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第86話 浮世絵男とヒョウ柄女

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 車は橋本社長の軽自動車の隣に停まった。
 何しに来たんだ。佐野は不快感をあらわにする。
 もしや部下が派遣されている現場事務所の新年挨拶にかこつけて、昨晩の電話の仕返し、つまりシャッターの落書きを茶化しに来たのか。わざとしらばっくれて同情を装い、優越感にひたりながらユキを挑発するつもりか。
 憮然としながら佐野は再び歩を進め、現場事務所へ向かう。
 運転席と助手席のドアが開き、双方から人が出て来た。星崎とレイナだ。倉庫と佐野を交互に見ては、ニヤニヤと薄笑いを浮かべている。
 佐野は眉をひそめた。二人の底意地の悪い表情もさることながら、身なりのだらしのなさに強い嫌悪感を抱いたからだ。
 二人ともパジャマ姿で、その上にブルゾンやコートを羽織っている。足下は、星崎が、かかとを踏み潰したスニーカー。レイナは黒いエナメルのピンヒールブーツ。休暇中とはいえ、常識的にも仕事場へ来る恰好ではない。
「やーん、さむーい。しんじらんなあーい」
 レイナが安っぽいヒョウ柄のコートと貧相な金髪のロングヘアを突風ではためかせながら、キンキン声でわめく。ピンク色のパジャマの胸元は平坦で、下着をつけていないのが遠目でもわかる。
「よう、佐野。休日出勤ご苦労さん」
 星崎が意味ありげに目を細め、フヒヒッと陰湿に笑った。しわだらけの青いパジャマの上に着ているブルゾンは、けばけばしい配色の浮世絵が全面にプリントされている。しかも子供には見せられない絵柄だ。
「……おつかれさまです」
 佐野は仏頂面で小さく会釈し、低い声でボソリと返す。 
 お互い、新年の挨拶は交わさない。そんな気など、さらさらないからだ。
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