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第99話 星空
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セドリックに頼まれるがまま、ラダベルは病棟を駆け回っていた。彼女の凄まじい働きぶりに、侍女たちは自然と刺激を受ける。負傷した軍人たちも、ルドルガー伯爵夫人自らが治療を率先して行っていることに心から感動していた。
病棟を駆け回り続けていると、時間は一瞬で過ぎていく。治療がひと段落した頃には、既に外は暗黒に包まれていた。
戦場は、一時休戦となっていることだろう。負傷した軍人たちは眠りにつき、朝から忙しなく活動していた侍女たちも、夜番の侍女たちと交代をしたらしい。
ラダベルは建物の外に出て、新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込む。夜空を見上げると、憎たらしいくらいに美しい星空が広がっていた。黄金の瞳に映された満天の星が煌めく。
戦場では多くの血が流れ、死にゆく者もいることだろう。
(それなのに、あなたはそんなにも美しく輝くのね)
ラダベルは星空に向かって、話しかける。
戦場で死にゆく者がいるのにも拘わらず、いや、だからこそ輝くのかもしれない。戦争の犠牲者となり、戦場にて散った儚い命が、星々となって輝いているのだろう。そこに、敵味方は関係ない。皆、平等な命なのだから。
ラダベルは星空にそっと手を合わせる。心から祈りを捧げた。気休め程度にしかならないし、こんなものは自己満足に過ぎない。だが、それでも、少しでも……成仏される思いもあるだろう。安らかに眠ってほしいものだ。戦場で亡くなった限り、そうとはいかないのかもしれないが。ラダベルは名も顔も知らぬ犠牲者に思いを馳せたのであった。
その瞬間、背後に何者かの気配を感じ取る。振り向くと、そこにはセドリックが立っていた。白衣を脱いでいる。
「セドリック……」
「夫人。今日はお手伝いしてくださり本当にありがとうございます」
セドリックは心からの感謝を表すように、頭を垂れた。ラダベルは首を左右に振る。
「あまり役に立てず申し訳ないわ」
「そ、そんなっ……! 人手不足でしたので本当に助かりました!」
セドリックは両手を前に突き出しながら感謝を述べた。彼の頬は異常なまでに赤く染まっており、暗闇の中でもよく分かる色味の瞳は潤んでいる。美少女顔負けの可愛いセドリックに、ラダベルの胸は見事に鷲掴みされる。
「セドリックは可愛いわね」
「えっ……!?」
セドリックは勢いよく顔を上げる。ラダベルは、思わず心の声が漏れていたことに対してしまったと危機感を覚えるが、時既に遅い。
「ぼ、僕は男です! 男なのに可愛いと言われるのは不本意です……」
頬に空気を入れて膨らませ、拗ねる。20代後半の男性とは半ば信じがたい。成人男性が頬を膨らませて拗ねる行為など、なかなかお目にかかれない。
(そういうところが可愛いのよ…)
ラダベルは無自覚に可愛さを発揮しているセドリックを叱責したい気持ちに駆られた。
自分にも彼のように自然と発揮される可愛さがあれば、ジークルドに愛されたのだろうか。ラダベルはそっと目を閉じて、熟考する。ラダベルに生粋の可愛さはない。多少なりとも甘えることはできても、生まれ持った愛嬌はないのだ。そのため、セドリックが羨ましいと感じる。彼みたいに可愛げがあればよかったのに……。
ところで、ジークルドの好きな人は一体どんな人なのだろうか。セドリックに似て、きゅるっと可愛く、天性の愛されの才能を持っている女性なのだろうか。それとも、強く果敢で聡明な女性なのだろうか。いくら思考しようとも推測できないが、ひとつ分かることは、ラダベルとは比べ物にならないほど、心も清く美しく外見も透明感のある女性なのだということ。なぜそれが分かるのか。理由は簡単だ。あのジークルドが好きになる女性だから。ラダベルはまだ見ぬ彼の愛する女性の姿を思い浮かべた。アデル曰く、その女性には、夫がいるらしい。ジークルドは彼女とどうにかなる気はないのだろうか。
ラダベルは開眼し、夜空を見上げた。
ジークルドが万が一、愛する人と一緒になりたいと言った時、果たして笑顔で彼を解放してあげることができるだろうか。できるかできないかの問題ではないのかもしれない。そう、しなければならないだろう。
ラダベルは今にも嗚咽を上げたくなった。鼻の奥が刺激される感覚に不快感を感じ、鼻を無理に啜ると、セドリックが彼女の顔を覗き込む。
「寒いですか? 風邪を引いてしまってはまずいですので、今日はもうゆっくりお休みください」
「……お言葉に甘えて、休むことにするわ。ありがとう、セドリック」
「そ、それは僕の言葉です! こちらこそ本当にありがとうございました!」
