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神の
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雪が解け、春の花がアステリア中に咲き誇る頃、ユーフェミアとトリスタンは嬉しい知らせを聞いていた。
「本当ですか!?」
「はい。予定より少し早いので、私たちも驚いています」
通信機で表示されるルークとリリアナの二人の姿。
十五歳を迎えたリリアナが妊娠したという報告にトリスタンとユーフェミアも驚いているが、二人も驚きを露にしている。
「リリアナとも話したのですが、やはり男の子であればお二人に養子に迎えていただこうかと思うのです。私たちは長子制を採用することになりましたから、性別は重要ではありません」
ルークの言葉はありがたかった。リリアナは若く、今回妊娠したことから次も妊娠できる可能性が高いという点で提案してくれたのだろうが、トリスタンもユーフェミアも揃ってかぶりを振った。
「ありがたい申し出ではありますが、それはできません」
「ユーフェミア様、どうか遠慮は──」
リリアナの言葉を遮るように違うとかぶりを振る。
「お二人の優しいお心には頭が下がるばかりです。ですが、どうか第一子はご自分の子としてお育てください。初めての妊娠、初めての出産を経験させてくれた我が子をその胸に抱き、母になり、子の愛おしさを感じてください」
子供は玩具ではない。欲しいから貰えるわけではないし、簡単に譲っていいものでもない。男の子なら貰う。女の子ならこっちが貰うというのは赤ん坊にも失礼な話だ。
妊娠した喜び、妊娠している喜びのあとに訪れる第一子を手放さなければならないという現実はあってはならないことだとユーフェミアたちは考えていた。
子供は欲しい。今すぐにでも。でも、だからといって急ぐつもりはない。
「養子を迎えることは決めたが、僕たちもまだ諦めてはいないのだ。だから、そなたらこそ気を遣ってくれるな」
「トリスタン王……」
「そなたらの気持ちだけ、ありがたく受け取ろう」
いつか来てくれるのではないか。まだその希望を捨てられないでいる二人は焦ってはいない。むしろ第一子を養子に迎えないことでまだ希望を持ち続けられると笑顔さえ見せた。
ルークとリリアナは二人の様子に顔を見合わせて同じように笑って頷いた。
「お二人の二十一周年記念パレード、楽しみにしていたのですが……」
「来年も再来年もするから問題ない。それに来年には博物館ならぬ記念館も出来上がって、そこで一周年記念からユーフェミアを美しく飾り立てた今までのドレスや装飾品を飾ることになっているから、来るなら来年か再来年ぐらいがよいだろう」
「それはとても素敵ですね!」
「だろう? だから今はお腹の赤子のために時間を使ってくれ」
「ありがとうございます」
「そなたらなら立派な親になれる」
二人揃って頭を下げる様子に二人で手を振り、それから少しの間、他愛もない話をしてから通信を切った。
「リリアナ様のご懐妊、とても喜ばしいことですね」
「……」
「陛下?」
何も答えないトリスタンに首を傾げる。
「陛下……キャッ!」
肩に触れようと手を伸ばしたとき、トリスタンの身体が下にズレてユーフェミアの腰に抱きつき、頬は膝に置いた。
「いーなー! いーなー! これからルークはリリアナの大きくなるお腹に耳を押し当てて赤子の胎動を聞くんだ! 口を押し付けてぶるるるるるッ!ってやるんだ! いーなー! 僕も早くそんなことがしたい!」
子供のように足をバタつかせるトリスタンの髪をユーフェミアは優しく撫でる。
本来であれば何度かそういう経験をさせてあげられたはずなのに、自分の身体のせいでまだ一度だって経験させてやれていない。頑張っても頑張っても毎月訪れる血の日に今月も肩を落としたばかりだ。
「来ないものは来ないので仕方ないでしょう?」
でも今はそれに落ち込んだりはしない。そういう運命なのだと開き直っているから。だからといって諦めたわけではない。赤ん坊が来ていないのは仕方ない。なら来るまで根気強く待とうというだけ。
