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29、季節は巡る
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アデルとミアが初めて出会った日から季節は巡り、人間界では至るところに花々が咲き誇る新緑の季節となった。アデルやミアの暮らす城の庭園は、例年通りたくさんの花が咲き、うっとりしてしまうような景観である。
城の人間はもちろん、各国の要人や魔界の重鎮が集められた庭園に、今しがた教会で愛を誓ったばかりの夫婦が姿を見せた。
ウェーブのかかった赤い髪の花嫁は魔族の証であるツノを隠しておらず、ツノの周りには庭園で咲いた生花を飾っている。プリンセスラインのドレスにはたくさんのリボンとフリルがあしらわれ、その愛らしい顔によく合ったデザインであったが、魔界の花嫁が着ることの多い漆黒であった。
この地の王族の結婚式では伝統的に白を着ることになっていたが、花婿も花嫁に合わせて黒の花婿衣装を身にまとっている。
「本日はご多用の所、私たちの結婚披露宴におこしいただき、誠にありがとうございました」
花嫁花婿衣装に身を包んだミアとアデルが揃って頭を下げると、集まった人々からまばらな拍手が起こった。
「私たちが初めて出会ったのは、ちょうど五年前の同じ日付でした。無事に今日という日を迎えることが出来たのも、ひとえに皆様方のご理解ご支援があってのことでございます」
出会った当時のことを思い出しているのだろうか。アデルが隣にいるミアを見て微笑むと、ミアも穏やかな笑みを返す。
「皆様から頂いた温かいお祝いを胸に、本日より新たな気持ちで妻ミアと子どもたち、そして我が国の民と共に人生を歩んでいきたいと存じます。
まだまだ未熟な二人でございますので、皆様には色々とご迷惑をお掛けする事もあるかと思います。今後ともご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます。
これからどんなときも人間界魔界問わずに力を合わせて助け合い、明るく笑顔の絶えない世界を築いていきたいと存じますが、私と妻だけの力では実現出来ません。
大変恐縮ではございますが、皆様方のご尽力なしでは実現不可能なことでございますので、どうかお力をお貸し頂けますと幸いです」
アデルの挨拶の後、アデルとミアが揃って深々とお辞儀をすると、その場にいる全員からわれんばかりの拍手が巻き起こった。
「おお、アデル……。立派になって……」
それを見ていたアデルの父である現国王は、ホロリと涙を溢す。妃もそれに同意するかのように大きく頷き、レースのハンカチで顔を覆った。
「お父様、お母様。皆様がご覧になっていらっしゃいます。そのようなお姿をお見せしては、一国の王と妃としての威厳が保てませんわ」
アデルの姉であるソフィーが両親を咎めると、ミアの兄でソフィーの夫であるデリックが彼女の肩をポンと叩く。
「うちも似たようなもんだ」
苦笑した夫の視線の先を辿ると、そこにはソフィーの舅である魔王がいた。今年生まれたばかりのミアたちの娘を抱いている魔王の目ははっきりと潤んでいて、ソフィーは「まあ……」と小さく声を漏らす。
「ミアを人間界にやると決めた時から、父上はミアの花嫁姿を見ることは諦めていらっしゃったからな。感無量といったところだろう」
退屈し始めて足をバタつかせる三歳の息子を抱え直しながらも、デリックは父のフォローをいれる。
「そうでございましょうね」
ソフィーは呆れたようにそう返したが、その青い瞳は優しい光を宿していた。
「とうさまぁ! オレ、遊びたい! 双子と遊んできてもいい?」
「ああ、いいぞ。迷惑かけないようにな」
「はぁい!」
デリックが息子を降ろすと、ミアとアデルの息子である双子の元へとかけていく。
双子の男の子は、庭園で使い魔リリスを追い回し、かけっこをしているところだった。デリックの息子を見つけたリリスは、また子どもが増えたと嫌そうな顔をしたが、なんだかんだ一緒に遊んでやっている。
