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25章-2 冬期休暇-旅行先の不穏な空気
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しおりを挟むルークは行きたいように進めばいいと姉であるシェリーに言われ、困惑しつつも崩れかけた砦の入り口まで来てみたが、真っ暗と表現していいような暗闇の中に一歩踏み出すのは勇気がいるものだ。
それに、暗闇からは異様な臭いが漂ってくる。カビ臭いというか、淀んだ空気というか今まで嗅いだことがない不快なニオイだった。
「なに?このニオイ」
ルークは思わず鼻を手で覆う。しかし、シェリーはそんなルークの手を押し下げた。
「ルーちゃん。直ぐに慣れるから、鼻で息をするといいよ。それから、6階層は雑魚ばかりだからルーちゃんが先頭で好きなように進んでね」
しかし、ルークの足は止まってしまったままだ。カビのような物が腐ったような異様なニオイのするところに今から行かなけれんばならないなんて、足を進めることができない。
ルークは貴族ではないが、かなり恵まれた生活を送っていることに気がついては居なかった。冒険者というものは、言わば生活をする糧を得るのに命を掛けている者達が成る職業と言っていい。
名声を求めて又は依頼があればどんなところにも赴く者達だ。どんな山奥だろうが、毒沼があろうが、死の森と言われるところだろうが、赴くのだ。毒ではないニオイなど些細なこと。
そして、住んでいる街も恵まれていた。下水処理がきちんと行われており、街の中に不快なニオイが漂うことはなかった。下水処理が行われていない町や村では深い穴を掘ったトイレがあるだなんて知りもしないのだ。
「6階層までは俺が先に降りよう」
ルークの足があまりにも動かないので、カイルが手助けをした。何もわからない暗闇に向かって足を進めることは怖いことだと。
ルークは内心ホッと胸を撫で下ろすが、暗闇から漂ってくるニオイにはたまらず、美少女と言っていい容姿の眉間にはシワが寄ったままだった。
暗闇の先にはただ下る階段があるのみだった。石でできた階段に石でできた壁。何処からともなくヒヤリとした風が通り抜ける。
真っ暗だと思っていた崩れかけた砦の中はほのかに明るかった。明かりが何処にあるかわからないが、進むには問題がないほどだった。
階段の一番下までくると真っ直ぐな直線的な通路が行く先を示していたが、その奥はほのかな明かりでは見通すことはできず、暗闇に包まれていた。
「ルーちゃん。ここは普通だとスケルトンしか出て来ないから、ルーちゃんの思う通りに進めばいいのよ?」
「だから、姉さん。僕はここのダンジョンの行き方を知らないから、僕が思う通りって問題があると思うよ」
この場に来てもシェリーとルークの意見は変わることはなかった。シェリーはルークの思う通りに行ってくれればいい。困ったことがあればサポートするという態度で。ルークは自分勝手な行動を取ると迷惑をかけるから駄目だという態度だ。
「でもね、ルーちゃん。このダンジョンは広すぎるから、6階層はところどころに降りる階段があるの。だから、間違った道なんてないの。自分の思う通りに進むって冒険じゃない?」
そう、冒険というものは、己で道を切り開くものだ。家族のことで色々我慢してきたルークに対してシェリーはダンジョンという冒険を楽しんでもらおうと思っているのだ。
「5階層だって、あのまま進んでもよかったのよ?砦があるということは、古城もあるの、オアシスもあるし、もっと進めば海だってある。だってここは、王の嘆きのダンジョンなのだから」
ダンジョンマスターであるユールクスが、ダンジョンから出られぬ我が身を嘆き、世界を作り出そうとした想いそのものを具現化したダンジョンだからだ。
自分が思う通りに進むことは冒険だと聞いたルークはハッとなる。ダンジョンに行きたいと言ったのは自分だ。姉であるシェリーについて、冒険者ギルドに出入りしていたときは、冒険者たちからいろんな話を聞いて憧れていたのだ。いつかそんな風に冒険をしてみたいと。
シェリーは知っていたのだろう。ルークがキラキラした目をして冒険者たちから話を聞いていたことに。だけど、シェリー自身がルークを冒険者となる未来を潰したのだ。
『シェリー』としては弟を危険で未来が不安定な冒険者稼業を勧めることはできなかった。『ササキ』としてはルークが冒険者としての歩む未来を決めたのであれば、サポートをするつもりではあった。
しかし、『シェリー』として存在する時間が長くなり、『ササキ』がルークに対して口出しをすることはなかった。
本来の人格に戻ったシェリーはというと、後悔をしていた。ルークの未来はシェリーが決めることではなく、ルーク自身が決めることだったと。
ルークから『大嫌い』という言葉を聞いて、とてつもなく後悔をしていたのだ。
ルークが騎士養成学園に入るために、かなりのことを強要させてしまったと。
「姉さん。わかったよ。それからありがとう」
シェリーがただ単に無謀なことを言っていたわけではないとわかったルークは、剣を抜いて歩みをすすめるのだった。
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