「あー! 神はなぜ僕たちにこんなにも長く試練をお与えになるのだ! ひどいじゃないか!」
「ひどいなんて言うと、もっとひどい罰が当たりますよ?」
「これ以上にひどいことなんかないじゃないか!」
「わたくしとの離婚よりですか?」
「離婚はしない! これは神が決めることじゃなくて僕が決めることだから神は関係ない! でも妊娠は違う! 神が創りたもう君の身体は神の意思一つで変わるはずだ! いつまで試練をお与えになるつもりなのか問いただしたいぐらいなのだぞ! 神がここにいれば僕は王の名の下に神を罰している!」
馬のように鼻息を荒げるトリスタンらしい姿におかしそうに笑うユーフェミアを勝手に膝枕をしたトリスタンが下からその笑顔を眺めては頬に手を伸ばす。
「だが、その試練も今年で終わるかもしれないな。僕はそう信じている」
「そうですね」
毎年そう言うトリスタンにユーフェミアは同じ言葉を返す。慰めではなく、諦めていないからそう返すだけ。
二人は子を持つには遅すぎるとさえ言われる年齢に差しかかっている。子供が成長して力をつけるのに相対するように親の体力は落ちていく。一緒に走り回ることや抱っこし続けることは困難になり、使用人に任せるようになる。
リリアナのように若ければ今年がダメでも来年と言える。今までずっとそう言い続けてきたように。だが、それもそろそろ言えなくなってしまう。時間があるとは言えないのだ。でも諦めたくない。二人は薄氷のように脆い希望に縋りついている。
しかし、二人は心のどこかで血の繋がりがある我が子に会えなくとも世継ぎができれば国の希望になる。それでいいじゃないかとも思っていた。それは国を背負う彼らの覚悟であり、使命でもある。そう思えるようになったのは最近の話。
二人は今、こう考えている。
二十一周年が迎えられる幸せが目の前にあるのだから、子がやってこないことを嘆くのはやめよう、と。
「子ができたら神に文句を言おう」
「感謝ではなく?」
「感謝もする。でも文句も言う。遅いじゃないか! 随分待ったぞ!とな」
罰当たりな王だと笑うユーフェミアの頬に触れるとユーフェミアからもその手に頬を預ける。
「僕は本当に、出会った頃からずっと同じ気持ちだ。君が好きで、君を愛していて、君だけがいればそれでいいと」
「はい」
「でも、僕は一般家庭の人間ではなく、民を子とする王であり、この国の象徴だ。子を迎えるのは義務。それを怠るわけにはいかなかった」
「はい」
「今思えば簡単なことだったのにな。養子を迎えても我が子を諦めないという選択肢もあった」
「でも我が子が欲しかった」
ユーフェミアの言葉にトリスタンが頷く。
「固執していたんだ。自分の意地よりも願いよりも民の希望を優先しなければならなかったのに」
「そうですね」
「ルークの提案を断ったのは間違いかもしれない。受けていればすぐにでも民を安心させられたのに」
「そうですね」
でも、と続けてトリスタンの手を握る。
「やはり、初子を手放すのは誰かのためであっても辛いものでしょう。若さは関係ありません。人は子を持てば等しく親になるのだから初めては全て自分で経験する権利があるのです」
「義務とも言える」
「ふふっ、そうですね。義務かもしれません。喜びも戸惑いも驚きも感謝も全て親が味わう絶対の幸せであり、手放してはいけない絶対の権利。そして育てる義務……」
その義務を全うできない者もいる。だから孤児院が存在する。望んで手放す者。手放さざるを得ない者。手放した過去に後悔する者の話を聞いたこともある。
その悲しみは所詮は他人事でしかないものの、彼女が語った悲惨な状況と胸の内に思わず涙した。
「わたくしは、陛下より少しズルい人間なので、断った理由は陛下と少し違うんです」
「君がズルい人間? 笑わせるじゃないか」
「陛下はわたくしを過大評価しすぎなんです。わたくしは陛下がおっしゃるような人間ではないのですよ?」
「じゃあ何がズルいのか聞かせてくれ。僕が判断しよう」
起き上がったトリスタンが身体ごとユーフェミアに向けて手を握る。
