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第33話 指をくわえて幸せな同僚を見送る
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音はすぐに切れた。ラインである。
「いいぞ。気にしないで見ろ」
ユキが言う。
「すみません、失礼します」
工事部の同僚、鈴木からだ。
《さっきクビになった》
「はあー?」
佐野は目をむき、思わず悲鳴に近い声をあげてしまう。
「どうした」
ユキが怪訝な顔で聞く。
「工事部の同僚なんですけど、さっきクビになったと」
「なんで」
「わかりません。ただその一文だけなので……すみません、ちょっと本人へ電話してみます」
鈴木とはすぐに連絡が取れた。人の気配や雑音はない。会社ではないようだ。
「ライン見た。今どこにいるんだ」
佐野が聞く。
〈橋本建設さんの現場事務所。でも自分の車の中だ――オレが現場行ってる間に星崎の野郎がキャバクラの女を連れてきて、その女が大切な図面、シュレッダーにかけやがってよ〉
「……!」
なんと渦中の現場事務所へは鈴木が行っていたのだ。しかしユキへの社内連絡からはそれほど時間は経過していない。ならばこの件とは別の理由か。
「なんで急にクビになったんだよ」
鈴木は負けん気が強く、しかも真面目な男だ。佐野と同様、星崎からのストレスにも負けず現場ではミスをしていない。だからいきなり解雇というのはありえない。佐野のそばではユキが厳しい表情でやり取りを聞いている。
〈決まってるだろ。この件でだ。ここの現場責任者が激怒して、うちの会社へ電話したんだ。けど当たり前だ。誰だってそうする。正式なクレームだ〉
「でも変じゃないか。それと鈴木とは何の関係があるんだ。悪いのは星崎とその女だろう」
〈あいつが自分の非を認めると思うか? あの野郎、オレがシュレッダーをかけたのだと社長連中に嘘の報告しやがったんだ。しかも真っ昼間からキャバ嬢連れてドライブしてたなんてバレたらやばいから、ここには行ってないと、ぬけぬけとしらばっくれやがった〉
「けど、橋本建設さんは星崎の連れがやったとうちに電話したんだろう? 話が噛み合わないじゃないか」
〈あいつの姑息な悪事のもみ消しはいつものことだ。それは佐野だって嫌ほど知ってるだろう。現に今、お前が星崎のターゲットで、しかもそれを社長連中は『やんちゃ』の一言で見て見ぬふり。そんなクソみたいな社内体質なんだよ。古山建設は〉
「まあ……そうだよね」
〈つまりそんな訳で、さっき社長から電話がきて、お前みたいな気の緩んだ奴がいたら下請メンバーから外されるんで、本日付けで解雇するってクビ宣告。オレもいい加減バカバカしくなって、はいそうですかって承諾しちまった〉
「でもどうするんだよ。次の職場」
〈実はありがたいことに、けっこう前からうちに来ないかって声をかけてくれてる会社があってさ。そこに行くことにしたんだ〉
「え!」
〈その会社、橋本建設の下請だから、きっと佐野とも現場でまた会うことになる。だから今後ともよろしくな〉
「そうか……良かったな」
〈佐野もさっさとあんな会社見きりつけて辞めた方が身のためだぞ。星崎に人生を食い潰されるぞ〉
「うん。だよな。考えておく」
〈じゃあ、これから現場事務所で残務整理して直帰するから、今度改めて飲みに行こうぜ〉
「もう会社には来ないのか。私物とか色々あるだろう」
〈行かない。だって星崎にめぼしいものは全部盗られてるからあとはゴミ同然なんだ。なので総務課に全部捨ててくれって頼んどいた。それにもう星崎の顔なんか見たくもないしな〉
こうして鈴木との通話は終わった。佐野は、あっさりと転職できた鈴木へのうらやましさと自分の今後の人生を比べて泣きたくなった。
うちに来ないかなどと、一度も言われたことがない。気が遠くなるほどの不採用の末にようやく就職できたのが古山建設。
そのうえ、仕事ができる鈴木がいなくなったらもっと工事部は忙しくなる。星崎の陰湿な攻撃を受けながら自身の仕事をこなしつつ、同時に後輩の指導もしなければならない。しかも来年は星崎が工事部の部長になる。そうなれば一体どんな地獄が待ち受けているのか――
様々な不安や絶望、自己否定、さらには朝から固形物を食べていない空腹のせいで佐野はめまいを感じ、その場でしゃがみ込む。
「おいっ! ケイ、大丈夫か!」
