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第32話 パワハラ上司、大いにやらかす
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「はい、田上です。おう、おつかれさん。そっちの現場は順調かい?」
ユキが通話を始めた。会社の同僚のようだ。佐野は天の助けとばかりに安堵する。
「ええっ! 何で!」
だがホッとしたのも束の間、ユキが目を丸くして仰天している。どうしたんだ。あまりの声の大きさに、佐野はただならぬ気配を感じ取る。
「で、その分のコピーは? うわあ……マジかよ!」
ユキは片方の手で顔を覆う。その下は悲歎にくれた表情だ。
「……わかった。こっちでも何とか調整する。うん、じゃあ、ひとまず切るぞ。また連絡する」
ユキはため息をつきながら、しかめ面でスマホを内ポケットにしまう。
「ケイ、さっきの話は後日ゆっくりしよう。それどころじゃなくなった」
「どうなさいました」
「おたくの星崎係長、うちの別の現場で派手にやらかしたぞ」
「え」
「昨夜みたいに飲み屋の女を連れて現場事務所へ挨拶に行ったらしい。そこにも古山建設さんの作業員がいるからな。来たのはついさっきだと」
「うわ……でも同伴出勤にしては早すぎやありませんか」
「きっと昼飯でもごちそうするために連れ回してんだろう。夜の蝶って感じの恰好だったそうだから、またレイナとかいう女じゃないのか」
「うちの社員、玄関先で止められなかったんでしょうか。僕の時みたいに」
誰がその現場へ行っているのかはわからないが、とんだ災難である。
「アポイントもないし、現場で作業してたんで、来たことすら知らなかったそうだ」
「ほんとにもう……お騒がせして申し訳ございません。で、うちの星崎、何をしたんでしょうか」
恐ろしくて聞きたくないが、そうもいかない。
「星崎係長が挨拶のあと、古山建設さんの作業員の机をチェックしはじめたんだ。それだけでも非常識だし、ひんしゅくものだ」
ものすごく嫌な予感。あの男は会社でも部下へ同じことをするからだ。机の上はもちろん、引き出し、個人のロッカー、何でも無断で開けては独断で物を捨てたり持ち出したりする。
当然、持ち出された物は永遠に戻ってこない。それらはパソコンの周辺機器から商品券、果てはお菓子にまで及ぶ。だからみんな自衛して社内に極力私物や貴重品、金品を置かない。むろん自分もそうしている。
「で、連れの女もかいがいしく星崎係長のお手伝い。そして――」
これは相当数の事務用品を盗んだな。聞かずとも想像できる。されど覚悟して耳を傾ける。
「二人してさんざん机の上と中を引っかき回した挙げ句、その隣の机――つまりうちの社員の机だが――そこにクリップで束ねてあった大量の図面を、女が『これもゴミですよねー、シュレッダーしまあーす』とほざいて周囲が止める間もなく瞬時に木っ端微塵にしやがった」
「ええっ!」
「それは設計変更の詳細が手書きされてて、これから図面に落とし込むものだったんだ」
まさかそこまでは考えつかなかった。しかも弁償レベルの話ではない。
「それで……どうなったんですか」
「今、うちの担当者が発注者のところへ設計変更の内容を聞きに行ってる。こういうことがあると信用をなくすし、工期も迫ってるからみんなガチで激怒してる」
「まことに申し訳ございません!」
佐野はひたすら頭を下げるしかない。その現場にいるうちの社員もさぞかし辛かろう。
「ちなみ二人は茫然としている社員に向かって『今後とも古山建設をよろしく』と言ってご機嫌で去って行ったんだと。あくまで本人達は下請の立場として事務所の掃除をしたと思っているらしい。あの男はもう、出入り禁止だ!」
ユキが渋面でそう言い終えると、今度は佐野のスマホが鳴った。
ユキが通話を始めた。会社の同僚のようだ。佐野は天の助けとばかりに安堵する。
「ええっ! 何で!」
だがホッとしたのも束の間、ユキが目を丸くして仰天している。どうしたんだ。あまりの声の大きさに、佐野はただならぬ気配を感じ取る。
「で、その分のコピーは? うわあ……マジかよ!」
ユキは片方の手で顔を覆う。その下は悲歎にくれた表情だ。
「……わかった。こっちでも何とか調整する。うん、じゃあ、ひとまず切るぞ。また連絡する」
ユキはため息をつきながら、しかめ面でスマホを内ポケットにしまう。
「ケイ、さっきの話は後日ゆっくりしよう。それどころじゃなくなった」
「どうなさいました」
「おたくの星崎係長、うちの別の現場で派手にやらかしたぞ」
「え」
「昨夜みたいに飲み屋の女を連れて現場事務所へ挨拶に行ったらしい。そこにも古山建設さんの作業員がいるからな。来たのはついさっきだと」
「うわ……でも同伴出勤にしては早すぎやありませんか」
「きっと昼飯でもごちそうするために連れ回してんだろう。夜の蝶って感じの恰好だったそうだから、またレイナとかいう女じゃないのか」
「うちの社員、玄関先で止められなかったんでしょうか。僕の時みたいに」
誰がその現場へ行っているのかはわからないが、とんだ災難である。
「アポイントもないし、現場で作業してたんで、来たことすら知らなかったそうだ」
「ほんとにもう……お騒がせして申し訳ございません。で、うちの星崎、何をしたんでしょうか」
恐ろしくて聞きたくないが、そうもいかない。
「星崎係長が挨拶のあと、古山建設さんの作業員の机をチェックしはじめたんだ。それだけでも非常識だし、ひんしゅくものだ」
ものすごく嫌な予感。あの男は会社でも部下へ同じことをするからだ。机の上はもちろん、引き出し、個人のロッカー、何でも無断で開けては独断で物を捨てたり持ち出したりする。
当然、持ち出された物は永遠に戻ってこない。それらはパソコンの周辺機器から商品券、果てはお菓子にまで及ぶ。だからみんな自衛して社内に極力私物や貴重品、金品を置かない。むろん自分もそうしている。
「で、連れの女もかいがいしく星崎係長のお手伝い。そして――」
これは相当数の事務用品を盗んだな。聞かずとも想像できる。されど覚悟して耳を傾ける。
「二人してさんざん机の上と中を引っかき回した挙げ句、その隣の机――つまりうちの社員の机だが――そこにクリップで束ねてあった大量の図面を、女が『これもゴミですよねー、シュレッダーしまあーす』とほざいて周囲が止める間もなく瞬時に木っ端微塵にしやがった」
「ええっ!」
「それは設計変更の詳細が手書きされてて、これから図面に落とし込むものだったんだ」
まさかそこまでは考えつかなかった。しかも弁償レベルの話ではない。
「それで……どうなったんですか」
「今、うちの担当者が発注者のところへ設計変更の内容を聞きに行ってる。こういうことがあると信用をなくすし、工期も迫ってるからみんなガチで激怒してる」
「まことに申し訳ございません!」
佐野はひたすら頭を下げるしかない。その現場にいるうちの社員もさぞかし辛かろう。
「ちなみ二人は茫然としている社員に向かって『今後とも古山建設をよろしく』と言ってご機嫌で去って行ったんだと。あくまで本人達は下請の立場として事務所の掃除をしたと思っているらしい。あの男はもう、出入り禁止だ!」
ユキが渋面でそう言い終えると、今度は佐野のスマホが鳴った。
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