「わたくしは少し覚悟がしたかったのです。リリアナ様が妊娠して、初子を養子にと提案してくださったとき、喜びと同時に不安に襲われました。親になれるかどうかの不安です。母親は十ヶ月、お腹の中で脆く尊い命を育てます。苦しみや苦労の連続である十ヶ月、母となる喜びや緊張を味わいながら準備していくのだと思います。でもわたくしはそうじゃない。突然赤子がやってきて母となるのです。その覚悟が、できていないような気がして……」
子供を望み続けておきながら、実際に子供を得るチャンスが訪れると断った。彼らに言ったことは本音だが、裏もあった。それを良い顔をした自分はズルい人間だと言うユーフェミアをトリスタンが笑う。それも声を上げて。
「それでズルい? だから君はピュアだと言うんだ。十ヶ月、お腹の中で子を育てる女性はそうしたから母の自覚ができるわけじゃない。嫌でもお腹の中の我が子に自覚させられるのだろう。自分はここにいるんだとな。自分以外の命を感じる時間が十ヶ月もあれば嫌でも自覚するだろう。だが、産んだから母になれるわけじゃない。十ヶ月も育てた我が子を好き好んで手放す親もいる。母になれるかどうかはやってみなければわからないし、母だったと言えるのは子が感謝してきたときなのではないか? 両親があなたたちでよかったと」
目を瞬かせるユーフェミアの手の甲を親指で撫でながら微笑んだ。
「誰だって不安はある。僕たちには弟も妹もいないんだ。孤児院で少し触れさせてもらうだけ。それだけしか経験を持たない僕たちが不安になるのは当然だ。ルークたちに第一子を育ててほしいのも本音だ。嘘はついていない。君が君の感情をズルいと呼ぶなら僕もそれを認めよう。だけど、人は皆、どこかにズルさを持っているものだ。それを責めてくれるな」
「はい」
「では、今日から少しずつ勉強していこう。知識を得て、経験を増やそう。僕たちが迎える僕たちの子が不安にならないよう、図太いぐらいの神経で迎えられるように」
この人を愛してよかった。心からそう思うユーフェミアは涙を滲ませながらも笑顔で抱きついた。
まだもう少し時間はかかるが、ハッキリとした希望が見えた。
「本当ですか!?」
「はい。予定より少し早いので、私たちも驚いています」
通信機で表示されるルークとリリアナの二人の姿。
十五歳を迎えたリリアナが妊娠したという報告にトリスタンとユーフェミアも驚いているが、二人も驚きを露にしている。
「リリアナとも話したのですが、やはり男の子であればお二人に養子に迎えていただこうかと思うのです。私たちは長子制を採用することになりましたから、性別は重要ではありません」
ルークの言葉はありがたかった。リリアナは若く、今回妊娠したことから次も妊娠できる可能性が高いという点で提案してくれたのだろうが、トリスタンもユーフェミアも揃ってかぶりを振った。
「ありがたい申し出ではありますが、それはできません」
「ユーフェミア様、どうか遠慮は──」
リリアナの言葉を遮るように違うとかぶりを振る。
「お二人の優しいお心には頭が下がるばかりです。ですが、どうか第一子はご自分の子としてお育てください。初めての妊娠、初めての出産を経験させてくれた我が子をその胸に抱き、母になり、子の愛おしさを感じてください」
子供は玩具ではない。欲しいから貰えるわけではないし、簡単に譲っていいものでもない。男の子なら貰う。女の子ならこっちが貰うというのは赤ん坊にも失礼な話だ。
妊娠した喜び、妊娠している喜びのあとに訪れる第一子を手放さなければならないという現実はあってはならないことだとユーフェミアたちは考えていた。
子供は欲しい。今すぐにでも。でも、だからといって急ぐつもりはない。
「養子を迎えることは決めたが、僕たちもまだ諦めてはいないのだ。だから、そなたらこそ気を遣ってくれるな」
「トリスタン王……」
「そなたらの気持ちだけ、ありがたく受け取ろう」
いつか来てくれるのではないか。まだその希望を捨てられないでいる二人は焦ってはいない。むしろ第一子を養子に迎えないことでまだ希望を持ち続けられると笑顔さえ見せた。
