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第51話 本人登場
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〈電話を俺に回せ〉
ユキからのメモに佐野は戸惑う。だが即座に目でうなずく。
「では田上課長に変わります。すみません、弊社の星崎です」
スマホを机に置いたまま、佐野は芝居を打つ。
『ええーっ?』
スマホから仰天の絶叫が響く。
「もしもし。橋本建設の田上です。いつもお世話になっております」
ユキは落ち着いた口調で喋りながら、スマホを自身の方へ移動させる。
これからどうなってしまうのか。佐野はこの展開にドキドキしながらユキを見つめる。
「今、佐野さんと現場事務所で図面の復旧作業をしています。誰かさんのかわゆいレイナちゃんが、シュレッダーにかけた分ですよ」
『この……ッ!』
しょっぱなから挑発されて、星崎は憤る。
「年末年始休暇を返上しないと工期に間に合わないものですから。ちなみにこの通話、ハンズフリーにしているので、全て隣で聞かせていただきました」
佐野はギョッとする。いきなり手の内を明かしたからだ。もちろんスマホからは星崎の絶句とため息がもれる。この三人の中で余裕の笑みを浮かべているのはユキだけだ。
「先に申しておきますが、これは私の指示です。大晦日のこんな時間に、しかも部下を殴るような人間からの電話ですから、こちらも警戒しておりましてね」
スマホから小さな舌打ちが聞こえる。星崎のしかめ面が目に見えるようだ。
「そうしたら案の定、佐野さんを使いっ走りにしようとする内容で。そのうえ上生寿司だのシャンパンだのワンホールのケーキだのと、かつあげ行為までなさるとは。いやはや、こんな人間のクズ、久しぶりに拝見させていただきました」
『う、うるさいっ。元請だからって威張るなッ』
開き直りと虚勢とビビりが一緒くたになった声。
「それは失礼しました。これからは下請が元請を選ぶ時代だと先ほどおっしゃっていましたものね。当社は御社の元請リストから一番最初に外されるようですし。ならばこちらも早急に新たな下請業者を探さなくてはいけません。年明けの会議で早速議題にいたします」
『ぐ……』
「それと来年、御社では大改革を行う予定とか。で、真っ先に行うのが女性社員の総入れ替え。しかも一年で契約は打ち切り。理由は美人でも飽きるから」
『ッ!』
「採用当日から、業務のシステムを完全に熟知し、即戦力として働ける人材――どんな才色兼備な方々が集まるのか私も興味津々です」
『うー』
「ああ、そうそう、これが一番聞きたかったのですが――」
『何だよッ』
噛みつかんばかりの声。猛烈にいらだっている。星崎がこの声を出すときは必ず誰かが被害を被る。平たく言えば暴力だ。
佐野はユキの反撃に胸がすく反面、これは確実に自分へ跳ね返ってくると思い、恐怖する。しかし、もうここまで来たら止めようがない。
「こんな気にくわねえ奴の私へ、わざわざ工事工程の在り方についてじっくりと教えてくださるそうで。要領が悪いからこんなことになるんですものね。図体も態度もでかい私ですが、どうかご指導のほど、よろしくお願い申し上げます」
すさまじい皮肉。来年、この現場が終わって会社に戻ったら自分の机はないかもしれない。佐野は途方に暮れる。だが同時に、ユキについて新たな発見をする。この人は結構根に持つ性格だと。
ユキからのメモに佐野は戸惑う。だが即座に目でうなずく。
「では田上課長に変わります。すみません、弊社の星崎です」
スマホを机に置いたまま、佐野は芝居を打つ。
『ええーっ?』
スマホから仰天の絶叫が響く。
「もしもし。橋本建設の田上です。いつもお世話になっております」
ユキは落ち着いた口調で喋りながら、スマホを自身の方へ移動させる。
これからどうなってしまうのか。佐野はこの展開にドキドキしながらユキを見つめる。
「今、佐野さんと現場事務所で図面の復旧作業をしています。誰かさんのかわゆいレイナちゃんが、シュレッダーにかけた分ですよ」
『この……ッ!』
しょっぱなから挑発されて、星崎は憤る。
「年末年始休暇を返上しないと工期に間に合わないものですから。ちなみにこの通話、ハンズフリーにしているので、全て隣で聞かせていただきました」
佐野はギョッとする。いきなり手の内を明かしたからだ。もちろんスマホからは星崎の絶句とため息がもれる。この三人の中で余裕の笑みを浮かべているのはユキだけだ。
「先に申しておきますが、これは私の指示です。大晦日のこんな時間に、しかも部下を殴るような人間からの電話ですから、こちらも警戒しておりましてね」
スマホから小さな舌打ちが聞こえる。星崎のしかめ面が目に見えるようだ。
「そうしたら案の定、佐野さんを使いっ走りにしようとする内容で。そのうえ上生寿司だのシャンパンだのワンホールのケーキだのと、かつあげ行為までなさるとは。いやはや、こんな人間のクズ、久しぶりに拝見させていただきました」
『う、うるさいっ。元請だからって威張るなッ』
開き直りと虚勢とビビりが一緒くたになった声。
「それは失礼しました。これからは下請が元請を選ぶ時代だと先ほどおっしゃっていましたものね。当社は御社の元請リストから一番最初に外されるようですし。ならばこちらも早急に新たな下請業者を探さなくてはいけません。年明けの会議で早速議題にいたします」
『ぐ……』
「それと来年、御社では大改革を行う予定とか。で、真っ先に行うのが女性社員の総入れ替え。しかも一年で契約は打ち切り。理由は美人でも飽きるから」
『ッ!』
「採用当日から、業務のシステムを完全に熟知し、即戦力として働ける人材――どんな才色兼備な方々が集まるのか私も興味津々です」
『うー』
「ああ、そうそう、これが一番聞きたかったのですが――」
『何だよッ』
噛みつかんばかりの声。猛烈にいらだっている。星崎がこの声を出すときは必ず誰かが被害を被る。平たく言えば暴力だ。
佐野はユキの反撃に胸がすく反面、これは確実に自分へ跳ね返ってくると思い、恐怖する。しかし、もうここまで来たら止めようがない。
「こんな気にくわねえ奴の私へ、わざわざ工事工程の在り方についてじっくりと教えてくださるそうで。要領が悪いからこんなことになるんですものね。図体も態度もでかい私ですが、どうかご指導のほど、よろしくお願い申し上げます」
すさまじい皮肉。来年、この現場が終わって会社に戻ったら自分の机はないかもしれない。佐野は途方に暮れる。だが同時に、ユキについて新たな発見をする。この人は結構根に持つ性格だと。
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