34 / 44
34 チートイケメンの友達はチートイケメン
しおりを挟む翌日。蛍は同伴出勤の為に羽黒の車で拾われ、郊外のカジュアルフレンチの店に連れて行かれた。郊外の閑静な住宅街の中にあり、一見して飲食店とはわからない落ち着いた店だ。個室に通されてお洒落な雰囲気の中、お洒落な料理をもりもり食べていたら、羽黒の高校時代の友人なのだという、羽黒に負けず劣らずの男前な男鹿というオーナーシェフが挨拶に出て来た。尾骶骨が震えそうなひっくいバリトンで羽黒と言葉を交わす男鹿を眺めながら、
(なるほど。チートイケメンの友達はチートイケメンなんだな…)
と納得する蛍。人が話してる横で行儀悪いかなと思いつつ食事の手を止めずにいると、不意に話しかけられた。
「お料理、お楽しみいただいてますか?」
「ちょーおいひいれふ」
「ははっ、それは良かった。お口に合ったようで嬉しいです」
整い過ぎて取っ付き難い見た目とは裏腹に愛想の良い男なのか、はたまた蛍の嘘偽りない食べっぷりと返事に気を良くしたのか、男鹿は機嫌良さげに笑った。
「ほたるさんの食べっぷりは羽黒から聞いてます。特別コースにしていてまだまだお料理来ますので、たくさん召し上がって行かれてくださいね」
「ふぁい」
勿論だとばかりに、蛍は力強く頷く。その表情は無駄に凛々しかったが、頬は頬張ったばかりの鴨のコンフィで膨らんでいた。それを見た男鹿が危うく吹き出しそうになったのを手で押さえ、肩を震わせる。
羽黒が人を連れて来る事は珍しくないけれど、今回の相手はかなり毛色が違うようだ。品良く小綺麗な顔に華奢な体で、まさか3人前ずつ出したコース料理を羽黒と同じ速度で平らげていくとは。しかもそれを眺める羽黒の表情と来たら、見た事もないような柔らかさ。
どうやら旧友は、この少年のような青年に本気らしい。
(あれだけ他人付き合いにドライだったコイツがねえ…)
面白い事を知ってしまったとほくそ笑む男鹿。
(帰ったら圭人に教えてやらなきゃな)
なんて思いを巡らせる。因みに圭人とは、一ノ谷圭人という、男鹿が絶賛ラブラブ同棲生活をしているパートナーであり、羽黒、男鹿と学び舎を共にした同級生でもある。まあ、この物語では出番は無いので特別覚えなくても大丈夫です。
(※万が一男鹿と圭人にkwskしたいと思われた方は、未だ未完の『超高級会員制レンタルクラブ・『普通男子を愛でる会。』』というお話をご参照ください)
さて、そんなオーナーシェフ男鹿が立ち去り、引き続き食事を楽しんだ蛍と羽黒。順調に食べ進め、最後のデザートを平らげた時、正直蛍はやや物足りなかった。しかし、健康には腹八分目と言うからな、と考えながら少しぬるくなったコーヒーをすすった。(※特別増量コース3人前は食べてます)
そうして食後を済ませ、『nobilis』へ向かう為に店前に待機していた車に乗り込むと、蛍はふと思い出した。羽黒に、告げなければならない事があると。
広い後部座席にゆったりと足を組んで座る羽黒と、その横に少し間を開けて行儀良く足を揃えて座る蛍。高級車の内部の匂いにも、やたら座り心地の良い革張りシートにもようやく慣れて来たというのにもうこんな話をしなくてはならないなんて、少し名残惜しい。が、昼職に戻ると決めた以上、『nobilis』は辞めなければいけないのだから、早かれ遅かれ言わなければならない。
蛍は一度、キュッと唇を引き締めてから、座ったまま羽黒に膝を向けた。
「あの、羽黒さま」
その声が何時になく真剣な響きを孕んでいるのに気づいた羽黒は、すぐに蛍の顔を見た。
「どうしたの?」
「美味しかったです、ご馳走様でした!」
「え?ああ、うん?」
はて、食事の礼なら先ほど店を出る前にも聞いた筈だが?と首を傾げる羽黒。ただならぬ声色だと思ったから少し構えたのに、気の所為だったのか。
しかし、そう思ってすぐに蛍の追撃が来た。
「俺、昼の仕事が決まったんです。来月頭から入社です」
「え、仕事が…」
蛍が前の職場の人員整理で解雇された後、次の就職先が決まらず、困窮の末に『nobilis』の扉を叩いたという経緯は聞いた事がある。慣れない夜職で働きながら、諦めずに昼職の求職活動を続けている事も知っていた。しかし、学歴やバース性の問題がネックとなり、やはりなかなか採用には漕ぎ着けないのだと笑っていたから、まだ当分は『nobilis』で働くものだとばかり思っていた。
なのに、まさかこんなに急に…。
羽黒はショックで、暫く言葉に詰まってしまった。蛍は羽黒が黙り込んだ事に気づいているのかいないのか、言葉を続ける。
