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王達の世界会議

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「最近、アルマ小国の動きが怪しい」

 王達の世界会議は王妃達と違って真面目な雰囲気の中で行われていた。

「あそこはずっと怪しいだろう」
「ミサイルを作ってるんじゃないかって話ダ」

 チューチャオの王であり、イーランの夫であるハオランからの情報に全員の表情が険しくなる。

「秘密主義国だからな」

 アルマ小国はその名の通り、国こそ小さいものの軍事力はかなりのもので、世界協定に加入していない厄介な国の一つ。協定に入っていないため規定を破ることもなければ、それについて罰を受けることもないため好き勝手できてしまうアルマを皆が警戒していた。
 独裁国家で他国の干渉を許さないため、その内情を知る者は少ない。

「ミサイルなど作ってなんのつもりだ? 戦争か? 軍事力があったところで所詮は小国。味方も少ない国が戦争を起こすメリットはないだろう」

 トリスタンが眉を寄せながら首を傾げる。
 ミサイルの所持は世界協定によって禁止されている。アルマ小国は世界協定に入っていない。だからミサイルを所持しようと廃棄を求められることもないのだ。
 戦争をすればアルマ小国のような小さな国は他国の軍事力によってあっという間に制圧されてしまう。それはアルマの王もわかっているだろうが、ミサイルを作り続けている。

「自分の国は小さくとも軍事力は世界一だと知らしめたいのさ」
「ミサイルを作っただけで誇れるような国じゃあないだろうにな」

 カルポスの王でありアイリーンの夫であるバーナードと、アルデュマの王でありダーシャの夫であるルドラが鼻で笑ってアルマ小国を見下す。

「世界から孤立する国は大きくはならん。味方からどれほどの支援を受けようとも民が豊かでなければ国は育たぬ。それがわからぬうちはあの小僧が死ぬまでアルマは変わらんじゃろう」

 白く長い顎ひげを撫でながらアルマの未来を嘆く老人に全員の視線が集まる。
 ペレニアの王でありクリスティアナの夫であるオーガスタ王だ。

「民が貧しければ国も貧しいのは当然じゃ」
「だが、貧しくともミサイルを作るだけの資金源があるのは確かだな」
「国の幹部はぶくぶくと豚のように太っているゾ。王もダ」
「国民はどうなんだ?」

 ルドラの問いかけにハオランは眉を寄せたまま首を振る。

「国民に貧富はない。悲しいかな平等に貧しい。貧しいなんてものじゃあないが、それ以上の言葉を知らない。凍えるほど寒くても着る服、履く靴がない。暑くとも飲む衛生的な水がない。汚れた川の水を飲む。そして大病を患い、医者にかかれない者が大半を占めている。それが現状ダ」

 物を食べなければ太ることはない。アルマの王や幹部が太っているのならそこに金と食料はあるということ。それなのに国民は着る服も靴も飲む水さえもない状態。生まれる国は選べない。金がなければ外にも出られず、今世を恨んで死んでいくしか方法はない。
 不満なら声を上げて自国を変えようとする国民もいる。だが、アルマの民は違う。独裁王に歯向かえばどうなるか、知らない国民はいないのだから。

「いっそ、ミサイルを撃って戦争になったほうが国民たちは楽かもしれないな」

 クライアの王でありララの夫であるレオンハルトの言葉を誰も否定はしない。貧しくとも毎日を必死に生きている者たちがいるのはわかるが、その必死さを嘲笑うように納税だなんだと搾取されるぐらいなら戦争で命を落として来世に期待したほうがマシだと思う者もいるかもしれないと考えるのは皆同じだった。

「近隣国で協定を結ぶ話はないのか?」

 ルドラがハオランを見るもハオランはかぶりを振る。

「トリスタン、気を付けろよ」
「なぜ僕なんだ?」

 心当たりがないという顔をするトリスタンに全員が「マジか……」と心の中で思っていた。

「我らの中で戦争経験がないのはアステリアだけだ。もしアルマがアステリアにミサイルを飛ばしてきたらどうする?」

 ルドラの心配をトリスタンはおかしそうに笑う。。

「アステリアは戦争はしない。参加しない、起こさない。これはアステリア建国以来何百年も守り続けてきたことだ。それを僕の代で破るわけにはいかない」
「お前が起こさなかろうと向こうが仕掛けてきたらどうすんだって話だ。逃げるのか?」
「民の命を無意味に落とすぐらいならそうする。民を避難させるさ」
「全員をか?」
「そうだ」

