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第209話 恋に浮かれる裏側で起きていたこと 

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「でもそれは並大抵のことじゃない。なにせケイは、かの有名な古山建設の社員だったから」
 ユキが肩をすくめて苦笑する。
「ああ……そうでしょうね」
 佐野も頭をかいて苦笑いする。
「だから、古山建設イコール、ケイではないと、みんなに納得してもらうところからはじめたんだ。でも幸い、ある程度の土台が整っていたのでやりやすかった」
「土台?」
 佐野は首を傾げる。自分は橋本建設に対して点数稼ぎをしたり、媚びへつらうようなことはしていない。
 しかも同社の他の現場へ赴けば、常に四面楚歌の状態にさらされる。結果、最初から最後まで橋本建設の社員とは距離を取らざるを得ず、ゆえに土台どころか輪をかけて嫌われていると思っていたからだ。
「俺と一緒にテナントビルの改修工事の現場へ行った時のこと、おぼえているか」
 唐突にユキが聞く。そこは正月に佐野が単身で行った、突貫工事の現場である。
「はい。それはもう鮮明に。あの時は、『施工ミスで有名な古山建設がここへ何しに来やがった。さっさと失せろ』と言わんばかりの空気の中での作業だったので」
 あの時はユキの気配りに満ちたフォローと自分の気力でどうにか持ちこたえたものの、今でも思い出すと身震いしてしまうほどである。
「確かにな。俺も最初はケイを現場に連れて行くと言ったら、やめてくれと現場の責任者から猛反対された。けど、ここで引き下がったらケイまでが施工ミスをする社員だと思われてしまう。となれば、会社から契約期間の短縮を命じられるおそれも出てくる――というか、ケイがこの現場事務所へ下請作業員として来た翌日に、そういう話が社内で出始めてな。だからこそ、あえて強引にケイを連れて行ったんだよ」
「翌日……」
 佐野は愕然とする。業界内で古山建設の評判はすこぶる悪いのは承知していたが、これに派生して自分の立場もそこまで危うかったとは。
 そうとも知らず、恋に浮かれ、行った先の突貫工事の現場では悲劇の主人公気取りで強がってみたり、はたまた開き直ってみたりと一人で大騒ぎをしてしまった。
 ああ、みっともない。佐野は今さらながら、己の愚かさに赤面する。 

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