かなり遅れたクリスマス～最悪な出逢いから始まる、人生の大逆転と恋の予感の物語

第９３話 窮余の一策

　星崎は驚愕のあまり声も出せず、固まっている。
「そうだな……その一連の話、仕事始めの日に詳しく聞こう」
　橋本社長が目を細めて言う。
「はい。その時は佐野さんも同席させてもよろしいでしょうか」
「ああ。その方がいい。佐野さん、忙しいところをすまないが来て下さい」
「はい」
　佐野は神妙な表情で返事をした。目の端でこっそり星崎を見ると、卒倒寸前の顔をして、体をガタガタと震わせている。
「そして、君――星崎さんと言ったね。そんな恰好じゃ風邪をひくからもう帰りなさい。お連れさんも車の中で待っていることだし」
　橋本社長が星崎に言う。口調は丁寧で優しい。けれど目は決して笑っていない。
「ひい……は、あ」
　星崎は橋本社長に挨拶もせず、よたよたと車へ向かう。途中、二度ほど派手に転倒した。
　二人の乗った黒塗りの高級車は猛スピードで現場事務所から走り去った。そして数十メートルほど離れた場所からエンジンをブワンブワンと空ぶかしする。違法改造の轟音だ。威嚇のつもりらしい。
　佐野とユキ、橋本社長は、そんな星崎の窮余の一策ともいえる悪あがきを倉庫の前から黙って眺めていたのであった。