 無謀とも言える策だが、トリスタンのハッキリとした物言いには誰も無理だと言わなかった。
 怯えて逃げ出しそうに見える男だが、民と国のことをこの場にいる誰よりも愛しているのは周知であるため皆が納得する。本当にそうしてしまうのではないか。そして本当に彼の代でも戦争をしなかった国として語り継がれるのではないかと。

「レオンハルト、君が助けてくれるだろう?」
「ああ」
「じゃあ大丈夫だ。問題はない」

 民を逃がすのなら隣国のクライアが一番近い。国も広く、アステリアの民ぐらい受け入れられるはずだと確信があるからこその自信にレオンハルトは小さく笑う。
 アステリアには武器もなければ鎧もない。売っている武器といえば調理用の刃物かハンマーなどの建築道具ぐらい。世界で最も平和な国と呼ばれる理由がそれだ。

「アルマ小国から一番遠いアステリアを狙ったりしないだろう」
「もしアステリアまで届かせることができればアルマのミサイルは世界一だと言える。ない話ではないぞ」
「ミサイルの所持を禁止しているのだから持っているだけで世界一だろう」
「褒めるな、トリスタン」
「褒めたわけじゃない。ミサイルの危険性を知っていながら製造し、所持しているアルマの王の愚かさに感心しているだけだ」

 地図上ではアルマ小国とアステリアは一本戦で引いたように向かい合っているが、実際は地図で見るほど近くはない。アルマがどれほど高性能な長距離ミサイルを作り上げたとしても寸分狂わず届かせるのは不可能というもの。
 世界協定に加入していないといえど、世界協定でミサイルを禁止しているのは知っているはず。アステリアに狙いをつけて放ったところで届くまでに別の国の上空を通過することになる。それがどれほど危険な行為か、それがどういう意味を持つのかわからないわけではないだろうとトリスタンは肩を竦めた。

「俺の国の上空を通った時点で領空侵犯だ。撃ち落とす」
「ミサイル撃ち落とせるだけの物があんのか?」
「協定違反にならないギリギリの物を所有している。俺の国を超えさせることはない」
「はっはっは! 聞いたか? レオンハルトは心強いな!」

 正直に話すレオンハルトにトリスタンが口を開けて笑う。

「そもそも、ミサイルの資金源はどこだ?」
「たぶんだが、ウンブラだろうな」
「お前の隣国じゃないか」
「ああ。だから情報は筒抜けのように詳細に入ってくる」
「ウンブラならありえる話じゃのう」

 ルドラが王を務めるアルデュマの隣国であるウンブラもアルマ小国ほどではないといえど、王が三十年以上変わっていないことで有名。事実上の独裁国家だ。
 ウンブラも世界協定には加入しておらず、戦争大国であるため、アルマ小国と手を組んでいてもおかしくはない。
 戦争は儲かる。だから金はある。だが、もっと自分の国を大きくするためには戦争で勝利を上げ続けなければならないが、それこそクライアのような同じ戦争大国でも巨大な国と渡り合うには自国の戦力だけでは不安がある。なら他国に誇れるほどの軍事力を手にしているアルマに資金提供して強力な武器を、と考えているのかもしれない。

「アルデュマは大丈夫なのか?」
「はははッ! 俺の国だぞ? 部族は出さん。俺が単身で乗りこんでアイツの顔に拳を喰らわせてやるわ!」

 構えた拳を前に打つだけで風を起こせる筋骨隆々のルドラならやりかねないと苦笑するトリスタンだが、視線はルドラよりクリュスタリスの王であるルークに向いていた。

「僕も気を付けるが、本当に気を付けるべきなのはルークじゃないか?」

 トリスタンの言葉に全員の視線がルークに集まり、それに気付いたルークが慌てて立ち上がって拳を自分の左胸に当てる。クリュスタリスに軍はないのにルークの構えは軍人そのものでおかしそうに皆が笑った。

「クリュスタリスは特別だ。それこそ、この世界の金源と言っても過言ではない。クリスタルで造られた国など世界のどこを探してもクリュスタリスだけだ。狙う者は多いだろう」
「そう、ですね……。既に協定を結ばないかという打診が多くきています。そして、支援してもらえないかという話も」

