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第50話 知らぬが仏

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 ユキが佐野へメモを見せる。次の伝令だ。

〈仕事中なので行けない、俺の現場事務所に
いると言え〉

 ユキと愉快な共同作業。佐野はウキウキし始める。
「今、現場事務所で仕事中なので行けません」
 わざと疲れた声で言う。
『嘘をつくな。そんなわけないだろう』

〈お前の連れが粉砕した図面の復旧作業で、年末年始は休めません〉

「本当です。星崎係長のお連れさんがシュレッダーにかけた図面を書き起こしているんです」
『はあー?』
「工期が迫ってるので、年末年始返上で作業してるんです」
『あれは鈴木がシュレッダーをかけたんだ。レイナじゃねえよ』
「……!」
 佐野の脳裏に鈴木の顔がよぎる。途端、激しい怒りがこみ上げた。

〈落ち着け。巻き込まれるな〉

 ユキがメモを見せる。佐野の憤怒を素早く察したのだ。
『しかしまあ、どいつもこいつもろくでもない嘘をつきやがって。鈴木のバカはオレ様のかわゆいレイナちゃんに濡れ衣を被せるし、無能のお前は大晦日に仕事中? 笑わせるな!』
「来月締めの橋本建設さんからの請求書が証拠です」
『大手ゼネコンが、そんな倒産寸前の零細企業みたいなことするかよ。まあ、それが事実なら、オレ様が工事部の部長になったら橋本建設とは取引を止める』
 完全に裸の王様だ。うちの会社が今どんな危うい状況になっているのか、この男は全く理解していない。
『それによ、あの田上とかいう奴、オレ様は気にくわねえ。図体も態度もでかくてよ』
 まずい。矛先がユキへ向いた。慌てて横目でユキを見る。しかしニヤリと笑うだけ。さすがだ。
『だからな、オレ様が部長になったら、うちの会社は大改革を行うッ!』

 星崎の声が高くなる。酒に加えて自分の言葉に酔っているのだ。
『これからは下請が元請を選ぶ時代だ。オレ様が出した見積に難色を示す奴らは、こっちから願い下げだ!』
 止めてくれ。確実に倒産する。佐野は額に手を当て顔をしかめる。ユキは声を出さずに爆笑している。
『オレ様には社長をはじめ、取締役の後ろ盾がある。だから人事にも介入する』
 鈴木のほかにも犠牲者が出るのか。じゃあ、それは確実に自分だな。
『まずは女の整理だ。若くて可愛い女だけにする。つまり、今いる女どもはみんなお払い箱だ。で、今後は全員アルバイト採用。一年で総入れ替え。美人でも飽きるからな』
 それは人権侵害だろう。しかも全員が素人なら仕事が成り立たない。経理や総務を何だと思っているんだ。
『むろん採用担当者はオレ様。もう社長には許可を得ている』
「え!」 
『だから今のうちに、お前もオレ様の下僕にならないと、会社の女どもと一緒に追い出されるぞ。だからつべこべ言わずにレイナを迎えにいくんだな。だけどもし、本当に橋本建設の現場事務所にいるんなら、あの田上って奴を電話に出せ。オレ様が工事工程の在り方についてじっくりと教えてやる。要領が悪いからこんなことになるんだってな。ふひゃはははッ!』
 まさかユキが聞いているとは知らず、星崎は声をひっくり返して高笑い。知らぬが仏というのはこういうことか。
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