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第173話 辛く哀しい苦笑を交わす 

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「で、これからどうするんだ。次の職のあてはあるのか」
  ユキが渋面で佐野を見る。
「ありません。この御時世ですから、そう簡単には見つからないでしょう。なので、とりあえず職安へ行って失業保険の手続きをしようかと」
「そうか」
「けれど、きっと星崎と社長は総務部に圧力をかけて、わざと退職関連の書類の発送を遅らせるでしょう。それがないと職安に行けませんから」
「あいつらなら、やりかねないな」
 ユキが眉根を寄せる。
「ええ。しかもさっきネットで調べたら、自己都合退職は給付時期も遅くて減額もされるそうで」
「……」 
「だから、もともと少ない貯金を切り崩しながら、細々と食いつなぐ覚悟でいます」
「……そうか」
「田上課長」
 佐野は姿勢を正してユキを見る。
「何だ」
「短い間でしたが、お世話になりました」
「――」
「花壇のみなさんにも、どうぞよろしくお伝えください。オーナーには、このあと料理を持って来た時に挨拶します」
 そこで一瞬、佐野の目頭が熱くなる。しかし徹夜作業の疲れと急激な状況の変化に感情がついて来れず、涙も嗚咽も出てこない。端から見れば、無表情である。
「それって、花壇にはもう行かないという意味か」
「行きたいのはやまやまなんですが、経済的に、ちょっと」
 困った顔で頭をかく。
 「あー……高いもんな、あの店」
 別室にいるオーナーへ聞こえないよう、ユキは声を潜めてうなずく。
「はい。とても無職の身で払える金額ではないので」
 佐野も小さな声で言う。
「けど、働いていても、正直キツいぞ」
 ユキが肩をすくめる。 
「レイナのぼったくりキャバクラよりは、ましでしょう」
「ははは……だよな」
 そこで二人は今日、初めて笑った。むろん、辛く哀しい苦笑である。


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