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第174話 どこにも所属していない人  

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「という訳で、もう現場事務所へは行きません。御社の会議にも出席することができなくなりました」
 佐野は無理に笑顔を作ってユキへ言う。そしてこれらを言葉にした途端、猛烈な喪失感に襲われる。
 もちろん一番の打撃はユキに会えなくなることだ。しかし職を失うのも、これまた別の意味で非常にキツい。心がぐらぐらと揺れ、何かにすがりつきたくなる。精神的にも金銭的にも、どこかに所属したくなる。どこでもいいから、だれでもいいから、と――
 まずい。この感覚、昔もあった。佐野はすんでのところで我に返り、気持ちを立て直すためにコーヒーを一口飲む。
 思い出した。これは学生時代の就職活動の時の感覚だ。周囲が次々と名の知れた企業から内定をもらうなか、自分だけが不採用の連続で、みじめで恥ずかしい思いをした時の心情だ。
 あの時は焦りに焦って、もう職種なんてどうでもいいから、とにかく一刻も早く内定を手にして安心したかった。
 むろん大手企業に越したことはない。でも自分には到底無理。全て不採用だったからだ。
 しかも履歴書を送り、後に不採用の連絡が来るのはまだ良心的なほうで、黙殺という名の不採用通知を突きつけてくるのが大半だった。
 結果、内定が取れないのは自分の全てがダメだからだと己を責め、自己嫌悪と自己不信の沼にはまり、物事を冷静に考えられなくなってしまった。
 そうだ。今の動揺は、あの頃と同じ感情だ。しっかりしろ、自分。これ以上、ユキにみっともないところを見せるな。かっこよく去れ。ユキの中の自分の記憶に汚点をつけるな。最後まで良き下請作業員であれ!
 佐野は激しい疲労と喪失感、そして、どこにも所属していない恐怖に翻弄されながら、己を叱咤激励する。


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