 十六歳の若き王は連日届く下心丸出しの文に困っている様子だった。
 クリスタルで造られた美しい国。そこを一人で統治するのは難しいだろうと勝手に判断する貴族や王族がこぞって支援話を持ちかける。相手が子供だと見下して自分たちに有意なように言葉巧みに操ろうと考えているのが手紙を見ずとも手に取るようにわかる。

「私はまだ、皆様と比べることさえおこがましいほどの若輩者でございます。正直、私自身、自分が王に向いているとは思っていません。ですが、クリュスタリスの王は私しかおらず、私が揺らいでは国も揺らいでしまう。クリュスタリスは私と同じ、若すぎる国です。その国を守れるのは私だけですから、警戒を怠らないよう気を引き締めていくつもりです」

 精悍な顔立ちが放つ真面目な挨拶は見目から容易に想像ができるものだった。若さ溢るるクリュスタリスの新王ルークの決意ある表情に皆がその若さの輝きに眩しそうに目を細めながら拍手をする。十六歳でここまでハッキリとやるべきことが見え、目指すべき姿を思い描けているのなら問題ないと誰も心配はしていなかった。

「何かわからないことがあれば、なんでも聞きなさい。若き後継に座を譲らぬ老害じゃが、アドバイスぐらいはできるじゃろう」
「老害とは誰も思っていませんよ、オーガスタ王」
「現役バリバリの御仁が何をおっしゃる。あなたの若さには皆が驚かされ続けているというのに」
「オーガスタ王の若さとはなんだ?」

 ルドラとバーナードの言葉に首を傾げるトリスタンにハオランが耳打ちする。

「な、なんだと!? オーガスタ王、そなたは八十五歳でありながら愛人を二人も作り、しかも一人は二十歳で、もう一人は四十二歳だと!?」
「ホッホッホ」

 ハオランの言葉を一語一句逃さず口にしたトリスタンの驚き様にオーガスタが笑う。
 肯定はしないが、否定なきは肯定だと慌てて会議の資料をバッと後ろに放り投げたトリスタンがシャンパンとワインを持ってくるよう隅で控えていた使用人たちへ出したジェスチャーを合図に、広間はあっという間にパーティーへと雰囲気を変える。
 並べられるオードブル、チーズ、ワイン、フルーツなど王妃たちの世界会議よりもずっと豪勢な食事が並び終えるとトリスタンが立ち上がり、それに合わせてルークが座った。

「よし、では世界会議はこの辺にしておいて、この会議で最も重要な恒例行事を始めよう! 皆、この一年のユーフェミアについて知りたい気持ちはわかるが、今暫し抑えてくれ。あとで余すことなく話す。今はまず、オーガスタ王の愛人問題について議論しようではないか」

 自分も愛人を持つ身。そしてそれが理由で離婚を突きつけられている。自分より五十も年上のオーガスタが二人の愛人と現役バリバリというのでは話を聞かないわけにはいかない。
 皆すでに飽きている毎年恒例のトリスタンによるユーフェミア惚気。オーガスタに質問をし続けて時間を稼ごうと全員が思っていた。

「どういうことだ? どういう経緯でそのような年齢の愛人を囲っているのだ? なぜ若者と熟女を? なぜ二人なのだ?」
「いつになく積極的じゃのう、トリスタン」
「知りたいのだ! クリスティアナとはどういう関係を維持しているのだ? ラブラブか? それとも枯渇しているのか? それともクリスティアナにも愛人が? 二人とも現役バリバリか?」

 身を乗り出して質問責めに近いとトリスタンの頬を杖で押して元の位置に戻すオーガスタは一度、皆の顔を見回した。興味あるという顔をしている者たちに目元のシワを深めてニッコリ笑い、皆の期待に応えるよう頷いた。

「現役バリバリはワシだけじゃ。渇く暇もないとはまさにこのこと」
「乾く暇がないとはどういうことだ? 涙か? なぜ二十代と四十代なんだ? その差はなんだ?」

 二十代と四十代では色々違う。皆もそれが気になっていた。

「皆は娼館に行ったことはあるか?」

 オーガスタの問いかけに

「ない」
「あるぞ」
「ない」
「娼館がない」
「私の国も娼館はありません」
「どういう場所なのだ?」

 バーナード、ルドラ、レオンハルト、ハオラン、ルーク、トリスタンの順で答えるとオーガスタは面白そうに笑った。

「ホッホッホ。今年の世界会議は有意義なものになりそうじゃな」

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