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44 可能性
しおりを挟む見つかってしまった、という気持ちと、見つけてくれた、という相反する気持ちを何とか自分の中で整理して。
これで良い、これで斗真にとって良い方向に事が進めばという期待を持って、雅紀は語り始めた。
「斗真が来た時、彼は誰かに激しく傷つけられていました」
敢えてソフトな言葉を使ったのだが、やはり伝わりにくいだろうか。雅紀は庄田と和久田の表情を窺う。斗真の名誉を考えると、それ以上の酷い言葉は使いたくはなく、出来ればこれで汲み取って欲しいと思った。
「傷つけられていた…?」
「それはどういう…」
庄田と和久田が口々にそう言った後、不可解そうな表情で雅紀を見る。やはり無理か、と雅紀は心の中で溜息を吐いた。
「つまり…恋人には知られたくない類の乱暴をされたって事です。」
「「!!」」
庄田と和久田は理解した。
傷つけられた、乱暴されたという表現が、単に喧嘩に巻き込まれた、因縁を付けられて殴られたというような部類の事ではないのだと。
「そん…そんな…」
庄田の顔は青ざめて、唇はわなわなと震えている。
帰宅せず連絡を断ったのだから、斗真の身に何か大きな出来事が起こったのだろうとは思っていた。だがまさか、そんな事だったとは想像もしていなかったからだ。
斗真の身に何かが起きたと思われるのが昼日中の事でければ、また違ったのかもしれないが。
ショックを受けている庄田を見て、雅紀は内心で斗真に謝っていた。勝手な事をしてしまって済まない、と。
だが、これも彼の為だと信じる。
「ボロボロの状態で店に訪ねてきました。病院に行くのを拒否したので、僕が手当をしました。」
最初に見た怪我や痣を思い出し、思わず涙が込み上げるのを必死で耐えて話し続ける。
「それでも心配だったので、その後も病院に行こうと勧めたんですけど…彼、結構頑固でしょう?僕じゃ、説得出来なくて。
庄田さんにも連絡した方が良いって何度も言ったんです。でも…知られたくない、って…泣きそうな顔で。」
そこまで言って、堪えきれなくなった涙が流れた。そんな様子を、和久田は戸惑ったように、庄田は苦しげに見つめる。
「傷ついてる斗真に、それ以上無理にも言えなくて。…力及ばずで連絡させられなくて、ごめんなさい。」
そう言って頭を下げる雅紀に、庄田は首を振る。
「頭を上げて下さい。朝森さんのせいじゃない。…寧ろ、ありがとうございます。」
「…え」
「斗真に、貴方のような友達がいてくれて良かった。」
庄田は雅紀にそう言った。
友人だと言うが、庄田は雅紀の名も知らなかった。斗真は庄田に、単に美容師の友人がいるとだけ言っていたのだろう。別に、過去の恋愛関係を一々告げる必要も無いと判断して。
けれど、"友達"と言われた事に、雅紀の胸が針に刺されたように痛む。間違いではない。微妙な関係だが、雅紀と斗真は友人でしかない。
ほんの少し、意地の悪い気持ちが生まれた。
完全な善意と友情だけで斗真を助け匿っていると思っている庄田に、さらりと恋人の位置を手に入れている庄田に、抑え込んでいた嫉妬が顔を覗かせた。
その、当然のように恋人面をしている端正な顔を歪ませてやりたいと、雅紀はこの数日、ずっと考えていた事を口にした。
「犯人は知り合いかと聞いた時、斗真は何も言いませんでした。」
「何も?」
「何も、です。変だと思いました。知らない人間なら、そう言えば良いだけなのに。」
「そう、ですね…。」
和久田は頷いているが、庄田は雅紀の次の言葉を待っているようだった。
「だから、考えたんですけど…。斗真ってあの性格でしょ?馬鹿みたいにお人好しで、何をするにしても他人に恨みを買うような事は無いと思うんです。どんな相手にも、きちんと対応するし。」
それには庄田が頷いた。
それを見ながら雅紀は続ける。
「だから…斗真の関係者とは、ちょっと考えにくいような気がしました。」
「…。」
庄田の表情が、みるみる歪んでいく。
雅紀にはどうしても、斗真の方に原因があるとは思えなかったのだ。
「すみません。勿論、全部僕の想像ですから真に受けないで下さい。実際は、逆恨みするようなタチの悪い奴と関わってしまった事もあるかもしれませんし。」
そうフォローするような言葉を続けたが、庄田の頭の中ではもう、庄田自身の関係者の犯行である可能性や、何なら該当者を割り出す作業に入っているのではないだろうか。
どんどん顔色の悪くなっていく庄田に、雅紀は追い討ちをかけた。
「それに、夜ならともかく、真昼間に通りすがりに成人男性を、なんてのも考えにくいじゃないですか。
まあ…ああいう事をする人間に、そんな普通の感覚は通用しないのかもしれませんけど。」
雅紀の言葉が終わる前に、庄田と和久田がハッとしたように顔を見合わせた。
その後、先に口を開いたのは、和久田の方だった。
「おい庄田、まさか…。」
「……多分俺も同じ事を考えている。」
そう言った庄田の表情は硬い。運転席に座る和久田も訳知り顔な所を見ると、2人は知り合いか友人なのだろうか、と雅紀は思った。
そして今、庄田と和久田の中には共通の誰かが浮かんでいるらしい。
実際にその人物が斗真を傷つけた張本人かは別にして、そういう要注意人物がすぐに出て来た事が問題だ。
やはり庄田の関係者の線が強そうだな、と雅紀はまた息を吐いた。ただ、まだ確定ではない以上、怒りをぶつける訳にもいかない。
取り敢えず…。
「斗真には、庄田さんが来てくれた事を伝えます。ですが、会うかを決めるのは斗真なので…すぐに会えるかは保証できません。
特に、庄田さんに思い当たる節があるとなれば。」
「そんな、」
「今は斗真の気持ちを優先してあげてください。」
雅紀がそう言うと、庄田は押し黙った。それに、何となくざまぁみろと思ってしまう自分も大概腹黒い、と雅紀は内心自嘲する。尤もらしい事を言いながら、自分は庄田をちくちくと虐めているのだと思った。
「…斗真の心の整理がつくまで、もう少し待ってあげて下さい。
代わりに僕の連絡先をお伝えしておきますので…。」
雅紀はそう言って、勤務するサロンの名刺の裏に自分のスマホの番号を記して、庄田と和久田に手渡した。
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