双子も、デリックの息子と同じく今年で三歳。父譲りの真っ赤な髪を持つデリックの息子にはツノが生えていなかったが、金髪に青い目をした双子の男の子たちは二人ともツノが生えていた。
だが、ツノのあるなし関係なしに三人はとても仲が良く、会えばいつも一緒に遊んでいる。
庭園のあちこちでも、魔族と人間が会話をする様子が見られた。
「ようやく、ここまできたな」
「ええ、あなた」
息子たちが一緒になって駆け回る姿や魔族と人間が言葉を交わすのを見たデリックは、感慨深い様子でそう言った。ソフィーもすぐに夫の言葉に同意する。
「魔界と人間界が友好を築くことが出来る日など来ないだろうと思ったこともあったが、こんな日が迎えられるのなら待ったかいがあった」
「……本日まで、本当に色々なことがございましたね」
ミアとアデル、そしてデリックとソフィーが出会ってから五年が過ぎた。
本来であれば、二組とも五年前に式を挙げているはずであった。
しかし、人間界では結婚式当日にミアが拐われるという事件が起こり、また魔界でも結婚式の数日前にソフィーが暗殺されそうになるといった事件が起こってしまったのである。
二つの事件を受け、魔界人間界双方で話し合い、式を挙げて大々的にお披露目をするのは落ち着いてからにしよう、ということになったのだ。
五年という歳月が流れてしまったが、王や妃、魔王、それから若い夫婦の尽力のかいがあり、ようやく今日という日を迎えることが出来た。
「次は、俺たちの番だな」
「はい、そうでございますね」
デリックがだいぶお腹の大きくなった妻の腰を抱き寄せると、ソフィーも夫に身を寄せる。
何千年も前から人間と魔族は争い、殺し合い、憎み合ってきた。状況が落ち着いたとはいえ、未だに融和路線に根強く反対する者たちがいることも事実である。
表面上は友好に理解は示しても、この場にいる各人も心のうちではどう思っているのかは分からない。人間と魔族が心から信頼し合い、親しくなるのは、容易なことではないだろう。
しかしそれでも、今では魔界と人間界の行き来もしやすくなり、民間での交流も増えてきた。
ミアとアデル、デリックとソフィーのように魔族と人間が愛し合い、友となる日が来ることも、そう遠くない未来のことなのかもしれない———。
城の人間はもちろん、各国の要人や魔界の重鎮が集められた庭園に、今しがた教会で愛を誓ったばかりの夫婦が姿を見せた。
ウェーブのかかった赤い髪の花嫁は魔族の証であるツノを隠しておらず、ツノの周りには庭園で咲いた生花を飾っている。プリンセスラインのドレスにはたくさんのリボンとフリルがあしらわれ、その愛らしい顔によく合ったデザインであったが、魔界の花嫁が着ることの多い漆黒であった。
この地の王族の結婚式では伝統的に白を着ることになっていたが、花婿も花嫁に合わせて黒の花婿衣装を身にまとっている。
「本日はご多用の所、私たちの結婚披露宴におこしいただき、誠にありがとうございました」
花嫁花婿衣装に身を包んだミアとアデルが揃って頭を下げると、集まった人々からまばらな拍手が起こった。
「私たちが初めて出会ったのは、ちょうど五年前の同じ日付でした。無事に今日という日を迎えることが出来たのも、ひとえに皆様方のご理解ご支援があってのことでございます」
出会った当時のことを思い出しているのだろうか。アデルが隣にいるミアを見て微笑むと、ミアも穏やかな笑みを返す。
「皆様から頂いた温かいお祝いを胸に、本日より新たな気持ちで妻ミアと子どもたち、そして我が国の民と共に人生を歩んでいきたいと存じます。
まだまだ未熟な二人でございますので、皆様には色々とご迷惑をお掛けする事もあるかと思います。今後ともご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます。
これからどんなときも人間界魔界問わずに力を合わせて助け合い、明るく笑顔の絶えない世界を築いていきたいと存じますが、私と妻だけの力では実現出来ません。
大変恐縮ではございますが、皆様方のご尽力なしでは実現不可能なことでございますので、どうかお力をお貸し頂けますと幸いです」
