだろ?」
「それくらい、1人が聞いて後から伝えれば十分だろう。親父も最悪の状態は脱したんだから。俺も聞いたらすぐに帰る」
それもそうか、と月岡は母を見た。確かに母はあまり丈夫ではないし、この一晩の心労を思えば兄の心配も納得できる。これで母まで倒れてしまうと大変だ。
「わかった。じゃあ、俺と斗真は母さんと先に帰る」
「頼んだぞ」
「うん」
そうして月岡は、斗真と共に母を連れ、数年ぶりの実家に向かった。
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