偽装で良いって言われても

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「彼がαに転換した事は、転換後のα登録申請で初めて発覚したくらいで、再鑑定をした友人の医師や米政府の担当官、私を含めほんの数人しか知りません。こんな可能性があると世間に知られれば面倒な事になる。」

例えば、α家系に産まれたΩやβがαになる為に金を積もうとしたり、親が子供のバース性を変えようと動いたり。

「本来なら無断でこんな事をしでかせば、博士号剥奪モノの大問題です。
けれど彼が罰せられる事は無いでしょう。」

「…何故ですか?」

「貴方なら、この研究を成功させた天才をみすみす学会から追いますか?」

「……。」

それを言われてしまうと、八束も考え込んでしまう。
これは江口がΩの天才であったが故に起こしえた奇跡だ。
しかも今はαとなった江口を処罰対象にして失うのは明らかな損失。
彼は間違いなく人類史上最高の発明をした天才であり、将来的にはα出生率減に悩まされている人類の救世主になるかもしれない。

例え倫理に反していても、明るみにさえならなければ、罰する理由も無い、という所だろうか。

「彼が今現在、本筋で関わっている研究にも必要不可欠な人物だという事もありますが、」

青秋は江口の画像に目を落としながら続ける。

「この件に対しては、既に彼自身が目的を果たしてしまっている以上、この先彼以外の新たな実験データが上がる事も、ましてや使った薬品の治験データが上がる事もありません。
バース性の人為的転化など、本来あってはならない事だからです。神の領域に踏み込む事だ。ホムンクルスと同じように。

ですが、それは表向きの話です。」

「こんな研究成果を、みすみす米政府が手放す筈が無い…ですよね。」

「御明答。」

「しかしまあ、彼は天才にありがちな偏屈でもあります。」

「偏屈…。」

「自らの目的は果たしてしまった今、上に言われたからと積極的に研究を進めるとは思えません。」

そう言った青秋は、思い出し笑いをしているようにおかしそうな表情をしている。学生時代にも何か色々あったのだろう。

「じゃあ、どだい無理じゃないですか。僕らは彼とは何の接点も無いですし。」

八束はそう言ったが、一織は違った。

「青秋様は、そんな人が八束に協力してくれるって目算があったからお話をしてくれたって事ですか?」

そう言って身を乗り出した。
一織としては、別に八束と一緒に生きられさえするなら、Ω同士のままでも良いと思っている。一織は自身はαになりたいなんて思った事は無いが、八束の方は『αになれていたなら…。』と思っていた事も知っている。
父親がαなのだから、Ωである母から産まれた一織や八束は、本来αになる確率の方が高かった筈なのだ。特に八束のように優秀ならば。
なのに二人ともΩになってしまった。
αでさえあったなら、八束にはもっとたくさんの選択肢と可能性が与えられただろうにと、一織は考えている。
当の八束がαになりたい理由が、実は一織のΩの匂いを嗅ぎたい、というごく単純な理由だけであるとは思ってもいなかった。
だが確かに、それを別にしても、αに転換できたなら、八束にあたえられる権利と可能性は多岐に渡る事になるだろう。

「偏屈な彼の心を十分に動かせる材料があると思ってのご提案です。」

あまりに自信に満ちた青秋の態度。まさかブラフという事はあるまいな、と訝しんでしまう一織と八束。

「彼のα転換研究の最大の動機が、どういったものかお教えしましょうか。」

そんな双子の顔を交互に見て、青秋は思いもよらぬその
理由を告げた。

「彼は自分の腹違いの弟を、不実な婚約者から奪い取って番にする為にαになる事を目指したんです。」

「…弟さん、を…?」

「人が何かを目指すのなんて、他人から見ればそう大した理由でもありませんが本人にとっては重大な事…。
そう思いませんか、一織さん、八束さん。」

にこり。
首を傾げて微笑んだ青秋の言葉に、二人は何も答えられなかった。

「勿論、転換前の彼と八束さんのデータが近いからというだけで、直ぐに転化が上手くいったり100%転換に成功すると保証はありません。
現状、彼自身の身に特段危ぶまれる症状はないとはいえ、経過観察中に過ぎませんからね。この先はわからない。」

「失敗する事もあるという事ですよね?」

「さあ、それは。
無責任と思われるでしょうが、運もあるでしょうね。
只、学生時代の江口を知っている私から言わせてもらえば、本人のαとしての資質の問題も大きいのでは、という気がしています。」

「…それは天才だからという事ですか?」

「いえ。彼は意志が強いんですよ。目的の為には誰を相手にも怯まない。
…これは、αの最も強い特質だと思いませんか?」

「…なるほど。」

確かにそうだ。
バース性に関わらず、目的の為に強いモチベーションを保ち続けられる人間は多くいる。けれど、それに実を伴う結果を出し続けられたり、どんな妨害も障害もものともせずに邁進し続けられる者は少ない。
唯我独尊で我が道を切り開いていけるαの力と求心力は、他のバースでは真似し辛いものがある。
そして八束にはそれが備わっている。一見地味な見た目と穏やかな物腰や物言いでその部分は認識され難かったが、今迄の人生、それは決して悪い事では無かった。

だが、こうして三人で話しているだけでも、八束が同じΩである一織よりも、αである自分との方が近しい性質である事を、青秋は感じている。


「貴方には、十分に素養も資格もある。」

青秋の言葉に、一織は八束をちらりと見た。八束の表情は動かない。只じっと、江口の写真の載った英文のプリントを凝視しているだけだ。
やはり八束はαになりたいのだ、と一織は思った。

「万が一、貴方がそれを望まれるならば、高城は全面的にバックアップする用意があるという事は、お伝えしておきます。」


その言葉が、八束の心を激しく揺さぶる。


「……その件については、少し考えさせて下さい。」


そう言うのが、やっとだった。







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