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王妃達の想い

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「珍しいことだとは思いますけど、そこまで驚くほどのことではありませんわよ?」
「す、すみません。まさかバーナード王が男色家でいらしたとは……」

 王が愛人を囲うのと同じぐらい男色家も珍しいことではない。公にしていないだけで男色家である貴族も大勢いると聞く。
 ユーフェミアが驚いたのはバーナードが男色家だったこともそうだが、その事実をアイリーンが平然と暴露したこと。

「いつからか、聞いてもよろしいですか?」

 踏み込みすぎだろうか?

「十年前」
「突然、ですか?」
「ええ。愛人一人囲わなかった人が急に絵の中から出てきたような美青年を連れて帰ってきましたの。それからはもう毎日……」

 毎日と言ってうんざりしているような顔にその続きがなんなのか、ユーフェミアは聞かないでおいた。
 アイリーンは子供が二人いる。それも双子の男の子。二十二年前に子供を産んだ彼女は現在四十二歳。子供が十二歳、妻が三十二歳の時に男を連れ帰ったバーナードは当時、何を考えていたのか。

「夫婦の営みは?」

 ダーシャの問いは皆が一番気になったこと。

「一切なし。たぶん彼は、元々…そういう方でしたの。でも世継ぎを残さなきゃいけないから自分を偽り頑張っていただけで、本当は男性を愛したかったのだと思いますわ。世継ぎを残したら自分の義務は終わったと言わんばかりに同じベッドで寝ることもなくなりましたし」

 自分が夫の愛人の話をしたときに皆が驚いたように、長い付き合いであろうと何も知らなかった。皆それを愚痴として吐き出すことなく上手く隠していたのだ。

「リリアナ様はまだお若いから世継ぎ問題は大丈夫そうですわね。お互いの身体に問題がないかの検査は済ませまして?」
「は、はい! 問題ないとお墨付きをいただきました」
「よかったですわね。子供ができない問題は部外者が口を挟んでくることですし」

 アイリーンの言葉にユーフェミアの肩が一瞬揺れる。

「国のためを思うなら早く子供を産んで我らを安心させてください。この国の未来を担う者達に未来永劫の安心を、とか言ってきますのよ。子供産んだだけで未来永劫安心できるのかって話ですわ。結婚した翌年には産め、みたいなことも言ってきましたけど、計画的にできればやってるっつーの!ぐらいは言ってやりたかったですわね」

 久しぶりに聞くアイリーンの激しい文句に皆が笑う。リリアナは既にそのプレッシャーを受けているのか、何度も何度も大きく頷いている。

「結婚したばかりなのにもう世継ぎの話をされるんです。クリュスタリスを守っていくためには世継ぎの存在は必要不可欠だとわかっています。でも、まだ十四ですし……」
「最低でも二年は先ですわよね」
「はい……」

 十四歳で結婚して、十六歳で子供を産む。簡単なことのようで簡単ではないそれを周りは義務だと、当然のことだと当たり前のように言ってくる。そして子供ができない年は大きな溜息を吐かれ、来年は必ずと期待される。
 一年間頑張ってもできなくて、翌年も必死に頑張ったけれど妊娠できなかったときの周りの反応を見るだけで吐きそうになった。世継ぎを残すことが王妃の義務だとわかっている。皆の期待には応えたい。でもそれができないのだからどうしようもないのだ。
 リリアナが自分と同じ道を辿らないことをユーフェミアは願った。

「あの、すみません」

 一つ引っかかったユーフェミアが片手を上げると皆が注目する。

「普通は十四歳で検査をするものなのですか?」

 その言葉に皆が驚いた顔でユーフェミアを見た。

「えっと……ちょっと待って。入城する際に検査しませんでしたの?」
「え、ええ」
「したのはいつ?」
「十年前です」
「結婚して今年で二十年、でしたわよね?」
「ええ」

 絶句するアイリーンに不安になったユーフェミアはクリスティアナやダーシャを見るも同じ表情であることに思わずリリアナを見た。この天使のような清らかさを感じさせる美しい少女でさえユーフェミアを心配そうに見ている。たった十四歳の子供でも彼女は王妃。王家の門をくぐってこの場にいるのだ。王妃になる者が何をするのか知っていて当然で、知らないのはユーフェミアともう一人の女性だけ。

「ユーフェミア様、私も検査はしていません」

 クライア王国の新王妃であるララだ。シュライアの後釜である彼女は王妃であるのだからこの場にいるのは何もおかしなことではないのだが、事情がわかっていないリリアナを除いては誰もララを快く受け入れてはいなかった。
 ユーフェミアがララに自己紹介を求めなかったのは、ララに向ける皆の視線が冷たかったから。アイリーンの視線は特に。そんな中で自己紹介を頼めばリリアナとの差を見せつけられてしまうララを想像して不憫に思った。
 シュライアの話によれば、ララが結婚を迫ったわけではなくレオンハルトが恋に落ちた。それも実際はどうかわからない。この中の王妃たちは誰も、シュライアでさえ、彼が彼女と会っていたときの様子など知りはしないのだから。
 シュライアが好きだっただけに複雑な思いはあるが、クライア王国とは付き合いが長いのだから私情で厄介事へと発展は困るとユーフェミアは笑顔を見せた。

「ララ様もされなかったのですね」
「はい。もしかするとこっちの地方ではしないのかもしれませんね」

 フォローしてくれるララにユーフェミアは小さく頷くもアイリーンは黙っていなかった。

「既に正当な世継ぎがいるのにわざわざ検査する必要などないからでしょう?」
「アイリーン様」
「シュライア廃妃が三人も残してくれたんですもの。高潔な血を持つお子をね。どんな血が入ってるかわからない子を残す必要なんてな──」

 ララを見下したような発言にクリスティアナがテーブルを三回爪で叩いたことでアイリーンが口を閉じる。

「失礼がすぎますよ、アイリーン王妃。謝りなさい」

 厳しい母親が子供を叱るような鋭い言い方にアイリーンは一度唇をキュッと結ぶが逆らわず、膝の上に両手を置いて軽く頭を下げ

「言いすぎたようですわね、ごめんなさい」

 ララは苦い顔をしながらも頷いてそれを受け入れた。

「もし、トリスタン王がお子を残せない体質であるとわかっていたら、ご結婚なさいましたか?」

 トリスタンが種無しであることは国だけではなく国境を超えて他国へも伝わっている。リリアナは世界会議に参加することになった瞬間から参加国、その国の王や王妃について叩きこまれたのだろう。その際に知ったトリスタンが種無しという情報を絡めて問いかけるリリアナにユーフェミアはすぐに首を横に振った。

「いいえ」

 何か理由を、と思ったが、出てこなかった。求婚され、ときめきもないまま結婚したのは実家を救いたかったから。実家を救うことで精神不安定な母親を救いたかった。それができるだけの条件を提示してくれたトリスタンへの返事に拒否する考えはなく、ユーフェミアは十六歳を待たずして別の男と結婚することを選んだ。
 ロマンチックとは言えない真実を隠して嘘をつくことはできない。だけど、十四歳という若さで王妃として生きていくことになったリリアナに何か励ましになるような言葉を伝えたいと必死に悩んだ結果、出てきたのは

「わたくしにとって大切なのはお子ではなく、陛下なのです。王妃としての役目を果たせていないわたくしが言えばただの強がりに聞こえるかもしれませんが、彼と夫婦になって二十年。彼との結婚を後悔したことはありません」

 十年間ずっと隠し続けてくれていた夫を想う心。
 離婚したい気持ちが全て白紙に戻ったわけではない。ただ、今はシュライアが言ったように離婚しない理由がある。離婚は彼への愛が冷めきってからでも遅くはない。そのときはきっと彼がなんと言おうと揺らがないはずだから。

「わたくしもリリアナ様と同じく、十四歳で王妃となりました。わたくしは貴族の出ではなく、下町の小さな花屋の娘だったんです。だから礼儀作法も何も知らないただの小娘で……教育係は、あの頃はとても苦労したと二十年経った今でもまるで昨日の出来事のように言うんですよ」
「お辛くは、なかったのですか?」
「辛かったです、とても。逃げ出したいと思う日が一年は続きました」
「一年も……」
「ですが、教育係の根気強さのおかげで一年で済みました」

 毎日言われていた『こんなこともできないのでは立派な母になれませんよ!』の言葉。ユーフェミアはいつも心の中で『母としての見本が実家の母しかいないのだから私の現状は間違っていない』と何度も抗議していた。それも今となっては懐かしい思い出になっている。

「リリアナ様は何かお辛いことがおありなのですか?」
「いいえ。……ただ……何もないから、不安なのです」
「何もない?」

 一度俯いてから顔を上げたリリアナの表情には苦しみが見え、ユーフェミアは首を傾げる。

「両親は、わたくしにこう言いました。苦労なき人生に価値はない、と。わたくしはまだ、苦労をしていません。人に恵まれ、環境に恵まれ、今こうして王妃の座に就いています。陛下はとてもお優しい方で、使用人も心暖かな者ばかり。わたくしはまだ何の苦労もしていないのです」

 十四歳の子供が親に言われた言葉を信じ、苦労をしていない状況に自分が置かれていることを不安がるなど聖人でもありえないのではないかとユーフェミアは思った。

「リリアナ王妃は公爵家出身でしたっけ?」

 アイリーンの問いかけにリリアナが頷く。

「公爵家の者が、苦労なき人生に価値はない、などと言うとは驚きです。素晴らしいご両親ですね」
「ありがとうございます!」

 クリスティアナの優しい声に嬉しそうに笑うリリアナの年相応の笑顔に皆がつられて笑顔になった。

「ですが、あなたが今抱えている不安はすぐに解消されるでしょう。苦労するのはこれからなのですから」
「そう、でしょうか?」
「国を背負うことがどういうことか、ルーク王を支えながら知ることになるでしょう。その時、あなたは妻として、王妃として、自分に何ができるのか、何をすべきなのかに悩み、苦しむ日がやってくるはずです」

 真っ直ぐクリスティアナの目を見つめて一度頷くリリアナの表情からリリアナの真面目さが伝わってくる。

「苦労なき人生に価値はない。その通りです。苦労して乗り越えたことがあるから自分を誇れるのです。誇りは自信となり、自信は力となる。そしてその力で乗り越えたことがまた一歩を踏み出す糧となる。延々とその繰り返しですよ。嫌なことや辛いことがあっても、それを繰り返していれば折れずにいられます」
「クリスティアナ様は今も苦労をなさっておられるのですか?」
「ええ、夫という巨大な問題に苦労していますよ」

 冗談か本気かわからない明るいクリスティアナの声。

「もし、陛下が浮気に走られたとき、わたくしは……どうしたらいいのでしょう?」
「心のままに動きなさい。ただし、陛下の前でだけです。頬を叩いて怒鳴るもよし、自分も浮気すると宣言するもよし」
「ええっ!? そ、そんなことをしたら──」
「脅しはいくつか持っておくべきですよ。私も今、陛下を脅している最中ですから」

 クリスティアナがウインクをするとリリアナがポカンと開いていた口を閉じてクスッと笑った。八十二歳の最年長のアドバイスを十四歳という最年少はどう受け取ったのだろうか。
 この席に座ってから緊張と不安で怯えていたのが嘘のように明るい表情を見せるリリアナにユーフェミアは安堵していた。

「でも本当ニ、浮気なんてあつかましいネ」
「愛人を浮気とするかどうかは国次第なのよ、イーラン」
「それはわかってるヨ。でも、愛人作るメリットないネ。妻怒る、わかってるデショ? なのに夫、ナゼそれわからない?」
「キレイ事を言うなら、一人に注ぐには大きすぎる愛を持ってるから、とか」
「キレイ事すぎるヨ」
「イーランの国じゃそうよね」

 ダーシャの国は愛人がいて当たり前。イーランの国は愛人は許されない。考え方は相容れずともお国柄だと互いにわかっている。

「アルデュマでは貴族達も愛人を?」
「そうね。ほとんどの貴族が愛人を囲ってると思うわ」

 王がそういう方針を取ったのだから貴族がそうしていてもおかしな話ではない。愛人を囲い、それを浮気としない国が実際に存在する。それとは反対に愛人を囲い浮気は違法とする正反対の国もある。だが、ユーフェミアの国アステリア王国はどちらでもない。愛人を囲うことは甲斐性にはならないし、罪にもならない。一般市民と王族は根本的に何かもが違う。一般人として生まれ育ったユーフェミアは愛人問題にどう向き合うべきか、考えがまだまとまらないでいる。

「愛人を理由に離婚しようとは思わなかったのですか?」

 ユーフェミアはクリスティアナとアイリーンを見た。二人は若い時から夫が愛人を作っている。アイリーンは十年前、クリスティアナに至っては六十年前から夫に愛人がいる生活を送っている。それでも離婚しないのはなぜなのか、聞いてみたかった。

「イーラン王妃のチューチャオのように愛人を違法とする国ではそう考えるのが一般的でしょうね。ダーシャ王妃のアルデュマであれば愛人で離婚などありえない話。私やアイリーン王妃、そしてユーフェミア王妃のような国はそれについて法律はありませんから離婚という言葉を出しても色々考えてしまうでしょうね」
「はい……」
「これはあくまでも私が離婚しなかった理由です。それが正しいというわけではないことを前置きにして話しますね」

 居住いを正して一度深呼吸をしてからゆっくり頷いたユーフェミア。

「時代が違う、というのもあると思います。私の時代は、夫に愛人ができたからと妻が離婚を持ち出すなんて許されることではありませんでした。女が寄ってくるほど魅力的だと、女を囲えるだけの財力があるのだと誇りに思えと言われていたぐらいです。だから、というのも一つの理由ではありますが……」

 少し間を空けたクリスティアナ。

「夫を愛している、というのが一番の理由だと思います」

 シンプルすぎる理由だが、何よりも納得できる理由だった。

「離婚について考えなかったわけではありません。頭の中では何百回、何千回と離婚を突きつける自分を想像していました。でも、考える度に迷うのです。本当に離婚を口にして後悔しないだろうかと。その時点で、ああ、私はこの人と離婚したくないんだ。私の夫はこの人しかいないんだと、答えが出るのです」

 その言葉に嘘はないのだろうと思わせる笑顔がユーフェミアに眉を下げさせる。自分も同じことを考えている。何度も何度も浮かんでくる離婚の言葉。直接伝えても結局はまだ離婚していないし、離婚してもいいのかと迷ってさえいる。それはクリスティアナが言うようにトリスタンを愛しているから。

「ちなみに昨日も考えていましたよ」
「昨日も!?」
「だって、アステリア王国で女性を口説く気満々でしたから。まだ愛人を作るつもりかと思ったら腹が立ってしょうがなかったので、頭の中で花瓶とロウソク立てで殴打する想像で済ませましたけど。首まで棺桶に浸かっているのに今更離婚だと騒ぐのもはしたないですしね」
「さ、さすがです……」

 六十年。半世紀以上、夫に愛人がいることに耐えてきた女性はやることが違うと必要以上に瞬きを多くしながら引き笑いをして「参考にします」と答えた。

「クリスティアナ様はまだオーガスタ王を愛しておられですのね」

 感心したように言うアイリーンの言葉はやはりバーナードへの愛はないと聞こえてしまう。

「私は今の地位を捨てたくないから離婚しないだけですわ」
「地位、ですか」

 誰でも王妃になれるわけではない。愛人が妻に変わろうと所詮は第二、第三という立ち位置で正妻ほど強くはない。正妻とはそれだけで特別なのだ。

「夫のことさえ諦めれば王妃のままでいられる。子供は可愛いし、民も大事。私はカルポスが好きですし、他の女がカルポスの王妃になる姿なんて見たくありませんもの」

 ユーフェミアもそれには同意する。離婚が成立して廃妃になったとしても次の王妃の存在は知りたくない。

「国を、民を愛してますの。夫からの愛情がないだけで離婚なんて大騒ぎしませんわ。私の場合、夫の相手は男で、それもとんでもなく美青年。フィールドが違うのに戦うなんてバカらしいでしょう? それに、カルポスでは同性婚は許されていない。あの人が法律を変えない限り、王だって結婚はできない。だから愛人に王妃の座を奪われて廃妃になる心配もない。浅ましい女が後釜なんて耐えられませんわ」

 愛人が女であれば正妻の座を脅かされる可能性がある。だが男であれば奪われる可能性はゼロであり、しがみつきたい王妃の座を脅かされることもなく暮らしていける。だからアイリーンは夫のバーナードと喧嘩もしないし、受け入れているから仲も悪くない。
 そういうことかと納得したユーフェミアは参考にはならなかったものの、考え方の一つとして受け取ると軽く頭を下げるが、その際に見えた隣に座るララの手がグッと拳に変わるのを見て顔を上げた。

「私が、シュライア様を廃妃に追い込んだと言いたいのですか?」
「あら、そんなこと言ってませんわ。被害妄想がお得意ですのね」

 アイリーンの言い方は誰が聞いてもララへの当てつけに聞こえた。同じ初参加であるリリアナは大歓迎されて、自分は略奪者扱いされる立場に耐えられる者などいないだろう。ましてや嫌味を向けられるなら逃げだしたくなっているはずだ。だが、王たちの会議が終わらなければ帰れない。苦しい立場にララは感情が抑えきれず噴火する。

「私は何も望んでなんていませんでした! 彼が……レオンハルト様が王であることも知らなかったんです! 名前も変えられていましたし、お顔だって拝見したことは──」
「貧困街の人間じゃあ見たことがないのは確かですわね」
「ッ! 現王妃は私です! 無礼じゃありませんか!」
「無礼? 無礼っていうのはね、国を愛し守り続けてきた女性を、男を誘うことしか能がない女が廃妃に追いやったことを言いますのよ!」

 テーブルの上で紅茶が揺れるほど強くテーブルを置いて立ち上がるアイリーンとララ。二人の間で火花が散り、ダーシャとイーランが呆れ顔で首を振り、リリアナはどうすればいいのかとオロオロするばかり。ユーフェミアはクリスティアナの反応を窺っていた。

「追いやったと言いますが、レオンハルト様は私を選んでくれたんです! 愛人でも第二王妃でもなく、私を正妻にしたいと言ってくれたんですから!」
「いい年して何が正しいのかさえわからないなんてレオンハルト王も──」
「アイリーン様それ以上は──!」
「アイリーン王妃、それ以上は許しません」

 他国の王妃が他国の王を貶すなど許される事ではないと慌てて止めようとしたユーフェミアより声は小さくとも、鋭い針のように入ってきた声がアイリーンとララを黙らせる。

「アイリーン王妃、ご自分が何を言おうとしていたのか自覚がおありですか? ララ王妃があなたの発言をレオンハルト王に伝えればどうなるか、聡明なあなたなら簡単に想像がつくはずです」
「それは──」

 苦い顔を見せるアイリーンも感情的になったことはわかっているが、シュライアを思うあまりララを認めず攻撃的になってしまった。

「レオンハルト王は感情的になる方ではありません。ですが、もし、万が一にでも事が起こった場合、王妃であるあなたが責任を取ることはできませんよ。責任は王であるバーナード王が取ることになるとお忘れなく」

 レオンハルト王はバカではない。シュライアと離婚してまでララを王妃にするほど惚れてはいるのだろうが、たった一度の侮辱で戦争をしかけるほど愚かな選択はしないはず。それでも、クライアの現王妃であるララ相手にクライアの王を侮辱するような発言は誰も許しはしない。
 仲が良いダーシャやイーランでさえアイリーンを庇いはしなかった。

「私はシュライア様が──」
「言い訳はけっこうです。どんな理由であろうと侮辱は侮辱。あなたの言おうとしたことは、王妃として許されることではありません」
「すみません……」
「謝罪は私ではなくララ王妃に。そしてあなたは退場です」
「ッ!?」
「退場です」

 久しぶりに聞いたクリスティアナからの〝退場〟という言葉。これは、お茶会から出て、夫が戻るまで馬車の中で待機しろという命。
 どれほど頭を下げて謝ろうと撤回されることはない。
 アイリーンがララに放った言葉はそれだけ愚かなものだった。

「大変、申し訳ありませんでした。ご無礼をお許しください」
「……わかりました。でも二度と──」
「ララ王妃、言いたいことはわかりますが、余計な言葉は不要です」

 二度と言わないでほしいという願いを口にすることも今この場では許されない。謝罪を受け入れるだけで終わらせるほうがいいのだ。それぐらい言ってもかまわないだろうと言ってしまうと厄介なことになる場合もある。アイリーンはそこまで執念深い性格ではないと思っているが、実際のところは皆、腹の奥底はわからないのだ。

「皆様、お騒がせして申し訳ございませんでした。どうかお許しください」

 誰も言葉にはしなかったが、アイリーンが顔を上げた時に頷いてみせた。

「失礼いたします」

 追い出されたのはアイリーン。ララは一層気まずくなってしまったことで複雑な表情を浮かべながら黙って座り、俯いていた。それから暫く、誰も何も話そうとはしなかった。

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