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第54話 毒舌の果てに真実の愛を見た
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メモにユキは小さくうなずき、承知の目つきで佐野を見た。佐野はそれに応えるように、おどけた表情で眉を大げさに上げ、苦笑する。
これ以上は時間の無駄だ。星崎へは何を言っても通用しない。生きている世界が違うのだ。ユキや自分の常識は、あの男にとっては非常識。部下への暴力や嫌がらせ、果ては不当な解雇命令は、呼吸をするのと同じことなのだ。
それはユキもわかっている。クリスマス・イブから今日に至るまでのたった数日間で、星崎は全ての悪意と悪事をこの現場事務所で露呈したからだ。
「星崎さん。早いとこ私に工事工程の極意を教えてくださいませんかねえ」
ユキは両腕を上へ伸ばし、のびをしながら言う。
『くっ……』
「あ、もしかして当社の幹部達にも伝えたいから、もったいぶってるんですか? それなら来年、当社で席をもうけましょうか」
ユキは嬉々としてスマホへ身を乗り出す。
何かのスイッチが入ったようだ。
「他社のゼネコンも呼んで、三日間ぐらいの講習にしませんか。もちろん講師は星崎さん。アシスタントはキャバクラ嬢のレイナちゃん。彼女には社員と偽ってこちらへ来た時のように、安物の香水を大量に頭からぶちまけて、下着みたいな恰好で来てもらえるとうれしいです。むさくるしいオッサン達が大勢ひしめく当社の大会議室に花を添えていただきたいので」
『……』
「で、星崎さんには工程管理はもとより、部下への暴力の有効性や、自分の立場を保持しながら他人へ責任転換するコツ、気にくわない社員を瞬時に解雇させるやり口、係長からひとっ飛びに部長へ昇進し、黒塗りの高級車を手に入れる道筋や、レイナちゃんを同伴しての現場事務所行脚の途中で、大切な図面を全損させても平気でいられるスーパーポジティブメンタル術、また、見積金額のつり上げ方と、その説得方法をぜひお聞きしたいのです」
『こ、この野郎……ッ』
「さらには部下へのたかり行為や罵詈雑言、奴隷扱いなど、その腐りきった根性で、この厳しい建設業界の荒波をいかに乗り越えて行くか――そんな濃厚な人生論をも、経験の浅い未熟な私達へガッツリと熱く語ってくださいませんか」
『もういい! ばかやろーッ!』
この星崎の怒号で通話は終わった。途端、ユキは腹を抱えて大笑い。一方、佐野は頭を抱えているのだが、その手は笑いで震えている。
来年、自分はどうなるのか。当然、穏便にすまされないだろう。でもそんなことよりも、ユキがここまでアクの強い男だとは思わなかった。これじゃあ友達はいないし、いても疎遠になるだろう。
ならば自分もユキを嫌いになるか……? とんでもない!
恋のお花畑で独りたわむれていた時よりも、胸は激しくときめいている。
今、目の前にいる面倒くさそうな気質のユキの方が、何億倍も愛おしい――!
これ以上は時間の無駄だ。星崎へは何を言っても通用しない。生きている世界が違うのだ。ユキや自分の常識は、あの男にとっては非常識。部下への暴力や嫌がらせ、果ては不当な解雇命令は、呼吸をするのと同じことなのだ。
それはユキもわかっている。クリスマス・イブから今日に至るまでのたった数日間で、星崎は全ての悪意と悪事をこの現場事務所で露呈したからだ。
「星崎さん。早いとこ私に工事工程の極意を教えてくださいませんかねえ」
ユキは両腕を上へ伸ばし、のびをしながら言う。
『くっ……』
「あ、もしかして当社の幹部達にも伝えたいから、もったいぶってるんですか? それなら来年、当社で席をもうけましょうか」
ユキは嬉々としてスマホへ身を乗り出す。
何かのスイッチが入ったようだ。
「他社のゼネコンも呼んで、三日間ぐらいの講習にしませんか。もちろん講師は星崎さん。アシスタントはキャバクラ嬢のレイナちゃん。彼女には社員と偽ってこちらへ来た時のように、安物の香水を大量に頭からぶちまけて、下着みたいな恰好で来てもらえるとうれしいです。むさくるしいオッサン達が大勢ひしめく当社の大会議室に花を添えていただきたいので」
『……』
「で、星崎さんには工程管理はもとより、部下への暴力の有効性や、自分の立場を保持しながら他人へ責任転換するコツ、気にくわない社員を瞬時に解雇させるやり口、係長からひとっ飛びに部長へ昇進し、黒塗りの高級車を手に入れる道筋や、レイナちゃんを同伴しての現場事務所行脚の途中で、大切な図面を全損させても平気でいられるスーパーポジティブメンタル術、また、見積金額のつり上げ方と、その説得方法をぜひお聞きしたいのです」
『こ、この野郎……ッ』
「さらには部下へのたかり行為や罵詈雑言、奴隷扱いなど、その腐りきった根性で、この厳しい建設業界の荒波をいかに乗り越えて行くか――そんな濃厚な人生論をも、経験の浅い未熟な私達へガッツリと熱く語ってくださいませんか」
『もういい! ばかやろーッ!』
この星崎の怒号で通話は終わった。途端、ユキは腹を抱えて大笑い。一方、佐野は頭を抱えているのだが、その手は笑いで震えている。
来年、自分はどうなるのか。当然、穏便にすまされないだろう。でもそんなことよりも、ユキがここまでアクの強い男だとは思わなかった。これじゃあ友達はいないし、いても疎遠になるだろう。
ならば自分もユキを嫌いになるか……? とんでもない!
恋のお花畑で独りたわむれていた時よりも、胸は激しくときめいている。
今、目の前にいる面倒くさそうな気質のユキの方が、何億倍も愛おしい――!
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