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14 (俯瞰)
しおりを挟むその日は部屋に戻ってからも、八束はずっと考え込んだままだった。
運ばれて来た夕食にもろくに手を付けず、窓辺の椅子に座り暗い庭をぼんやり見つめている。
高城家の為にΩの体の機能を使って青秋の子供を産む。
産まれてくる子供はαである確率が高いだろうから、男女の別には拘らなくて済むだろう。経済だけではなく各支援も約束するというのは本当だろうと思う。それは出産に対する謝礼のみならず、子供にかかる養育費や教育費、生活費、それから、一織や八束の進む道へのバックアップをも指すという。
高城程の家門からはその程度の事は些末な事で、それを反故にするとは考え難い。
婚姻関係は子供を産む迄で良いという事だったが、それは一織や八束側の都合を考えての事であって、離婚のタイミングは任せると言ってくれたし、産まれてくる子供を養育したいと思った場合はそれも容認するという。
かなり二人に寄り添い、譲歩した契約内容ではあると思う。只でさえ子供を産むとなれば、一年以上の時間のロスが発生する。ましてや、一織や八束くらいの年齢の若者にはそれは大きなリスクだ。特に大学生である八束の場合は休学を余儀なくされるだろうし、もし産まれた子供を養育しようと考えた場合は更に様々なリスクを負う事になるだろう。それに見合う形でのリターンをと考えれば、その提示条件は相応と言えるのかもしれない。
そして、バース性の変換。
もしΩからαへの変換が実際に可能だとしたならば、それは確かに報酬としては破格だ。だってそれは本来、提示しようにも不可能な事なのだから。
そんな夢のようなチャンスを、青秋は八束に与える事が出来るかもしれないという。
勿論、変換は確約ではない。失敗したらどうなるのかはわからない。その時に、Ωのままでいる以外に、どんな副作用や弊害が生じてくるのかは未知数だ。そこに関しては、データも無い。今の所、転換に成功したという唯一の事例しかないからだ。
それに、出産を八束が請け負った場合、経産済みの体が転換に影響しないとも限らない。
二人で高城の婚約の申し入れを断って、二週間で帰るつもりだった。どんな条件を提示されても、お互い以外とのセックスも、ましてや子供を産むなんて有り得ないと考えていたからだ。
なのに、こんな思いもしない条件を提示されて、八束は心が揺れた。
そんな八束の心を一織もわかっていて、一織も一織なりに考えている。
青秋が一織の遺伝子情報に触れなかったのは、一織は八束よりもΩとしての割合が高いという事なのだろう。きっと、αに転換する可能性は八束より低いと看做されたのだ。一織はαになりたいと思った事は無いからそれでも構わなかったが、ならば妊娠に向いているのは自分の方ではないだろうか。
青秋の子供を産めば、愛しい八束の役に立てるかもしれない。
一織はそう考えたが、八束は違った。
体の弱い、しかもつい最近迄体を壊していた一織の体が、出産に耐えられる訳が無い。自分の願望の為なら自分で請け負うのが筋だろう。大事な一織を犠牲にする訳にはいかない。
思い合う二人は、それぞれに決意をした。
「お二人は受けて下さるでしょうか。」
二人が部屋を去った後、茶器を片付けながらそう口にしたのは篠宮だ。今日の三時の茶の時間は話が長引くだろうとはいわれていたが、本当に一時間半程は話していた。
何時もなら事務的に、三十分程度で茶を飲んで軽い世間話をして終了するので、今日は余程切り込んだ話をするものかと思ってはいたが、まさか青秋があんな思い切った提示をするとは。
だが、それだけ青秋にも後が無く、且つ何としても二人を逃したくないという事なのだろう。
確かに青秋の煩い性癖を考えれば、麻生兄弟以上に自分の子供を産ませたいと思えるΩが、この先現れるとは考え難い。特に八束のようにしっかりした体躯のΩは珍しいから、青秋の興味は美しい顔立ちをした一織よりも、八束の方に強く向いているのではないかと篠宮は見ていた。
実際、見た目だけで言えば、美しいが細身過ぎる一織よりも、顔立ちは並みでも細身に見えてきっちり筋肉質で、より男性的な八束の方が青秋のタイプだ。青秋自身もそれは自覚している。
冴えないβのようだと評されても、八束は十分に魅力的な男だと思うし、それに普段は兄を抱いている弟を自分の雌にして組み敷く、というシチュエーションにも燃える気がする。
橙を愛してはいても、橙と付き合える訳でもなく抱けるでもない以上、性欲は他で満たすしかない。只でさえ精力絶倫なαである青秋が、ずっと一人で禁欲的に生きる事など出来る筈がないのだから。橙が留学先でも女性相手にお盛んだ、との報告を聞けば、乱れる橙を想像して余計に下半身は疼く。
尤も、一織や八束を遊び相手ではなく、高城というα家系の種の保存として抱く契約相手になるのだから、常日頃遊び相手のβを抱く時に頭を掠める、橙への恋心に対する罪悪感も薄い。それだって、想いを伝える事も無い癖に青秋自身が勝手に縛られているだけの事なのだが。
だが、それももう良い。割り切った。
生涯橙に気持ちを告げる事を許されなくても、今迄通り只の従兄弟としてでも、日本に戻らせる事が出来て、近くに居てさえくれたら。
その為に、青秋には一時的にでも結婚相手と、後継になる子供が必要なのだ。
周りを取り巻く、小煩い親族達を黙らせる為に。
αとΩが婚姻関係を結べば、周囲は勝手に番になったと思い込む。かなり意図的だが、それで周囲が安堵したら、橙の帰国が止められる事は無いだろう。
短くスマホが鳴る。
『昨夜、番になれた。』
そんな一文と共に、相変わらず写真写りの悪い江口とその弟が一緒に写った画像が送られてきた。それを確認しながら、青秋は少し唇の端を上げて篠宮に告げた。
「あの兄弟は受ける。
絶対にな。」
二人共が互いの為に名乗りを挙げるだろう。
そして多分、八束が相手になるのだろうと、青秋は思っている。
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