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二十一周年記念パレード

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 ニ十周年記念パレードは複雑な心境で行い、二十一周年パレードは新しい気持ちで行われた。
 縁を切られた母親はパレードという国一番のイベントに自分の花屋が使われなくなったことを何度も訴えに行ったが門前払いで終わった。
 せめて国民が手にする一輪だけでも買ってもらおうと必死にアピールしたが、広場での醜態に嫌悪を抱いた国民は誰もそこから買おうとはしなかった。
 収入が減ったどころかユーフェミアが嫁ぐ前より少なくなってしまった母親が今どういう暮らしをしているのかユーフェミアは想像することさえしない。 
 パレードの途中、遠くから見つめる父親を見つけた。パレードの馬車から声をかけることはできなくとも、痩せこけることなく元気そうな父親の笑顔が見られたことはユーフェミアを安堵させた。
 この国のどこかにいて、元気で暮らしている。たとえ会って話すことができなくても元気な姿が見られただけで満足だった。
 例年以上に盛り上がったパレードは濃く記憶に残るほど美しい光景だった。

 だが、最近、それ以上に嬉しいことがあった。

 リリアナの出産だ。

 元気な女の子を出産した。古臭い考えを持つ貴族は女はダメだと反対したが、同じ親から生まれながら性別で即位が決まるのはおかしいと、ルークが貴族たちと一年かけて話し合い、勝ち取った長子制度。
 トリスタンはその事実に感心しっぱなしだった。

「ユーフェミア、荷物が多いんじゃないか?」
「え? そうですか?」
「ば、馬車が二台……だぞ?」
「これぐらいは普通ですよ」
「そ、そうか」

 出産祝いにクリュスタリスへ向かうことが決まった日、ユーフェミアは朝から眩しいほどの満面の笑みを浮かべている。二人の子は通信機で見せてもらったが、あまりの天使っぷりに二人は言葉を失っていた。光が邪魔しているのではないか?と言ったトリスタンの言葉でルークがカーテンを閉めたが、それでも眩しかったため、赤子が神々しい光を放っているのだと気付いたときは画面の向こうの二人が大袈裟だと大笑いしたほど。
 リリアナが「実際に見ていただきたいです」と言った瞬間、ユーフェミアは「行きます」と即答し、それから一週間、国中の自慢の品を買い集めて馬車に詰め込んだ。二台の馬車に詰め込んだ出産祝いと赤ん坊へのプレゼントの量に少し引き気味のトリスタンだが、快く見送ることにしていた。
 クリュスタリスは遠すぎる。本当なら一緒に行きたいが、王が長期間、国を空けるわけにはいかない。何か起こるとは思っていないが、不在は民を不安にさせる。
 だから滝のような涙を飲んでこうしてユーフェミアを見送ることにした。

「女神が天使を抱く姿はさぞ神々しいだろうな。抱っこするときは必ず連絡してくれ。絶対に見たいから」
「はい」

 背景にバラでも散っているかのように見える笑顔にトリスタンは自分の胸を掴みながら一緒に行けないことを悔やんだ。

「気をつけていくのだぞ」
「はい、陛下」

 馬車での遠出に不安がないわけではない。両親は世界会議に参加するために走っていた道中で事故に遭って命を落としたのだから。
 今のトリスタンにはユーフェミアしかいない。子供がいたとしてもユーフェミアを失えばトリスタンは一切の生命機能を停止するだろう。それだけユーフェミアを愛し、依存している。
 両親を亡くして胸が張り裂けるほど辛かったとき、ユーフェミアはいつも傍にいてくれた。それはきっと同情と役割での行動だったのだろうが、それでも親を恋しがって毎日泣き続ける十五歳の少年を抱きしめ続けてくれた。

『私がずっと一緒にいるから』

 まだ王妃としての教育が不十分だったありのままのユーフェミアの言葉だった。
 そんな彼女がこうして一人前の王妃になり、国民から愛され、自分の妻でいてくれることには感謝しかない。だから失いたくない。何があろうと。

「エリオット、お前は命を落としてもユーフェミアだけは守れ。これは命令だ」
「御意」

 エリオットは真剣な表情で頷いた。
 ユーフェミアに選ばれたあの瞬間から自分の命はユーフェミアのためにあると思っている。ユーフェミアのためなら命を投げ出す覚悟もある。
 そんなことは望んでいないとユーフェミアは言うが、それこそエリオットが騎士であり続けられる理由なのだ。

「行ってきます、陛下」
「ああ、気をつけて」

 馬車に乗り込んだユーフェミアに手を振って見送るも不安は消えない。
 クリュスタリスはクライアと違って、あの道を通らなければならない。何度唾を飲み込んでも口が渇くほど緊張しているトリスタンは深呼吸しようにも浅い呼吸しかできず、何度も息を吐き出す。

