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第118話 若造の矜恃

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〈身銭を切ります。竣工までここに置いてください。鈴木の図面も全部やらせてください〉
 それは若造の矜恃であった。むろん、青臭い正義と意地と執着が絡まり合い、みっともないくらいにこじらせているのは本人が一番よく知っている。
 それゆえユキも、これは「感情に溺れた末の悪あがき」だと腹の中で辟易しているはず。佐野はかように憶測する。
 事実、自分は今泣いている。考えてみれば、ユキの前で何度泣いただろう。また、泣くほどではないにしろ、感情を露わにしたのはこれで何回目だろうか。つくづく己の自制心のなさが恥ずかしい。
 さらにこれがきっかけとなり、次々に陰気な考えが浮上する。
 こんな面倒くさい男、ユキはきっと嫌いだろうな。いや、それ以前に技術者として失格だ。自分なら、こんな弱っちいメンタルの持ち主に大切な現場を絶対に任せはしない。それよか、この感情的なメモでユキに自分の気持ちがバレてしまったかもしれない。未だ元彼のことを引きずっているユキへ、告白はしていないものの、こうして醜くすがりついているのだから、きっと隣でドン引きしているはずだと。
 されど橋本建設に迷惑をかけたまま引き上げるのは嫌だ。もちろんユキに対してもだ。これは断じて勤務先へのフォローでも上司の尻拭いでもない。どうせクビになるのだ。どうせユキともお別れするのだ。ならば技術者として悔いなく仕事をしたい――これが身銭を切る理由である。
 佐野は覚悟を決めてユキの返答をじっと待つ。嗚咽と涙はほぼおさまっている。乱れた心も落ち着きを取り戻しつつあった。するとこれにともなって、ユキの答えが容易に予想できた。
 元請にしてみれば、工事原価が下がると利益は上がる。ただそれだけのことだ。よって、ユキは二つ返事で快諾するに違いない。身銭を切るなど当人の自己満足と一笑に付し、大喜びでその下請の愚行を歓迎するだろう、と。

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