ユキが慌てて佐野を背中をさする。
「大丈夫です……ひとまずご飯を食べましょう。昼ですし」
「いいぞ。気にしないで見ろ」
ユキが言う。
「すみません、失礼します」
工事部の同僚、鈴木からだ。
《さっきクビになった》
「はあー?」
佐野は目をむき、思わず悲鳴に近い声をあげてしまう。
「どうした」
ユキが怪訝な顔で聞く。
「工事部の同僚なんですけど、さっきクビになったと」
「なんで」
「わかりません。ただその一文だけなので……すみません、ちょっと本人へ電話してみます」
鈴木とはすぐに連絡が取れた。人の気配や雑音はない。会社ではないようだ。
「ライン見た。今どこにいるんだ」
佐野が聞く。
〈橋本建設さんの現場事務所。でも自分の車の中だ――オレが現場行ってる間に星崎の野郎がキャバクラの女を連れてきて、その女が大切な図面、シュレッダーにかけやがってよ〉
「……!」
なんと渦中の現場事務所へは鈴木が行っていたのだ。しかしユキへの社内連絡からはそれほど時間は経過していない。ならばこの件とは別の理由か。
「なんで急にクビになったんだよ」
鈴木は負けん気が強く、しかも真面目な男だ。佐野と同様、星崎からのストレスにも負けず現場ではミスをしていない。だからいきなり解雇というのはありえない。佐野のそばではユキが厳しい表情でやり取りを聞いている。
〈決まってるだろ。この件でだ。ここの現場責任者が激怒して、うちの会社へ電話したんだ。けど当たり前だ。誰だってそうする。正式なクレームだ〉
「でも変じゃないか。それと鈴木とは何の関係があるんだ。悪いのは星崎とその女だろう」
〈あいつが自分の非を認めると思うか? あの野郎、オレがシュレッダーをかけたのだと社長連中に嘘の報告しやがったんだ。しかも真っ昼間からキャバ嬢連れてドライブしてたなんてバレたらやばいから、ここには行ってないと、ぬけぬけとしらばっくれやがった〉
「けど、橋本建設さんは星崎の連れがやったとうちに電話したんだろう? 話が噛み合わないじゃないか」
〈あいつの姑息な悪事のもみ消しはいつものことだ。それは佐野だって嫌ほど知ってるだろう。現に今、お前が星崎のターゲットで、しかもそれを社長連中は『やんちゃ』の一言で見て見ぬふり。そんなクソみたいな社内体質なんだよ。古山建設は〉
「まあ……そうだよね」
〈つまりそんな訳で、さっき社長から電話がきて、お前みたいな気の緩んだ奴がいたら下請メンバーから外されるんで、本日付けで解雇するってクビ宣告。オレもいい加減バカバカしくなって、はいそうですかって承諾しちまった〉
「でもどうするんだよ。次の職場」
〈実はありがたいことに、けっこう前からうちに来ないかって声をかけてくれてる会社があってさ。そこに行くことにしたんだ〉
「え!」
〈その会社、橋本建設の下請だから、きっと佐野とも現場でまた会うことになる。だから今後ともよろしくな〉
「そうか……良かったな」
〈佐野もさっさとあんな会社見きりつけて辞めた方が身のためだぞ。星崎に人生を食い潰されるぞ〉
「うん。だよな。考えておく」
〈じゃあ、これから現場事務所で残務整理して直帰するから、今度改めて飲みに行こうぜ〉
「もう会社には来ないのか。私物とか色々あるだろう」
〈行かない。だって星崎にめぼしいものは全部盗られてるからあとはゴミ同然なんだ。なので総務課に全部捨ててくれって頼んどいた。それにもう星崎の顔なんか見たくもないしな〉
こうして鈴木との通話は終わった。佐野は、あっさりと転職できた鈴木へのうらやましさと自分の今後の人生を比べて泣きたくなった。
うちに来ないかなどと、一度も言われたことがない。気が遠くなるほどの不採用の末にようやく就職できたのが古山建設。
そのうえ、仕事ができる鈴木がいなくなったらもっと工事部は忙しくなる。星崎の陰湿な攻撃を受けながら自身の仕事をこなしつつ、同時に後輩の指導もしなければならない。しかも来年は星崎が工事部の部長になる。そうなれば一体どんな地獄が待ち受けているのか――
様々な不安や絶望、自己否定、さらには朝から固形物を食べていない空腹のせいで佐野はめまいを感じ、その場でしゃがみ込む。
「おいっ! ケイ、大丈夫か!」
ユキが慌てて佐野を背中をさする。
「大丈夫です……ひとまずご飯を食べましょう。昼ですし」
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