ルークとリリアナは二人の様子に顔を見合わせて同じように笑って頷いた。
「お二人の二十一周年記念パレード、楽しみにしていたのですが……」
「来年も再来年もするから問題ない。それに来年には博物館ならぬ記念館も出来上がって、そこで一周年記念からユーフェミアを美しく飾り立てた今までのドレスや装飾品を飾ることになっているから、来るなら来年か再来年ぐらいがよいだろう」
「それはとても素敵ですね!」
「だろう? だから今はお腹の赤子のために時間を使ってくれ」
「ありがとうございます」
「そなたらなら立派な親になれる」
二人揃って頭を下げる様子に二人で手を振り、それから少しの間、他愛もない話をしてから通信を切った。
「リリアナ様のご懐妊、とても喜ばしいことですね」
「……」
「陛下?」
何も答えないトリスタンに首を傾げる。
「陛下……キャッ!」
肩に触れようと手を伸ばしたとき、トリスタンの身体が下にズレてユーフェミアの腰に抱きつき、頬は膝に置いた。
「いーなー! いーなー! これからルークはリリアナの大きくなるお腹に耳を押し当てて赤子の胎動を聞くんだ! 口を押し付けてぶるるるるるッ!ってやるんだ! いーなー! 僕も早くそんなことがしたい!」
子供のように足をバタつかせるトリスタンの髪をユーフェミアは優しく撫でる。
本来であれば何度かそういう経験をさせてあげられたはずなのに、自分の身体のせいでまだ一度だって経験させてやれていない。頑張っても頑張っても毎月訪れる血の日に今月も肩を落としたばかりだ。
「来ないものは来ないので仕方ないでしょう?」
でも今はそれに落ち込んだりはしない。そういう運命なのだと開き直っているから。だからといって諦めたわけではない。赤ん坊が来ていないのは仕方ない。なら来るまで根気強く待とうというだけ。
「あー! 神はなぜ僕たちにこんなにも長く試練をお与えになるのだ! ひどいじゃないか!」
「ひどいなんて言うと、もっとひどい罰が当たりますよ?」
「これ以上にひどいことなんかないじゃないか!」
「わたくしとの離婚よりですか?」
「離婚はしない! これは神が決めることじゃなくて僕が決めることだから神は関係ない! でも妊娠は違う! 神が創りたもう君の身体は神の意思一つで変わるはずだ! いつまで試練をお与えになるつもりなのか問いただしたいぐらいなのだぞ! 神がここにいれば僕は王の名の下に神を罰している!」
馬のように鼻息を荒げるトリスタンらしい姿におかしそうに笑うユーフェミアを勝手に膝枕をしたトリスタンが下からその笑顔を眺めては頬に手を伸ばす。
「だが、その試練も今年で終わるかもしれないな。僕はそう信じている」
「そうですね」
毎年そう言うトリスタンにユーフェミアは同じ言葉を返す。慰めではなく、諦めていないからそう返すだけ。
二人は子を持つには遅すぎるとさえ言われる年齢に差しかかっている。子供が成長して力をつけるのに相対するように親の体力は落ちていく。一緒に走り回ることや抱っこし続けることは困難になり、使用人に任せるようになる。
リリアナのように若ければ今年がダメでも来年と言える。今までずっとそう言い続けてきたように。だが、それもそろそろ言えなくなってしまう。時間があるとは言えないのだ。でも諦めたくない。二人は薄氷のように脆い希望に縋りついている。
しかし、二人は心のどこかで血の繋がりがある我が子に会えなくとも世継ぎができれば国の希望になる。それでいいじゃないかとも思っていた。それは国を背負う彼らの覚悟であり、使命でもある。そう思えるようになったのは最近の話。
二人は今、こう考えている。
二十一周年が迎えられる幸せが目の前にあるのだから、子がやってこないことを嘆くのはやめよう、と。
「子ができたら神に文句を言おう」
「感謝ではなく?」
「感謝もする。でも文句も言う。遅いじゃないか! 随分待ったぞ!とな」
罰当たりな王だと笑うユーフェミアの頬に触れるとユーフェミアからもその手に頬を預ける。
「僕は本当に、出会った頃からずっと同じ気持ちだ。君が好きで、君を愛していて、君だけがいればそれでいいと」