アデルの挨拶の後、アデルとミアが揃って深々とお辞儀をすると、その場にいる全員からわれんばかりの拍手が巻き起こった。
「おお、アデル……。立派になって……」
それを見ていたアデルの父である現国王は、ホロリと涙を溢す。妃もそれに同意するかのように大きく頷き、レースのハンカチで顔を覆った。
「お父様、お母様。皆様がご覧になっていらっしゃいます。そのようなお姿をお見せしては、一国の王と妃としての威厳が保てませんわ」
アデルの姉であるソフィーが両親を咎めると、ミアの兄でソフィーの夫であるデリックが彼女の肩をポンと叩く。
「うちも似たようなもんだ」
苦笑した夫の視線の先を辿ると、そこにはソフィーの舅である魔王がいた。今年生まれたばかりのミアたちの娘を抱いている魔王の目ははっきりと潤んでいて、ソフィーは「まあ……」と小さく声を漏らす。
「ミアを人間界にやると決めた時から、父上はミアの花嫁姿を見ることは諦めていらっしゃったからな。感無量といったところだろう」
退屈し始めて足をバタつかせる三歳の息子を抱え直しながらも、デリックは父のフォローをいれる。
「そうでございましょうね」
ソフィーは呆れたようにそう返したが、その青い瞳は優しい光を宿していた。
「とうさまぁ! オレ、遊びたい! 双子と遊んできてもいい?」
「ああ、いいぞ。迷惑かけないようにな」
「はぁい!」
デリックが息子を降ろすと、ミアとアデルの息子である双子の元へとかけていく。
双子の男の子は、庭園で使い魔リリスを追い回し、かけっこをしているところだった。デリックの息子を見つけたリリスは、また子どもが増えたと嫌そうな顔をしたが、なんだかんだ一緒に遊んでやっている。
双子も、デリックの息子と同じく今年で三歳。父譲りの真っ赤な髪を持つデリックの息子にはツノが生えていなかったが、金髪に青い目をした双子の男の子たちは二人ともツノが生えていた。
だが、ツノのあるなし関係なしに三人はとても仲が良く、会えばいつも一緒に遊んでいる。
庭園のあちこちでも、魔族と人間が会話をする様子が見られた。
「ようやく、ここまできたな」
「ええ、あなた」
息子たちが一緒になって駆け回る姿や魔族と人間が言葉を交わすのを見たデリックは、感慨深い様子でそう言った。ソフィーもすぐに夫の言葉に同意する。
「魔界と人間界が友好を築くことが出来る日など来ないだろうと思ったこともあったが、こんな日が迎えられるのなら待ったかいがあった」
「……本日まで、本当に色々なことがございましたね」
ミアとアデル、そしてデリックとソフィーが出会ってから五年が過ぎた。
本来であれば、二組とも五年前に式を挙げているはずであった。
しかし、人間界では結婚式当日にミアが拐われるという事件が起こり、また魔界でも結婚式の数日前にソフィーが暗殺されそうになるといった事件が起こってしまったのである。
二つの事件を受け、魔界人間界双方で話し合い、式を挙げて大々的にお披露目をするのは落ち着いてからにしよう、ということになったのだ。
五年という歳月が流れてしまったが、王や妃、魔王、それから若い夫婦の尽力のかいがあり、ようやく今日という日を迎えることが出来た。
「次は、俺たちの番だな」
「はい、そうでございますね」
デリックがだいぶお腹の大きくなった妻の腰を抱き寄せると、ソフィーも夫に身を寄せる。
何千年も前から人間と魔族は争い、殺し合い、憎み合ってきた。状況が落ち着いたとはいえ、未だに融和路線に根強く反対する者たちがいることも事実である。
表面上は友好に理解は示しても、この場にいる各人も心のうちではどう思っているのかは分からない。人間と魔族が心から信頼し合い、親しくなるのは、容易なことではないだろう。
しかしそれでも、今では魔界と人間界の行き来もしやすくなり、民間での交流も増えてきた。
ミアとアデル、デリックとソフィーのように魔族と人間が愛し合い、友となる日が来ることも、そう遠くない未来のことなのかもしれない———。
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