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42 予期

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和久田の車に同乗した庄田は、目的地に到着するまでの間もずっとスマホを握りしめていた。

庄田には未だに信じられないのだ。斗真が自分の意思で連絡を断ったなど。誰かに脅されて連絡手段を取り上げられているのではないかという考えが捨てられない。信じたくないのだ。だって説明がつかない。あの日もその前も、斗真の様子に変わりはなかった。様子が変わったのは明らかに社外に出たという昼休みだ。その昼休みに"何か"があったのだ。その"何か"が、今回の斗真の行動の要因になっているのではないか。
だが、その"何か"がわからない。
理由も言い訳も、後で良い。
今はとにかく、無事でいて欲しい。無事な姿をこの目で確認したい。
庄田の気持ちは、只それだけだ。



藤の棚東口駅は、郊外にしてはまずまずの人出のある駅だ。
銀行や郵便局を始めとして、各医療施設、スーパーやドラッグストアなどの生活インフラも不自由無い程度に整っている。斗真の利用駅はその1つ隣の駅だが、徒歩でもさして遠くはない。休日にはたまに買い物に行くと言っていた事を、庄田は思い出した。

パーキングも視界に入るだけでも3箇所あり、和久田はその内の一番大きな所に停めた。車を降りてドアを閉めながら、和久田は周辺を見渡して言った。

「さて…何処からあたろうかね」

タクシーの運転手が斗真を降ろしたという地点に歩いてみる。夜営業のみの居酒屋と、カフェ、弁当屋が並んでいたが、具合いの悪い人間が寄るような店とは思えないから、やはり人を訪ねたと思うべきかもしれない。

「んー…じゃあ取り敢えず、営業中の店から回ってみるか」

「ああ」

弁当屋に入って、従業員にスマホで斗真の画像を見せながら、3日前の昼過ぎに彼が訪ねて来なかったかを聞いた。連日出勤しているという、主婦パートらしい女性従業員4人は、揃って首を傾げた。『見たような顔だが、思い出せない。少なくとも最近は見ていない。』というのが、彼女達の共通した意見だった。
和久田と庄田は礼を言って店を出た。次に、隣のカフェに入って若い男性スタッフと女性スタッフに同じように聞いてみたが、やはり同じような事を言う。だが、厨房から出て来た30代と思しき男性スタッフが、斗真の画像に『あれ?』という反応をした。

「彼、僕が行きつけのサロンで見た事あるなあ。」

「本当ですか?」

和久田が聞き返している間、横に居た庄田は突如思い出していた。一度だけ、斗真が定期的に友人の勤める美容室に髪を切りに行くと言っていた事を。

「そのサロンって…。」

庄田の問いに、男性スタッフは店の前の通りに出て、とある店を指差しながら言った。

「そこ。3軒隣のglossって店。本店仕込みでカットの上手いスタッフさんがいてさ。」

「ありがとうございます。」

庄田は礼を言ってすぐ、和久田の制止も聞かずに駆け出した。



客の入店を告げるベルが鳴り、店内のあちこちからいらっしゃいませという声が上がる。

「いらっしゃいませ、本日は…」

「いや、客ではないんですが」

入店してすぐ右手のカウンターの中から若い女性スタッフが出て来たのを、和久田は手で制しながら店内を見回した。そして、庄田が何かを凝視しているのを見て訝しく思った。その視線の先を辿ると、接客中で客の髪をカットしている華奢な男性スタッフだった。そして、その男性スタッフも庄田を見て手の動きを止めている。
和久田は庄田を肘で突ついて、小声で話しかけた。

「…知り合いか?」

「いや、違う。だけど彼が先に俺を見て表情を変えた」

「お前に一目惚れって事は?」

「お前にはあの顔がそういう風に見えるのか?」

「…だよなあ」

どう見ても表情を強張らせているようにしか見えない。
けれど、顔を見て顔色を変えたという事は、少なくとも庄田の事を知っているという事だろう。

「ビンゴかな?」

「絶対そうだ」

そう答えた庄田の声は、ここ3日で一番張りがあって、和久田は少し肩頬を上げて笑う。庄田がその男性スタッフから視線を合わせたまま、受付スタッフに尋ねた。

「すみません、あのスタッフさんは?」

「ああ、朝森さんですね。ご覧の通り只今接客中なので、ご用があるなら少しお待ちいただく事になりますけど…」

「構いません。」

受付スタッフの女性は、朝森という男性スタッフの元に歩いて行き、何かを話したようだった。朝森は強張った顔のまま頷いて、庄田と和久田に小さく会釈をした。




(来たか……)

朝森こと、朝森雅紀はそう思っていた。
来店を告げるベルに、反射的に出入り口を見た。そして、入って来た2人連れの男性客の1人を見て、血の気が引いた。

(見覚えがある…)

実際には見覚えどころではない。たった一度だけだが、斗真を送って来た彼を見た事がある。忘れようにも忘れられない、雅紀がずっと愛し続けている斗真の身も心もあっという間にかっ攫っていった、憎い恋敵・庄田だった。
顔を見て動揺してしまった事をすぐに見抜かれ、鋭い視線を注がれている。
予期していなかった訳では無い。正直、来るだろうと思っていたのに、迂闊にも反応してしまった事が悔やまれた。

雅紀は僅かに震える手元を、数回深呼吸をする事で落ち着かせた。
そして、この接客が終わった後、庄田にどう対応するべきかを考えた。






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