「陛下、ご公務にお戻りください」
「わかっている」

 ララに情報を流した犯人もわかっていない。アードルフを見つけ出して脅してみたが、神に誓って喋っていないと言っていた。ティーナが言えるはずもなく、散った愛人たちも言っていないと怯え泣いていた。
 ラモーナやエリオット、ヴィクターであることは考えにくく、描いた相関図を何百回何千回見直してみてもわからないまま。
 早く犯人を見つけて処分し、ユーフェミアを安心させてやりたいのにそれができないもどかしさがどうしようもなくトリスタンを苛立たせる。

「ヴィクター、なぜ犯人は捕まらぬのだ?」
「陛下、苛立つお気持ちはわかりますが、クライアの前王妃は──」
「罪人を呼ぶときは気をつけろ」

 ララは流罪にかけられた罪人。無邪気を気取った愚女を王妃と口にした過ちをトリスタンは許さない。

「失礼いたしました。ですが、不思議なのです。あの者と繋がっている者がアステリアにいるはずがないのです。あの者はクライアの最下層で暮らしていた。アステリアの民は王妃の不妊を知らず、裏切り者は城内の者ということになります。しかし、ここで働く者たちの中にあの者と繋がれる者などいるはずがないのです」

 トリスタンもおかしいとは思っている。ララは貴族と繋がりを得るなどできない下層の人間だったはず。酒場に来ていたのもその日暮らしの者たちばかり。どこからも繋がりなど得られるはずがない。それなのにララは『子供を作れないのは本当か?』とどこか確信的な情報を得ているような言い方をした。確信はあるが、それを突きつけるのではなく、あくまでも〝噂〟という感じに振舞おうとしたのだろう。
 二人の間に子供ができないのは王が種無しだからと認識されているのに、ララは悪意を持ってユーフェミアに問いかけた。それは信頼できるほど確かな筋からの情報でなければ言えないこと。
 でも誰が? それが最大の謎だった。

「なぜ貴族からもボロが出ないのだ? 貴族なら繋がりがあってもおかしくないのではないか? クライアに知り合いぐらいいるだろう。反王政派を気取る奴らは徹底的に調べたのか?」
「もちろんでございます、陛下」
「ならなぜわからない? アイツに情報を教えたのは霧で、情報を流したと同時に消えたとでも言うのか?」
「陛下、全力であたっております。もう暫くお時間を──」

 ヴィクターの横を羽ペンが通り過ぎ、背後の壁に刺さった。

「いくら時間を与えれば犯人を見つけられるのだ? そなたが女と会っている時間を減らせば見つかるのではないのか?」
「ッ!?」

 なぜ知っている──そんな表情をわかりやすいほど正直に見せるヴィクターをトリスタンは鼻で笑う。

「僕が知らないとでも思っているのか?」
「……あ、先日話していた方ですか? 彼女は昔馴染みで、家が隣だったのものですから懐かしさについ話し込んでいました」
「ほう……それは不思議だな。この国の女ではない人間と家が隣とは」
「ッ!」

 ヴィクターは心臓が止まったような感覚に陥った。どこまで知っているのか。なぜ自分が誰かと会っていることがバレているのかわからない。トリスタンが誰かに命じて尾行させていた? だとすれば自分は疑われている。
 焦りから必死に頭を回転させるもトリスタンを見ているだけで脳は思考を放棄する。この目が嘘を許さないのだ。

「答えろ、ヴィクター」

 静かで冷たい声がヴィクターを捕らえる。

「ヴィクター!」
「ッ!」

 響き渡るほどの怒声に大袈裟なまでに肩が跳ね、全身の筋肉が強張る。

「僕が直々に問い質さなければ喋らぬようだな」
「なに、を……ッ!?」

 いつの間にか周りを囲んでいた騎士たちがヴィクターを拘束する。トリスタンが言った〝問い質す〟が何を意味しているのかようやく気付いたヴィクターの頬に汗が伝う。

「僕が腕を振るうのはティーナ以来だから訛っているかもしれない。許せよ、ヴィクター」
「へ、陛下ッ! 陛下は何か勘違いをしておられるのです! 陛下が幼き頃より仕えてきた私が陛下を裏切るはずがありません! 信じてください!」
「では、僕を信じさせてみろ。そなたが無実であると証明してみせろ」
「どうやって……」

 ヴィクターの戸惑いにトリスタンは笑顔を見せる。

「応接間に行けばわかるさ」

 騎士に脇を抱えられて応接間になど行くはずがない。進んでいる先がどこなのか、わからないほどヴィクターはバカではないし、短い王室勤めでもない。
 扉を開けて地下へと続く階段を前にトリスタンはもう一度振り向く。

「ユーフェミアがいないから少し白熱しそうだな」

 下から聞こえる女の悲鳴が無実の証明を不可能とする。
 先手は既に打たれていた。
 唇を噛みしめて俯くヴィクターを見て上機嫌に階段を下りていくトリスタンは見ていなかった。俯いたヴィクターが歪んだ笑みを浮かべていたのを──

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