「林店長には昨日電話で伝えたんですけど、退店日については今日の帰りにも少し話そうって言われてます。でも多分、今月末までになると思うんです」
「今月末…」
どうやら辞めると言っても、今日明日の話ではないらしい。羽黒はややホッとして、知らず固まっていた体から力を抜いた。
「そう、か…おめでとう、良かったね」
祝いの言葉を口にして微笑むと、蛍も嬉しそうに笑った。
233
お気に入りに追加
1,510
あなたにおすすめの小説
貧乏Ωの憧れの人
ゆあ
BL
妊娠・出産に特化したΩの男性である大学1年の幸太には耐えられないほどの発情期が周期的に訪れる。そんな彼を救ってくれたのは生物的にも社会的にも恵まれたαである拓也だった。定期的に体の関係をもつようになった2人だが、なんと幸太は妊娠してしまう。中絶するには番の同意書と10万円が必要だが、貧乏学生であり、拓也の番になる気がない彼にはどちらの選択もハードルが高すぎて……。すれ違い拗らせオメガバースBL。
エブリスタにて紹介して頂いた時に書いて貰ったもの
【完結】キミの記憶が戻るまで
ゆあ
BL
付き合って2年、新店オープンの準備が終われば一緒に住もうって約束していた彼が、階段から転落したと連絡を受けた
慌てて戻って来て、病院に駆け付けたものの、彼から言われたのは「あの、どなた様ですか?」という他人行儀な言葉で…
しかも、彼の恋人は自分ではない知らない可愛い人だと言われてしまい…
※side-朝陽とside-琥太郎はどちらから読んで頂いても大丈夫です。
朝陽-1→琥太郎-1→朝陽-2
朝陽-1→2→3
など、お好きに読んでください。
おすすめは相互に読む方です
【本編完結済】巣作り出来ないΩくん
ゆあ
BL
発情期事故で初恋の人とは番になれた。番になったはずなのに、彼は僕を愛してはくれない。
悲しくて寂しい日々もある日終わりを告げる。
心も体も壊れた僕を助けてくれたのは、『運命の番』だと言う彼で…
爺ちゃん陛下の23番目の側室になった俺の話
Q.➽
BL
やんちゃが過ぎて爺ちゃん陛下の後宮に入る事になった、とある貴族の息子(Ω)の話。
爺ちゃんはあくまで爺ちゃんです。御安心下さい。
思いつきで息抜きにざっくり書いただけの話ですが、反応が良ければちゃんと構成を考えて書くかもしれません。
万が一その時はR18になると思われますので、よろしくお願いします。
【完結】世界で一番愛しい人
ゆあ
BL
好きになった人と念願の番になり、幸せな日々を送っていたのに…
番の「運命の番」が現れ、僕の幸せな日は終わりを告げる
彼の二重生活に精神的にも、肉体的にも限界を迎えようとしている僕を
慰めてくれるのは、幼馴染の初恋の相手だった
そばかす糸目はのんびりしたい
楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。
母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。
ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。
ユージンは、のんびりするのが好きだった。
いつでも、のんびりしたいと思っている。
でも何故か忙しい。
ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。
いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。
果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。
懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。
全17話、約6万文字。
振られた腹いせに別の男と付き合ったらそいつに本気になってしまった話
雨宮里玖
BL
「好きな人が出来たから別れたい」と恋人の翔に突然言われてしまった諒平。
諒平は別れたくないと引き止めようとするが翔は諒平に最初で最後のキスをした後、去ってしまった。
実は翔には諒平に隠している事実があり——。
諒平(20)攻め。大学生。
翔(20) 受け。大学生。
慶介(21)翔と同じサークルの友人。
孕めないオメガでもいいですか?
月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから……
オメガバース作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる