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第3章
6.コール(1)
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振り向こうとしたとたん、ぐい、と首を押さえつけられ、血の気が引くのがわかった。
前に座った伊吹がゆっくりと視線を京介の頭の上に上げる。
「どういうことだ、と聞いてるんだぞ」
「っっ」
後ろから掴まれた首に力が加わり、指先が喉に食い込んでくる感触に動けなくなる。全身から冷や汗が吹き出し、脚が小刻みに震える。
「この女が、何でここにいる、京介」
ぐうっと今度は体ごとのしかかるように体重をかけられ、肩に顎をのせるように屈まれて、耳元で冷笑された。
「それとも何か、この女に見てもらいながら、っていうのが好みなのか」
俺は一向に構わないがな。
くつくつと低く響いた大輔の笑い声に必死に視線を動かしてロビーの時計を見た。
20時45分。
大石が来るのにはまだ時間がある、ありすぎるほどだ。
跳ね返さなくちゃ。
こんなに必死に肘掛けを掴んでいるんじゃなくて、震えながら椅子に蹲っているんじゃなくて、一気に立ち上がって振り払うとか、それが駄目ならとにかく逃げて。
そう思いながらも、まるで縛られたみたいに動けなくなって、京介は唇を噛みしめた。
悔しい。
悔しい。
なんで動けない。
なんでただ、首を押さえられただけで、伊吹さんの前で、大輔なんかに。
「それならそうと」
「…っい」
いきなりべろりと耳をねぶられて体中が粟立った。ぎょっとした顔になった伊吹の凝視に顔が熱くなって視界が歪む。
こんな場所で。しかも伊吹さんの目の前で。
嫌だ。
嫌だ、なのに。
動けない。
「京介?」
大輔がくすくす笑った。
「感じてきてるのか?」
促されて思わず見下ろす視界、俯いて晒された首に指が這い込み広げられて、ねっとりとした唇を寄せられて吸いつかれる痛み、頭の中でフラッシュバックするのは駅のトイレ、はっきり思い出す、そうだあの時も。
首に、キスマークを、残されてる。
伊吹はそれに気付いていた? だからあれほど確信をもって京介を追求した?
京介が意識の外に放り捨てた記憶を伊吹はきちんと拾い上げて、ならば、京介が話した以上に大輔の指に声を上げて感じたことも気付いてて、だからあんなにいじめられて、それに京介は腰を振って喜んで、じゃあ伊吹もほんとは嘲笑してた? 京介が快感に溺れるのを軽蔑してた?
「こいつが何をされて喜んだか教えてやろうか」
「…い…やだ…」
声が震える。喘ぎながら伊吹の視線を捉えて、その揺らがない眼に大輔に弄ばれるのを凝視されるだけかもしれないと不安になる。混乱と伊吹に触られたときの興奮が入り混じって何がなんだかわからなくなる。明らかに立ち上がってくる腰の炎が、京介がどれほど堕ちているのか知らせるようで、築いたはずの信頼も繋げたはずの気持ちも全部粉々になった気がして、助けてとも言えなくなる。
「今目の前でやってみせてやろうか」
「……い…」
こんなロビーでそんなことをされるわけがない、そう頭ではわかっているのにがくがく体が震え出して、そのまま視界が暗転しそうになったとき、伊吹がゆっくり立ち上がるのが見えた。
見捨て、られる?
泣きそうになりながら息を乱して伊吹を見上げる。
みっともない情けない、どこでもいつでもこんなことされて、嫌がってるのに逃げなくて、だから見捨てられて当然かもしれない、けど。
伊吹さん。
伊吹さん。
置いてかないで。
ボクヲ、コイツノ、オモチャニ、スルノ?
響いた小さな声を京介は聞く。
ああ、そうだ、と突然気付いた。
大輔の陵辱にも傷ついた。けれど、なお傷ついたのは、その状況を黙認している両親の応対にだ。
京介が死にそうになっているのに気付いただろうに、自分達の安定した世界を守るために、長男がそんなことをしていると認めないがために、京介の苦痛も助けを求める悲鳴もないことにした。
だから京介は諦めたのだ、誰も助けてくれないのだ、と。
助けてもらう価値など、きっと自分にはないのだ、こんなことで感じて喜んで楽しんでいる自分には。
楽しんでなんかいなかったのに。
身体が教えられた通りに反応しても、いつも吐くほど苦しくてずたずたになって何も食べられなくて寝込んで、なのにそこで暴かれる、両親がそしらぬ顔で出かけるたびに。時には帰ってきているのに声を出すなと言われながら責められて。それも気持ちいいんだろうと詰られて。そして、確かに追い詰められた感覚は、常よりもうんと早く強く弾かれて、それをまた淫乱なんだと嘲笑われて。
見られたくなかった。
両親に助けてほしかった、けれどそれは、同時に京介が感じていることも見られてしまう。見られた瞬間に強ばる顔が想像できた、ただでさえ微妙な自分と両親の距離が決定的に開いて、見捨てられる。
そうだ、僕は気付いてた、自分があの家ではやっかいものなんだと。
でも、他に行くところなんてなかったから。
それに気付けば、孝と同じことになるから。
行くところなんかない。だからここに居るしかない。ここで大輔におもちゃにされているしかない。
動けない。
動けない。
助けも求められない、そんなものを背負える人間なんていない。
「あんたは知らないんだろ」
ロビーのざわめきに紛れて、大輔が耳元で嗤う。
「こいつが一番喜ぶのは、こうやって無理矢理ヤられることなんだ」
「…っ」
指がスーツの胸を這い、息を呑む。
まさか、まさか、大輔、こんなところで。
「たとえば、こんな場所でな、誰が声を聞くかわからないようなところで、喘いだり」
「う…」
指先が戻ってきて喉を撫で上げ、顎にあたって押し上げる、まるで伊吹に顔を見せるように。
見下ろした伊吹と視線が合う。
吐きそう。
喉が鳴る。耳鳴りがして視界が眩む。
動けない。
動けないまま。
「感じてる顔を見られたり、こんなになっているところを暴かれたり」
「ぐっ」
すとんと落ちた大輔の手が股間に滑って吹き上がりそうになった吐き気を堪えた。
伊吹が不愉快そうにゆっくり眼を細める。
「いい声だろ」
だめだ。
もう、だめだ。
もう、壊れる、しか、ない、んだ。
「あんたはこいつをこんなふうに啼かせられるのか?」
前に座った伊吹がゆっくりと視線を京介の頭の上に上げる。
「どういうことだ、と聞いてるんだぞ」
「っっ」
後ろから掴まれた首に力が加わり、指先が喉に食い込んでくる感触に動けなくなる。全身から冷や汗が吹き出し、脚が小刻みに震える。
「この女が、何でここにいる、京介」
ぐうっと今度は体ごとのしかかるように体重をかけられ、肩に顎をのせるように屈まれて、耳元で冷笑された。
「それとも何か、この女に見てもらいながら、っていうのが好みなのか」
俺は一向に構わないがな。
くつくつと低く響いた大輔の笑い声に必死に視線を動かしてロビーの時計を見た。
20時45分。
大石が来るのにはまだ時間がある、ありすぎるほどだ。
跳ね返さなくちゃ。
こんなに必死に肘掛けを掴んでいるんじゃなくて、震えながら椅子に蹲っているんじゃなくて、一気に立ち上がって振り払うとか、それが駄目ならとにかく逃げて。
そう思いながらも、まるで縛られたみたいに動けなくなって、京介は唇を噛みしめた。
悔しい。
悔しい。
なんで動けない。
なんでただ、首を押さえられただけで、伊吹さんの前で、大輔なんかに。
「それならそうと」
「…っい」
いきなりべろりと耳をねぶられて体中が粟立った。ぎょっとした顔になった伊吹の凝視に顔が熱くなって視界が歪む。
こんな場所で。しかも伊吹さんの目の前で。
嫌だ。
嫌だ、なのに。
動けない。
「京介?」
大輔がくすくす笑った。
「感じてきてるのか?」
促されて思わず見下ろす視界、俯いて晒された首に指が這い込み広げられて、ねっとりとした唇を寄せられて吸いつかれる痛み、頭の中でフラッシュバックするのは駅のトイレ、はっきり思い出す、そうだあの時も。
首に、キスマークを、残されてる。
伊吹はそれに気付いていた? だからあれほど確信をもって京介を追求した?
