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第316話 意図を聞くまで箸は取らぬ

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「あの……これは、どういうことなんでしょうか」
 佐野は、湯気の立つ鍋物の向こうに座っているユキへ、意を決して聞く。
 このまま気づかぬふりをして、何食わぬ顔で食事をし、花壇へ行くこともできるのだが、店や席、そして料理から服装に至るまで、『あの夜』をほぼ忠実に再現しているユキに対して、それも何か失礼な感じがするからだ。
 思い起こせば、今日の十八時過ぎ、仕事が終わって現場事務所を出る際に、ユキから待ち合わせ場所として、この居酒屋の名を告げられた時は、からかいを交えた冗談かと思った。何せ、根性曲がりのユキだから。
 しかし、席も料理も予約していると真顔で言われ、これは嘘でもジョークでもないと知る。
 そこで佐野は、こう考えた。ただ単純に、ユキの行きつけの店へ、古山建設が偶然に忘年会の場を設定しただけなのだと。
 このように自分のなかで納得させた佐野は、作業服からスーツに着替えるために部屋へ戻る。
 そして、ユキとの初デートにどきどきしつつも、不本意ながら『あの夜』と同じ服装で『あの店』へ行くと、まるでタイムスリップをしたような状況が、目前に広がっていたのである。
 よって、今はユキとの初デートの華やいだ気分など完全に吹き飛んでいて、さながら悪夢を見ていると表現しても過言ではない心境だ。
 そんな佐野の腕時計の針は、十九時八分を指している。また、テーブルの真ん中で煮えている美味しそうな鍋物の香りのせいで、もとからすいていた腹がさらにへる。
 けれどユキから真意を聞くまでは、佐野は箸を手に取る気持ちには、どうにもなれないのであった。




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