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34 チートイケメンの友達はチートイケメン
しおりを挟む翌日。蛍は同伴出勤の為に羽黒の車で拾われ、郊外のカジュアルフレンチの店に連れて行かれた。郊外の閑静な住宅街の中にあり、一見して飲食店とはわからない落ち着いた店だ。個室に通されてお洒落な雰囲気の中、お洒落な料理をもりもり食べていたら、羽黒の高校時代の友人なのだという、羽黒に負けず劣らずの男前な男鹿というオーナーシェフが挨拶に出て来た。尾骶骨が震えそうなひっくいバリトンで羽黒と言葉を交わす男鹿を眺めながら、
(なるほど。チートイケメンの友達はチートイケメンなんだな…)
と納得する蛍。人が話してる横で行儀悪いかなと思いつつ食事の手を止めずにいると、不意に話しかけられた。
「お料理、お楽しみいただいてますか?」
「ちょーおいひいれふ」
「ははっ、それは良かった。お口に合ったようで嬉しいです」
整い過ぎて取っ付き難い見た目とは裏腹に愛想の良い男なのか、はたまた蛍の嘘偽りない食べっぷりと返事に気を良くしたのか、男鹿は機嫌良さげに笑った。
「ほたるさんの食べっぷりは羽黒から聞いてます。特別コースにしていてまだまだお料理来ますので、たくさん召し上がって行かれてくださいね」
「ふぁい」
勿論だとばかりに、蛍は力強く頷く。その表情は無駄に凛々しかったが、頬は頬張ったばかりの鴨のコンフィで膨らんでいた。それを見た男鹿が危うく吹き出しそうになったのを手で押さえ、肩を震わせる。
羽黒が人を連れて来る事は珍しくないけれど、今回の相手はかなり毛色が違うようだ。品良く小綺麗な顔に華奢な体で、まさか3人前ずつ出したコース料理を羽黒と同じ速度で平らげていくとは。しかもそれを眺める羽黒の表情と来たら、見た事もないような柔らかさ。
どうやら旧友は、この少年のような青年に本気らしい。
(あれだけ他人付き合いにドライだったコイツがねえ…)
面白い事を知ってしまったとほくそ笑む男鹿。
(帰ったら圭人に教えてやらなきゃな)
なんて思いを巡らせる。因みに圭人とは、一ノ谷圭人という、男鹿が絶賛ラブラブ同棲生活をしているパートナーであり、羽黒、男鹿と学び舎を共にした同級生でもある。まあ、この物語では出番は無いので特別覚えなくても大丈夫です。
(※万が一男鹿と圭人にkwskしたいと思われた方は、未だ未完の『超高級会員制レンタルクラブ・『普通男子を愛でる会。』』というお話をご参照ください)
さて、そんなオーナーシェフ男鹿が立ち去り、引き続き食事を楽しんだ蛍と羽黒。順調に食べ進め、最後のデザートを平らげた時、正直蛍はやや物足りなかった。しかし、健康には腹八分目と言うからな、と考えながら少しぬるくなったコーヒーをすすった。(※特別増量コース3人前は食べてます)
そうして食後を済ませ、『nobilis』へ向かう為に店前に待機していた車に乗り込むと、蛍はふと思い出した。羽黒に、告げなければならない事があると。
広い後部座席にゆったりと足を組んで座る羽黒と、その横に少し間を開けて行儀良く足を揃えて座る蛍。高級車の内部の匂いにも、やたら座り心地の良い革張りシートにもようやく慣れて来たというのにもうこんな話をしなくてはならないなんて、少し名残惜しい。が、昼職に戻ると決めた以上、『nobilis』は辞めなければいけないのだから、早かれ遅かれ言わなければならない。
蛍は一度、キュッと唇を引き締めてから、座ったまま羽黒に膝を向けた。
「あの、羽黒さま」
その声が何時になく真剣な響きを孕んでいるのに気づいた羽黒は、すぐに蛍の顔を見た。
「どうしたの?」
「美味しかったです、ご馳走様でした!」
「え?ああ、うん?」
はて、食事の礼なら先ほど店を出る前にも聞いた筈だが?と首を傾げる羽黒。ただならぬ声色だと思ったから少し構えたのに、気の所為だったのか。
しかし、そう思ってすぐに蛍の追撃が来た。
「俺、昼の仕事が決まったんです。来月頭から入社です」
「え、仕事が…」
蛍が前の職場の人員整理で解雇された後、次の就職先が決まらず、困窮の末に『nobilis』の扉を叩いたという経緯は聞いた事がある。慣れない夜職で働きながら、諦めずに昼職の求職活動を続けている事も知っていた。しかし、学歴やバース性の問題がネックとなり、やはりなかなか採用には漕ぎ着けないのだと笑っていたから、まだ当分は『nobilis』で働くものだとばかり思っていた。
なのに、まさかこんなに急に…。
羽黒はショックで、暫く言葉に詰まってしまった。蛍は羽黒が黙り込んだ事に気づいているのかいないのか、言葉を続ける。
「林店長には昨日電話で伝えたんですけど、退店日については今日の帰りにも少し話そうって言われてます。でも多分、今月末までになると思うんです」
「今月末…」
どうやら辞めると言っても、今日明日の話ではないらしい。羽黒はややホッとして、知らず固まっていた体から力を抜いた。
「そう、か…おめでとう、良かったね」
祝いの言葉を口にして微笑むと、蛍も嬉しそうに笑った。
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