「お邪魔でないのなら、明日もまた来てもいいかしら」
「もちろんです! お願いいたします!」
セドリックは腰を90度に曲げて辞儀をする。それを見てラダベルは破顔したのであった。
病棟を駆け回り続けていると、時間は一瞬で過ぎていく。治療がひと段落した頃には、既に外は暗黒に包まれていた。
戦場は、一時休戦となっていることだろう。負傷した軍人たちは眠りにつき、朝から忙しなく活動していた侍女たちも、夜番の侍女たちと交代をしたらしい。
ラダベルは建物の外に出て、新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込む。夜空を見上げると、憎たらしいくらいに美しい星空が広がっていた。黄金の瞳に映された満天の星が煌めく。
戦場では多くの血が流れ、死にゆく者もいることだろう。
(それなのに、あなたはそんなにも美しく輝くのね)
ラダベルは星空に向かって、話しかける。
戦場で死にゆく者がいるのにも拘わらず、いや、だからこそ輝くのかもしれない。戦争の犠牲者となり、戦場にて散った儚い命が、星々となって輝いているのだろう。そこに、敵味方は関係ない。皆、平等な命なのだから。
ラダベルは星空にそっと手を合わせる。心から祈りを捧げた。気休め程度にしかならないし、こんなものは自己満足に過ぎない。だが、それでも、少しでも……成仏される思いもあるだろう。安らかに眠ってほしいものだ。戦場で亡くなった限り、そうとはいかないのかもしれないが。ラダベルは名も顔も知らぬ犠牲者に思いを馳せたのであった。
その瞬間、背後に何者かの気配を感じ取る。振り向くと、そこにはセドリックが立っていた。白衣を脱いでいる。
「セドリック……」
「夫人。今日はお手伝いしてくださり本当にありがとうございます」
セドリックは心からの感謝を表すように、頭を垂れた。ラダベルは首を左右に振る。
「あまり役に立てず申し訳ないわ」
「そ、そんなっ……! 人手不足でしたので本当に助かりました!」
セドリックは両手を前に突き出しながら感謝を述べた。彼の頬は異常なまでに赤く染まっており、暗闇の中でもよく分かる色味の瞳は潤んでいる。美少女顔負けの可愛いセドリックに、ラダベルの胸は見事に鷲掴みされる。
「セドリックは可愛いわね」
「えっ……!?」
セドリックは勢いよく顔を上げる。ラダベルは、思わず心の声が漏れていたことに対してしまったと危機感を覚えるが、時既に遅い。
「ぼ、僕は男です! 男なのに可愛いと言われるのは不本意です……」
頬に空気を入れて膨らませ、拗ねる。20代後半の男性とは半ば信じがたい。成人男性が頬を膨らませて拗ねる行為など、なかなかお目にかかれない。
(そういうところが可愛いのよ…)
ラダベルは無自覚に可愛さを発揮しているセドリックを叱責したい気持ちに駆られた。
自分にも彼のように自然と発揮される可愛さがあれば、ジークルドに愛されたのだろうか。ラダベルはそっと目を閉じて、熟考する。ラダベルに生粋の可愛さはない。多少なりとも甘えることはできても、生まれ持った愛嬌はないのだ。そのため、セドリックが羨ましいと感じる。彼みたいに可愛げがあればよかったのに……。
ところで、ジークルドの好きな人は一体どんな人なのだろうか。セドリックに似て、きゅるっと可愛く、天性の愛されの才能を持っている女性なのだろうか。それとも、強く果敢で聡明な女性なのだろうか。いくら思考しようとも推測できないが、ひとつ分かることは、ラダベルとは比べ物にならないほど、心も清く美しく外見も透明感のある女性なのだということ。なぜそれが分かるのか。理由は簡単だ。あのジークルドが好きになる女性だから。ラダベルはまだ見ぬ彼の愛する女性の姿を思い浮かべた。アデル曰く、その女性には、夫がいるらしい。ジークルドは彼女とどうにかなる気はないのだろうか。
ラダベルは開眼し、夜空を見上げた。
ジークルドが万が一、愛する人と一緒になりたいと言った時、果たして笑顔で彼を解放してあげることができるだろうか。できるかできないかの問題ではないのかもしれない。そう、しなければならないだろう。
ラダベルは今にも嗚咽を上げたくなった。鼻の奥が刺激される感覚に不快感を感じ、鼻を無理に啜ると、セドリックが彼女の顔を覗き込む。
「寒いですか? 風邪を引いてしまってはまずいですので、今日はもうゆっくりお休みください」
「……お言葉に甘えて、休むことにするわ。ありがとう、セドリック」
「そ、それは僕の言葉です! こちらこそ本当にありがとうございました!」
「お邪魔でないのなら、明日もまた来てもいいかしら」
「もちろんです! お願いいたします!」
セドリックは腰を90度に曲げて辞儀をする。それを見てラダベルは破顔したのであった。
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