京介が意識の外に放り捨てた記憶を伊吹はきちんと拾い上げて、ならば、京介が話した以上に大輔の指に声を上げて感じたことも気付いてて、だからあんなにいじめられて、それに京介は腰を振って喜んで、じゃあ伊吹もほんとは嘲笑してた? 京介が快感に溺れるのを軽蔑してた?
「こいつが何をされて喜んだか教えてやろうか」
「…い…やだ…」
声が震える。喘ぎながら伊吹の視線を捉えて、その揺らがない眼に大輔に弄ばれるのを凝視されるだけかもしれないと不安になる。混乱と伊吹に触られたときの興奮が入り混じって何がなんだかわからなくなる。明らかに立ち上がってくる腰の炎が、京介がどれほど堕ちているのか知らせるようで、築いたはずの信頼も繋げたはずの気持ちも全部粉々になった気がして、助けてとも言えなくなる。
「今目の前でやってみせてやろうか」
「……い…」
こんなロビーでそんなことをされるわけがない、そう頭ではわかっているのにがくがく体が震え出して、そのまま視界が暗転しそうになったとき、伊吹がゆっくり立ち上がるのが見えた。
見捨て、られる?
泣きそうになりながら息を乱して伊吹を見上げる。
みっともない情けない、どこでもいつでもこんなことされて、嫌がってるのに逃げなくて、だから見捨てられて当然かもしれない、けど。
伊吹さん。
伊吹さん。
置いてかないで。
ボクヲ、コイツノ、オモチャニ、スルノ?
響いた小さな声を京介は聞く。
ああ、そうだ、と突然気付いた。
大輔の陵辱にも傷ついた。けれど、なお傷ついたのは、その状況を黙認している両親の応対にだ。
京介が死にそうになっているのに気付いただろうに、自分達の安定した世界を守るために、長男がそんなことをしていると認めないがために、京介の苦痛も助けを求める悲鳴もないことにした。
だから京介は諦めたのだ、誰も助けてくれないのだ、と。
助けてもらう価値など、きっと自分にはないのだ、こんなことで感じて喜んで楽しんでいる自分には。
楽しんでなんかいなかったのに。
身体が教えられた通りに反応しても、いつも吐くほど苦しくてずたずたになって何も食べられなくて寝込んで、なのにそこで暴かれる、両親がそしらぬ顔で出かけるたびに。時には帰ってきているのに声を出すなと言われながら責められて。それも気持ちいいんだろうと詰られて。そして、確かに追い詰められた感覚は、常よりもうんと早く強く弾かれて、それをまた淫乱なんだと嘲笑われて。
見られたくなかった。
両親に助けてほしかった、けれどそれは、同時に京介が感じていることも見られてしまう。見られた瞬間に強ばる顔が想像できた、ただでさえ微妙な自分と両親の距離が決定的に開いて、見捨てられる。
そうだ、僕は気付いてた、自分があの家ではやっかいものなんだと。
でも、他に行くところなんてなかったから。
それに気付けば、孝と同じことになるから。
行くところなんかない。だからここに居るしかない。ここで大輔におもちゃにされているしかない。
動けない。
動けない。
助けも求められない、そんなものを背負える人間なんていない。
「あんたは知らないんだろ」
ロビーのざわめきに紛れて、大輔が耳元で嗤う。
「こいつが一番喜ぶのは、こうやって無理矢理ヤられることなんだ」
「…っ」
指がスーツの胸を這い、息を呑む。
まさか、まさか、大輔、こんなところで。
「たとえば、こんな場所でな、誰が声を聞くかわからないようなところで、喘いだり」
「う…」
指先が戻ってきて喉を撫で上げ、顎にあたって押し上げる、まるで伊吹に顔を見せるように。
見下ろした伊吹と視線が合う。
吐きそう。
喉が鳴る。耳鳴りがして視界が眩む。
動けない。
動けないまま。
「感じてる顔を見られたり、こんなになっているところを暴かれたり」
「ぐっ」
すとんと落ちた大輔の手が股間に滑って吹き上がりそうになった吐き気を堪えた。
伊吹が不愉快そうにゆっくり眼を細める。
「いい声だろ」
だめだ。
もう、だめだ。
もう、壊れる、しか、ない、んだ。
「あんたはこいつをこんなふうに啼かせられるのか?」
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