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74 槙原 慶太 2

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「どうしたんだ、何かあった?」

数日、目を見ずに話す慶太の様子にたまりかね、斗真はとうとう慶太を問い質した。


テスト前だというのに何故か臨時委員会が入り、慶太を先に帰らせたあの日。委員会が終わり帰ろうとして、慶太はもう帰り着いただろうかと入れたメッセージに既読はつかなかった。
何時もならすぐに返事が来るのに、その日は夜になっても返事は来ず、朝になって確認すると既読は付いていたものの、やはり返信は来ていなかった。
学校で顔を合わせても、あからさまに目を逸らされて、斗真の心は針に刺されたように痛む。
どうして。何かあったのか。それとも、自分が何かしてしまったのか。
あれだけ何時も纏わりついていた慶太のあまりの変わりように困惑を隠せない。
様子がおかしくなってから3日目、斗真は昼休みを狙って2年の慶太のクラスに出向いた。そして購買から帰って来た彼を捕まえた。

最初、自分の教室の後ろの出入り口に立っていた斗真に気づいた慶太は踵を返して逃げようとした。が、斗真が追いつき手首を掴む方が早かった。
人目を避ける為に行った裏庭で、慶太は観念したかのように目を伏せ、謝罪した。

「ごめんなさい」

「何が」

「…ごめんなさい」

「それは何に対しての謝罪だ?」

「…」

「既読無視に、って様子じゃないよな。
どうした、何があった?」

まっすぐに見つめてくる斗真の瞳は、今の慶太には眩し過ぎる。その察しの良さも、怖い。そして察しが良いと言う事は、自分の身に起きた事も隠してはおけないという事に他ならないと思った。

「…俺…、」

意を決して唇を開いても、後の言葉が続いてくれない。慶太の心臓はバクバクと煩く音を立てて、今にも爆発しそうだった。

怖い。
斗真に知られるのが怖い。
自分が他の人間と、しかもオメガと体の関係を持ってしまったと知ったら、斗真はどう思うのだろう。

怒る?呆れる?嫌われるだろうか…?
捨てられる、だろうか……。
自分は未来と友人に嵌められた被害者だと言って、信じてくれるだろうか?

「俺…、昨日…、」

心臓の鼓動が頭の中に大音量で響く。遠くに聴こえていた筈の校内の音なんか、もう何も届いてはこなかった。

「…オメガの女と、寝ちゃって…」

それを告げた時の斗真の表情を、どう言い表せば良いのだろう。
理解が追いつかず呆然としたような…そして、時間経過と共に、悲しさを滲ませたような…。

斗真がショックを受けている様子に、慶太は胸が苦しくなった。自分の油断で愛する人を悲しませてしまった事が、この上なく辛い。

我に返った斗真は、それでもショックから立ち直れずによろよろと後ろへ下がった。そして校舎の外壁に当たり、そこでゆっくりとへたりこんだ。打ちのめされたその様子に、駆け寄って支えたいと思う慶太だが、そうするにはまだ斗真の許しを得ていない。あの女に触れた手で斗真に触れてはいけない、そんな気がした。

「…どうしてそうなったのか、聞いても良いか?」

震える声で慶太に問いかける斗真の胸の中は、思いも寄らない告白に荒れ狂っている。
何かあったのだろうとは思っていた。悪い想像も頭を過ぎった。けれどそれは、事故に遭ったのかとか、気に入らない事があったのだろうかとかそういったもので、まさか他の人間と寝ているなどとは想像もしていなかったのだ。

これがよく聞く浮気というものなのか、と思った。決まった相手とは他の人間に目移りをして、それを境に恋人や夫婦は別れる事が多いという。とうとう自分も慶太に飽きられて別れを切り出される日が来たのかと。
だが、別れなければならないのなら納得のいく理由が知りたいと慶太から聞き出した事態は、そう単純なものではなかった。

慶太は、嵌められたらしい。
そして、そうなってしまった理由は、慶太がアルファだったから。そして慶太に好意を寄せた相手が、オメガだったから…。

慶太は目の下に隈をこしらえて、憔悴したような様子で語った。

友人に誘われて少しだけ寄るつもりだったファミレスに、友人の従姉妹だというオメガの少女が居たのだと。帰ろうとしたら、その友人に少しだけ相手をしてやってくれと頼み込まれて、これで諦めてくれるならと5分だけのつもりで座ったが最後。

「…信じられねえよ、あのオメガ。普通じゃない。ヒートが近いのにわざと抑制剤を飲まなかったって言うんだ…。」

匂いにあてられたんだ、と悔しそうに言う慶太を見つめる。オメガのヒートフェロモンがアルファの理性を狂わせるという事は保体の授業でも教わった。その為に、アルファとオメガ、双方が抑制剤を服用し無差別な影響を防ぐのが大切なのだと。
その時は、ベータである自分には一生わからない感覚なんだろうなと思っただけだった。だがまさか、こんな形でそれを体験する事になるとは…。

「ファミレスからどうやってあのオメガの家に行ったのかも覚えてないんだ。」

幾ら何でも女一人で、180センチを超える男を連れ出せたとは思えない。友人が手助けをしたのだろうと考えた慶太は、今朝学校に来てすぐに友人を探した。だが、それを予期していたのか、友人は休んでいる。
連絡を入れても電話をしても取らない。その事からも、恐らくクロ確定なのだと思っている。会えばタダでは済まさない。

やり場の無い怒りと斗真への罪悪感に苛まれ、昼休みの内に帰ってしまおうかと考えていたら斗真に捕まった、と慶太は言う。

「したくてした事じゃないんだ。ごめんなさい、本当にごめんなさい。」

泣きながら頭を下げる慶太に、斗真は何と言って良いのかわからず。

ただ、アルファとオメガの間だけに存在する、ベータが介入できない世界の存在を、初めて実感したのだった。





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