「はい」
「でも、僕は一般家庭の人間ではなく、民を子とする王であり、この国の象徴だ。子を迎えるのは義務。それを怠るわけにはいかなかった」
「はい」
「今思えば簡単なことだったのにな。養子を迎えても我が子を諦めないという選択肢もあった」
「でも我が子が欲しかった」
ユーフェミアの言葉にトリスタンが頷く。
「固執していたんだ。自分の意地よりも願いよりも民の希望を優先しなければならなかったのに」
「そうですね」
「ルークの提案を断ったのは間違いかもしれない。受けていればすぐにでも民を安心させられたのに」
「そうですね」
でも、と続けてトリスタンの手を握る。
「やはり、初子を手放すのは誰かのためであっても辛いものでしょう。若さは関係ありません。人は子を持てば等しく親になるのだから初めては全て自分で経験する権利があるのです」
「義務とも言える」
「ふふっ、そうですね。義務かもしれません。喜びも戸惑いも驚きも感謝も全て親が味わう絶対の幸せであり、手放してはいけない絶対の権利。そして育てる義務……」
その義務を全うできない者もいる。だから孤児院が存在する。望んで手放す者。手放さざるを得ない者。手放した過去に後悔する者の話を聞いたこともある。
その悲しみは所詮は他人事でしかないものの、彼女が語った悲惨な状況と胸の内に思わず涙した。
「わたくしは、陛下より少しズルい人間なので、断った理由は陛下と少し違うんです」
「君がズルい人間? 笑わせるじゃないか」
「陛下はわたくしを過大評価しすぎなんです。わたくしは陛下がおっしゃるような人間ではないのですよ?」
「じゃあ何がズルいのか聞かせてくれ。僕が判断しよう」
起き上がったトリスタンが身体ごとユーフェミアに向けて手を握る。
「わたくしは少し覚悟がしたかったのです。リリアナ様が妊娠して、初子を養子にと提案してくださったとき、喜びと同時に不安に襲われました。親になれるかどうかの不安です。母親は十ヶ月、お腹の中で脆く尊い命を育てます。苦しみや苦労の連続である十ヶ月、母となる喜びや緊張を味わいながら準備していくのだと思います。でもわたくしはそうじゃない。突然赤子がやってきて母となるのです。その覚悟が、できていないような気がして……」
子供を望み続けておきながら、実際に子供を得るチャンスが訪れると断った。彼らに言ったことは本音だが、裏もあった。それを良い顔をした自分はズルい人間だと言うユーフェミアをトリスタンが笑う。それも声を上げて。
「それでズルい? だから君はピュアだと言うんだ。十ヶ月、お腹の中で子を育てる女性はそうしたから母の自覚ができるわけじゃない。嫌でもお腹の中の我が子に自覚させられるのだろう。自分はここにいるんだとな。自分以外の命を感じる時間が十ヶ月もあれば嫌でも自覚するだろう。だが、産んだから母になれるわけじゃない。十ヶ月も育てた我が子を好き好んで手放す親もいる。母になれるかどうかはやってみなければわからないし、母だったと言えるのは子が感謝してきたときなのではないか? 両親があなたたちでよかったと」
目を瞬かせるユーフェミアの手の甲を親指で撫でながら微笑んだ。
「誰だって不安はある。僕たちには弟も妹もいないんだ。孤児院で少し触れさせてもらうだけ。それだけしか経験を持たない僕たちが不安になるのは当然だ。ルークたちに第一子を育ててほしいのも本音だ。嘘はついていない。君が君の感情をズルいと呼ぶなら僕もそれを認めよう。だけど、人は皆、どこかにズルさを持っているものだ。それを責めてくれるな」
「はい」
「では、今日から少しずつ勉強していこう。知識を得て、経験を増やそう。僕たちが迎える僕たちの子が不安にならないよう、図太いぐらいの神経で迎えられるように」
この人を愛してよかった。心からそう思うユーフェミアは涙を滲ませながらも笑顔で抱きついた。
まだもう少し時間はかかるが、ハッキリとした希望が見えた。
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